守られた約束

 部屋の増築完了記念、と言うことでこの日の夕食は少しだけ豪華にしておいた。酒も解禁である。


 いや、実のところ普段も特に飲酒を禁止しているわけではない。翌日に作業がある場合は作業に影響しないように、との制限くらいはあるが、呑みたい人がいれば普通に出す。

 だが、俺が普段は呑まないのに遠慮してか、みんなは普段呑みたいと言わない。リケでさえもだ。俺が呑まないのは単に弱いからなのだが。

 アンネにも呑んでいいことは説明してあるが、状況を読むことに長けているからなのか、彼女も言い出してこない。

 なので、自然とこういったちょっとしたお祝い事のときに呑む感じになる。


「それじゃ、かんぱーい」

「かんぱーい」


 各々にカップを合わせる。リケは早速杯を干して2杯目にとりかかっている。好きなんだったら普段も呑めばいいのに。


「そう言えば、寝具を2セット揃えれば客間が2つになるわけか。片方は予備だけど」


 増築した部屋の話の途中で俺は何気なくそう言った。反応したのはヘレンだ。


「もう片方は物置だっけ?」

「そうだな。しょっちゅうは使わないが、時々使うもので家にあると便利なものをそこに置いたらいいかなって」


 そういったもの以外はクルル達の小屋の隣にある倉庫に入れる。その倉庫も家からそんなに離れているわけではないから、たまにしか使わないようなものはそっちでいい。


「じゃあ、酒とか肉か」

「そうだなぁ」


 酒も肉も今は倉庫に入れてある。仕事終わりに取りに行くのが苦痛というわけではないが、家にあって取りに行けるなら、そっちの方が便利だろう。

 ……つまみ食いに注意しなければいけなくなったときには、鍵をつけなきゃならないと思うが。


「慌てて入れなきゃいけないこともないし、まぁ追々だな。入れたいものがある人は入れてくれていいけど、その時は声をかけてくれな。後から入れるものと調整がいるかも知れないから」


 了解の声が食卓に響く。その後は例の「2人の時間を作る」話だ。


「まぁ、俺に出来ることならなんでもいいが、納品物を作る日はダメだぞ」

「分かってるよ」


 そう言われて鼻の頭に皺を寄せて渋面を作っているのはサーミャだ。

 言い出しっぺの彼女は他のメンツと違って、そのお願いが基準となりかねない。その分、何をして貰うかには慎重なのだろう。


「他の皆も決まったら教えてくれ」


 再び了解の声が響いて、この日の夕食の時間は賑やかに終わった。


 翌日からは納品物を作っていく。今日からはアンネも加わっての作業になるが、前にも手伝ってもらったので、作業の進みにあまり影響はない。


「手伝って貰ったことがあると言っても、まだまだ慣れてない事も多いだろうし、そこは周りの皆に聞いてくれていいからな」

「うん」

「一番最後にうちに来たヘレンでも1ヶ月や2ヶ月はやってるから、アンネも同じようにしようとしなくていい」

「わかった」


 賑やかな日々は過ぎさり、1人を加えて新しい”いつもの1日”がはじまる。鉄と鉄のぶつかり合う音と、ゴウゴウと炎が舞う音が鍛冶場に響いた。


 そんな”いつも”が数日続くと、納品に必要な量に達する。そうすれば今度は街へと納品に行くわけだが、今回からはヘレンはカツラを被っていないし、アンネを隠すこともしない。

 どちらも、もう今の俺たちには必要ないからだ。アンネがうちにいることは一応内緒ではあるのだが、”ただの鍛冶屋”に皇女殿下がおわすとは誰も思うまい。

 アンネも公の場に顔を出したことがなくもないが、よほど親密な知己でもなければ「他人のそら似」で押し通すつもりである。


 はたして、カミロの店に着くまで別段何事も起きなかった。無論、道中の警戒は一切怠っていない。

 街に入るとき、顔見知りの衛兵さんはアンネを見て一瞬呆れたような顔を見せたが、特に何も言ってこなかった。

 もうそう言うものとして認知されてしまっているような気がする。若干不本意ではあるのだけれど、メリットの方が大きいし、わざわざ言い訳などを始めてアンネに注目される理由もない。

 なので、こちらも何も言わず全員で会釈だけして通り過ぎた。アンネも含めてだ。


「皇女が一介の衛兵に会釈、と思うと少し面白いな」


 俺の言葉にアンネが腰を浮かせて反論しようとしたが、俺はそれを遮るように続けた。


「まぁ、今はただのエイゾウ工房に身を寄せている巨人族のアンネだ。衛兵に会釈して悪いことは何もない」


 アンネはそれで納得したような顔をして再び腰を下ろした。エイゾウ工房の”いつも”にはなるべく彼女も参加させてやりたいところだ。


 いつものように丁稚さんにクルルとルーシーを預けたら、商談室に入る。しばらくするとカミロがやってきた。


「なんだか久しぶりのような気がするな」

「前は都でのアレだったか」

「ああ」

「アレはなんというか、激動だったからな……。それで、帝国での商売は?」

「上手くいってるよ。皇帝陛下直々のお口添えがあって上手くいかなきゃ、俺がよっぽどのヘボってことになるから、上手くいかせる他はないんだがね」

「なるほど」


 その後、いつも通りに納品量の話をしたあと、カミロが番頭さんに目線をやると、頷いた番頭さんが部屋の外に声をかけた。

 すると、他の店員さんが籠に革袋を満載して入ってきた。中身が何かは分からないが、何であったとしてもかなりの量がある。


「これは……?」

「これの依頼主からはこう言付かっている。”お待たせしてすみません”とな。こうも言われたぞ。”リディをよろしくお願いします”と」

「エルフの種!」


 カミロは頷いた。いつかエルフの宝剣を修理したときの約束、金貨1枚で買える種を送ってくれというアレを律儀に守ってくれたのだ。


 テーブルに置かれた種の詰まった革袋、俺にはそれらがなんだか光り輝きだしたかのように感じた。

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