ベッドと部屋

 はたしてアンネは朝食の準備中に起きてきた。寝ぼけ眼のまま、みんなに手伝われて朝の準備をしている。

 体はヘレンよりも大きいのだが、なんとなしに末の娘のようにも見える。

 俺は大きな娘たちに提供する朝食の準備を続けた。


「じゃあ、先にそっちを済ませるんですね?」

「ああ」


 朝食を取った後の時間に、俺は今後の予定をみんなに伝えた。


「アンネの分のベッドと、部屋の増築をやっつける」

「あんだけ新しい部屋はいらないって言ってたのに」

「いやぁ……」


 サーミャの言葉に俺は頭を掻いた。

 そう、これ以上家族は増えないから増築はいらないのではと言っていたのは俺である。しかし、実際のところアンネが増えたわけで、今後さらに増えない保証はないし、なにより、


「雨季とまでは言わずとも、長雨なんかのときに家に物置があった方が良さそうだからな。で、どうせ作るんなら、万が一、万が一だぞ? 住人が増えることも考えて部屋に転用できるほうがいいだろ?」

「それはそうね」


 俺の言葉にディアナは納得してくれたようだ。


「これ以上住人が増えないという想定は無茶があると思いますけどね」


 静かな声で言ったのはリディである。心なしかやや冷たいものを含んでいるようにも思える。

 それにみんなは大きく頷き、その増えた家族で一番最後に来たアンネは苦笑している。


「ま、まぁ、ともかく家族に客間を使わせ続けるのもなんだし、片付けていこう」


 俺がそう言うと、てんでばらばらではあるが了解の声が返ってきて、作業の準備を始めた。


 部屋の増築だが、今ある廊下の先はテラスになっている。なので新しい部屋はそちらには伸ばせない。畑を囲むように伸ばして、コの字型の建物にするわけだ。

 畑の日照についてはリディの意見も聞いて、開いてる方が南側でもあるし問題なかろうと言うことになった。

 これでさらに増やして行く場合に、ロの字にするか、テラス経由で別方向に伸ばすかは考慮の余地があるが、囲んでしまうとさすがに日照がヤバいだろうから、多分別棟を建てる方針にはなるとは思う……いや、増やす予定はないが。ないったらない。


 それと、人数が多くなってきたこともあって、ベッドを作るのと部屋を作るのは同時進行で行うことにした。

 ベッドは俺とリディ、アンネ、部屋は他の皆――サーミャ、リケ、ディアナ、ヘレン、そしてクルルとルーシーになる。ルーシーの役目はチアガール(チアウルフ?)だが。


「部屋を建てることに関しては俺よりも皆のほうが上手だからなぁ」

「そりゃねえ」


 ディアナがまだ抱っこできるルーシーを抱きかかえ、モフモフ分を補充しながらため息をついた。

 俺がいないときもヘレンの部屋と今度アンネの部屋になるところを建ててたし、それ以前にもサーミャとリケには自分たちの部屋を建ててもらったから、経験で言えば俺よりも遥かに上だ。


「とにかく頼んだ」

「おう、任せとけ」


 そう言って力こぶを作るのはサーミャである。俺はその頭をガシガシと撫でて、自分たちの仕事にとりかかった。


 今度アンネの部屋になるところには既にベッドが入っている。にも関わらず新たに作るのは、既存のベッドに収まれなくはないのだが、やはりやや小さいからである。

 ベッドのための木材を切り出しながら俺が、


「あれ、そう言えば客間のベッドは少し大きく作ってあるが、どうだったんだ?」


 と聞くと、アンネは恥ずかしそうに、


「ギリギリって感じで……」


 と答えた。いつも起きてくるのが遅かったのは、それでよく眠れなかったのもあるのかも知れない。悪いことをしたな。

 短期の逗留なら我慢できても、この先いつまでになるか分からないとなれば厳しいだろう。

 どうせ作り直すのだし、体に合ったものにした方が良いのは明々白々というものである。


「じゃあ、メチャクチャ豪華なの作るか。宮付き天蓋付きの立派なのにして」

「宮や脚にはエルフの技巧を凝らした彫刻も入れましょう」

「それはやめてー。エルフの彫刻は興味あるし、エイゾウの作る宮付き天蓋付きに興味はあるけどやめてー」


 そんなやりとりをして3人ともで笑いながら、鋸を進めていく。


「しかし、やはり稀代の鍛冶屋の鋸はよく切れるわね」


 材を切り出す大鋸をまじまじと見ながらアンネが言った。例の「切れすぎて気持ち悪い(サーミャ談)」のやつである。


「稀代って……」

「これだけでも普通に世界中の木挽きが欲しがると思うけど?」

「この品質のものを外に出す気はないぞ」


 ”高級モデル”ならまだしも、たとえ鋸であろうと”特注”をおいそれと外に出す気はない。

 もしも誰かが欲するなら、自分でここまで来ることだ。帝国皇帝にまで要求している条件なのだから、それを曲げる気は俺にはない。


「分かってるわよ」


 アンネは苦笑と共に鋸をひき、


「サーミャが言ってたみたいに確かに気持ち悪いわね」


 今度は笑いながらそう言った。

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