祝福
話が一段落したところで、俺は少し気になっていたことを聞いた。
「そういえば、突然ふわっと現れたりしないのですね」
俺が言うと、他の皆も小さく頷いた。リディまでもが頷いているということは、この世界一般でもそう思われているのだろう。
フッと現れ、悪戯をしてフッと消える。そして、小さな子供のように憎めない、そんなイメージだ。
いや、前の世界の神話や物語だと結構えげつないのもいたっけか。
俺の言葉を聞いて、ジゼルさんはプクっとふくれっ面になった。
「それをするのは精霊たちです。私達は妖精族なのでそんなはしたない真似はしません!」
可愛らしくて、謝る前に思わず微笑んでしまいそうになる。
でも、「はしたない真似はしない」ということは、やろうと思えばできるってことだよな。
そして、妖精族とは別に精霊がいる、という情報も得ることができた。今日はなんだか盛り沢山だなぁ……。
「すみません、どうも我々の間ではそういった印象がありまして」
「それは遺憾なので、早めに改善をお願いしたいですね」
「善処します」
妖精達はめったに姿を表さないので、精霊と混同されてしまっているのかも知れない。
あまり「妖精と会った」と言うのもあれだし、改善しなければならないほど、普通の人間が妖精族に会うかというとなぁ……。徐々に改善することを考えよう。
棚上げにする、ともいう。棚卸しがいつされるのかはわからんが。
「で、ここでその魔力が抜ける病を診ますってのは、ジゼルさんから妖精族のみなさんに伝えるという事であってます?」
「はい。この森の妖精族の長は私ですので、言うことは聞いてくれるはずです」
俺は自分の片眉が上がるのを自覚した。
イメージと違ってちゃんと玄関から来たり、言葉遣いが丁寧だったりするのは、「妖精族が実はそうだった」というより、「妖精族の長としてのジゼルさんの素養」が強いのではなかろうか……。
わざわざそれを指摘して話をこじらせる必要もないので、そこについては黙っておく。
知りたいことが色々出てくるが、そこはまた機会があればということにしておこう。知らなくても影響はなさそうだし。
「それでは、私は失礼しますね」
「あ、ご注意があります」
立ち上がって優雅に礼をしたジゼルさんを引き止めた。大事なことを忘れていた。
「私達はたいてい日が昇ってから、沈むまでここにいますが、1週か2週に一度、街に出向きます。その日は、日が中天に差し掛かるくらいまでは家を空けています。それと、あまりないようにはしたいんですが、私が最長で1月程度、この家を空けることもありますので、その時はご容赦ください」
俺の言葉に、ジゼルさんは微笑んで言った。
「ええ、もちろん。死に至る病、とは申しましたが、実のところすぐに死んでしまうようなものではないのですよ。少しずつ弱ってはいきますし、苦しむのも確かではあります。最終的には確実に死をもたらします」
そこまで言うと、ジゼルさんは小さくため息をついた。そうなった者を看取った経験があるのだろうか。
「ですので、いらっしゃらない場合は日を改めることができますので、そこはご心配には及びません」
「それは助かります。いらっしゃった場合はなるべく早く、魔力の結晶をお渡しできるようにしますので」
「よろしくお願いしますね」
再びペコリとお辞儀をするジゼルさん。
「ああ、そうそう、人間族は報酬が必要なのでしたね」
「え? ああ、そうですね」
完全に副産物だから、それで報酬を貰う意識がなかったな。俺は最初「いらない」と言おうと思ったが、後ろから突き刺さる視線で思い直した。
「では”まえきん”として、その指輪に妖精族の祝福を授けましょう」
「あ、これもう1つ作るんです。まだ素材ですが」
「あら。では、そちらも持ってきてください。その後どうやっても祝福は消えませんので、ご安心を」
それ、実は
その上をジゼルさんがふわふわと飛びながら回る。
「これらに我ら”黒の森”の妖精たちの祝福を授けます。身に着けたものに幸多からんことを」
ジゼルさんが歌うように言うと、指輪とメギスチウムは一瞬ほの青く発光した。
「おお……」
俺も含めたエイゾウ工房の全員が感嘆の声を上げると、ジゼルさんは少しだけ誇らしげに胸を張った。
「それでは、長いことお邪魔いたしました。失礼しますね」
開けた扉の前で浮かんで、ジゼルさんはお辞儀をする。
「ええ。また何か相談事があればお越しください」
「はい。ありがとうございます」
外はもうすっかり暗くなってしまっているが、その中をふよふよとジゼルさんは飛んでいき、やがて見えなくなった。
「行っちゃったわねぇ」
「行っちゃいましたねぇ」
扉を閉めようとすると、うちの娘2人がそばまで来ているのに気がついた。クルルもルーシーも尻尾を振っている。
今までじっと我慢していたのだろうか、そう言えばジゼルさんが来たときにも騒がなかったな。
「よしよし、2人ともえらいぞ」
俺は2人の頭を撫でてやりながら、今日の夕食は夕方の埋め合わせにテラスで一緒に食べるか、などと考えるのだった。
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