都の噂
鎚を振るい、メギスチウムに魔力をこめていく。今の目的は「加工しやすい硬さにすること」なので、時折硬さを確かめるために魔力炉の蓋を開ける。
昼前くらいに確認すると、ちょうどほどよい硬さになっていたので、大きさを写してあった指輪のうち、小さい方に合わせて輪っかを作る。
形ができたところで表面を綺麗に整え、午後の作業に備える。こいつも最初からこれくらいの硬さだといいのにな。
金色と青の混じった色を照り返す指輪を置いて、俺は昼飯の準備に取りかかった。
昼飯は大抵スープと無発酵パン、用意しても肉も焼いただけのやつとかなのだが、今日は醤油ベースのタレで焼いたものを用意して、少しだけ豪華だ。
なお、酒についてはまた夜にと言うことになった。今日はまだ仕事があるから、俺だけ遠慮するつもりだったのだが、みんながそれに合わせてくれた形だ。
俺はあまり酒には強くないからな……。
なので、水ではあるが乾杯をする。
『ヘレン、おかえり!』
「た、ただいま!」
こうして少しだけいつもと違う、けれどいつも通り賑やかな昼食が始まった。
「都はどうだった?」
「特には何も。平和なもんだったよ」
俺が聞くと、スープを啜りながらヘレンが答える。しかし、すぐに何かを思いついた顔になると言った。
「いや、1つあったな」
「なんだ?」
ヘレンは一度スプーンを置いて、ディアナの方を向いた。
「ディアナの兄ちゃん結婚するんだってな。おめでとう」
「ありがとう」
ディアナも持っていたフォークを置くと、お辞儀をする。
「マリウスの結婚って、傭兵のとこまで流れるくらいの噂になってるのか」
「“最近とみに活躍めざましい伯爵様のご結婚”だぞ。それも“幼なじみとの恋愛の末に”と来て、都の人間が放っておくわけないだろ」
「それはそうか」
前の世界で言えば、人気俳優の結婚みたいなもんだ。そりゃ、ニュースとして流れるか。俺があんまり興味なかっただけで。
そう言えば、こっちに来る前にも会社近くの食堂のテレビで見たな。
「なんだかちょっと恥ずかしいわね」
「都の噂になってるのが?」
「ええ。それと面倒なことにならなければいいけど」
そう言って鼻の頭に皺を寄せるディアナ。俺は面倒の中身が分からないが、アンネは察したようで思わずだろう、
「ああ……」
とこぼした。みんなの目がアンネに集まる。それに気がついたアンネは肩をすくめながら、
「どう考えても、ディアナのお兄さんが結婚したら、ディアナはいつですかって話になるでしょ」
と続けた。なるほど、それはそうだ。時々忘れそうになるが、ディアナはれっきとした伯爵家令嬢なのである。本来なら……
「本来なら、とっくにどこかに嫁いでいてもおかしくないからね、私」
ディアナは自分でそう切り出した。
「でも、そういうのも面倒なのよね。ここの生活が性に合ってるみたい」
「いや……」
俺が口を開こうとすると、ディアナにじっと見つめられ、そこで俺は口を閉じた。アンネも俺を見て首を横に振っている。
今、何かを口に出すのは得策ではなさそうだ。
「そう言えば、妖精が来たんだって?」
若干重くなりそうだった空気を吹き飛ばすかのように、明るい声でヘレンが言った。
「妖精族の長な。ジゼルさんて言うらしい」
「へー、アタイも見てみたかったなぁ」
「ジゼルさんが来るかは分からんが、病気にかかった妖精の面倒を見るってことになったから、妖精は見られると思うぞ」
「マジで!?」
「ああ」
俺が頷くと、ヘレンは喜色満面の笑みを浮かべる。そうだった、彼女は可愛いものが好きなんだった。
本人は隠しているつもりらしいが、時折ルーシーを撫でるときにディアナ以上の笑顔になっているし。
「エイゾウって妖精の医者もするんだなぁ」
「俺が診られるのは、“体から魔力が抜けていく病”だけだぞ。他になんかあったら、俺じゃどうしようもない」
いわば単一の病気の専門医……いや、診断するわけではないから治療士とでもいったほうが近い。薬剤師だとしても、同じ薬しか出さないしなぁ、俺。
「そういや、エルフって病の時はどうしてるんだ? あ、答えにくいことなら、答えなくていいんだが」
俺は思ったことを口にした。エルフは魔力を取り込んで暮らしている。
妖精族も体から魔力が抜けて、抜けきったら死んでしまうという事は、魔力を取り込んで暮らしているのだろう。
それならば、ある程度は近い状態ではないかと考えたのだ。
リディは「いえ、別に答えるのに支障はありません」と前置きした上で続けた。
「まず病になることがそんなにないですからね。基本的には街や都の医者と変わりませんよ。薬草を煎じて飲んだり。そういうのも育ててますから」
「そういう知識はだいたいみんな持ってるのか」
「そうですね。街の医者の方がもう少し詳しいとは思います。実際、酷い時は街の医者に連れていくこともありますので」
魔力を吸収してると、病気にはなりにくいのかな。ニルダがいれば、魔族はどうなのかを聞けたのだが。もしまた来たら聞いてみよう。
であれば、より魔力を吸収して暮らしている(と思われる)妖精族の場合は、普通の病にはかからないのかも知れんな。
その代わり、といってはなんだが不治の病にかかることがある、と。それに治療の光明がさしたのなら、相手が誰だろうと頼りたくなるのは当たり前か。
俺は自分の肩にかかったものが何であるかに気がついて、少し背筋を寒くする。
それでも、助けを求める相手のためになら頑張れると思う。
内心の決意を隠すかのように、俺はスープを口に運んだ。
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