妖精

 羽の生えた小さな女性は空中に浮かんでいる。羽ばたきと上下動が一致してないから、羽が空気を押してどうこうと言う飛び方ではないようだ。

 女性は浮かんだまま、ペコリとお辞儀した。


「お初にお目にかかります。ジゼルと申します」

「はぁ」


 目の前で俺はなんとも間抜けな返事を返してしまう。後ろでディアナだろうかリディだろうか、咳払いをする声が聞こえて、俺は少し姿勢を正した。


「失礼、立ち話もなんですし、お入りください」


 ジゼルさんにとって浮かんでいるのがどれくらいの負担になるのかは分からないが、多少なりと負担ではありそうだし、座ってもらおう。


「まぁ、ありがとうございます」


 花のほころぶような、という形容詞そのままの笑顔でジゼルさんは微笑み、ふよふよと中に入ってきた。


「こちらへどうぞ」

「どうも」


 椅子に座ってもらうわけにもいかないので、テーブルの上に座ってもらうことにする。

 うちでサイズが違って困る客は初めてかも知れない。アンネはジゼルさんとは逆に体が大きい巨人族だが、母親が巨人族で、父親が人間族と言うこともあってか、困るほどに大きくはない。ベッドの大きさを多少調整したくらいだ。


 その時に大きい方の用意はしようかなと思ったものの、小さい方の用意は頭になかった。

 でも普通に考えたら、めちゃくちゃ大きい人がいるなら、小さい人もいるに決まってるよな……。

 今後、何かを揃えるときは気をつけておこう。


 リケにミントのお茶を用意してもらうが、ジゼルさんサイズのカップは当然ながらない。

 仕方がないので、うちにある一番小さな容器に入れてきてもらった。それでもジゼルさんの半分くらいの大きさがある。


「ご不便とは思いますが、こちらどうぞ」

「まぁ、ありがとうございます。いい香りですね」


 最近は気温も高くなってきたし、ミントの清涼感ある香りがより良く感じることだろう。とりあえず、もてなしのつかみは大丈夫そうかな。

 ジゼルさんはカップにそっと口を近づけ、一口啜った。俺たちで言えばデカいポリバケツから飲んでるようなものではある。


「ぷはっ。美味しいですね!私達はあまりこう言うことはしないので、楽しいです」


 妖精っぽいし、花の蜜とか飲んだりするんだろうか。リディに頼んで花も育てるべきか?


「それは良かったです」

「あの、それでですね」


 ジゼルさんは居住まいを正した。俺たちも皆、姿勢を正す。


「こちらでエーテル……皆さんの間では魔力、って言うんでしたか。そちらの精製を行ってらっしゃいます?」

「いえ、意図して精製を行っているわけでは……」


 俺は首を横に振った。魔宝石ができるのはメギスチウムを硬化させる作業の副産物であって、狙ってやってるわけではないからだ。

 できたものも不安定で直ぐに消えてしまうし。


「以前からたびたび魔力の高まりがあるな、と思っていたのですが、今日のはより一層強かったので、そうした作業をしているのかと……」

「いえ、こちらの指輪を硬くするのに魔力が必要だったもので、その副産物として、魔力が固まったものができてしまいました。それも直ぐに消えてしまいましたが」

「そうですか……」


 俺がメギスチウムの指輪を見せると、ジゼルさんはガクーンと小さな肩を落とす。動作が大げさなのは俺たちにわかりやすいようにだろうか。


「あれがご入用だったのですか?」

「ええ、なんと言うか……」


 ジゼルさんは一瞬迷ったような顔をした。目鼻立ちも可愛らしい感じなので、人形が動いているようにも感じる。


「この森が強い魔力で満たされていることはご存知ですね?」


 俺たちは全員が頷いた。アンネには俺から話したっけな。まぁ、俺が言ってなくても誰かが話すか。


「それで私達妖精族もこの森に住んでいるのですが、時折、病にかかるものがおりまして」

「病? 熱病のような?」

「はい。皆さんがかかるようなものとは少し違うのですが、魔力が体から抜けていってしまうのです」

「それは……」

「ええ、死に至る病です」


 誰かが息を呑む音が聞こえ、場に沈黙が訪れた。ジゼルさんは続ける。


「それで、治すには強い魔力を浴びる必要があるのですが、この森でもそれに都合の良い場所はなかなかなくて……」

「この場所でもダメなんですか?」

「ええ」


 俺が床を指差しながら聞くと、ジゼルさんは頷いた。そのあと、失礼、と言ってお茶を2口ほど口にする。

 この家のすぐ周りに獣が立ち寄らないのは魔力が強いせいである。この森の木々もこの場所は避けて生えているほどだ。


「ここも強い魔力があるんですが、これでもまだ足りません」

「なるほど。それで結晶化した魔力の塊を常備できれば、ということですね?」

「そうです!」


 思わず立ち上がるジゼルさん。ほぼ不治といっていい病に光明が見えたら、そりゃあ、そこを頼るわな。


「ですが、すぐ消えてしまうのではダメですね」

「合間を見て結晶化を維持できる方法がないかを探ってみるつもりでしたが、急いでもいつになるかはわからないですね……」

「そうですよね……」


 折角見えた光明に影を落とすような真似はしたくはないのだが、事実は曲げようがない。ジゼルさんは再び座り込んだ。

 うーん、俺でなんとかできるならしてあげたいんだが。あ、そうか。


「強い魔力があればいいんですよね?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、その病にかかった人がいたら、ここへ連れてきてください。その場で結晶を作りますんで、それで治るのなら。結晶が崩れないようにできるようになるまではそれでどうでしょう?」


 医者というほど立派なものではないが、それで妖精たちの命が救えるのならお安い御用だ。


「いいんですか!?」

「ええ」


 再び立ち上がるジゼルさん。その顔には喜びの花が咲いている。


「よろしくお願いします!」


 ジゼルさんはペコリと頭を下げた。このあたりの所作が全種族で共通なのは昔の戦争の名残なのかな。

 俺が指を差し出すと握手をするように、ジゼルさんはその指をギュッと握った。

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