間話
わたしの夢
わたしは夢を見た。
普通の娘として、父様と母様に祝福されながら、立派に嫁いでいく夢だった。とても幸せな夢で、起きたときに夢だったことにがっかりさえしたものである。
父様と母様の娘になってもう何年にもなる。わたしには本当の母様もいたと言うのだが、理解はすれども記憶にはない。
なんでも私が生まれてから、そう経たないときに亡くなってしまったのだそうだが、少なくとも物心が付いたとき、わたしの父様と母様であったのはあの方々だ。
だから、わたしはずっと父様と母様と呼んでいる。常日頃から自分たちの事を父親、母親だと言っているのだし、問題はあるまい。
わたしは都合で普通に嫁ぐことは出来ない。少なくとも、とんでもなく低い確率で相手が見つかるまでは無理だ。
そこに忸怩たるものを感じずにはおれないが、このまま嫁ぐことなく生涯を終えるのも、もしくは娘として父様と母様を看取るのも悪くない、そう思うのだ。
わたしには姉様もいる。姉様もわたしも、父様たちとは種族が違う。そのため、わたしたちの言葉は通じない。
呼んでいるのもわたしがそう呼んではいるが、父様や母様には一度だって同じ言葉で聞こえたことはないはずだ。
だから、毎朝父様がわたしと姉様に、
「クルル、ルーシー、おはよう。水を汲みに行こうか」
と微笑みながら挨拶をされたとき、わたしたちは、
「はい、父様」
と答えるのだが、それは通じていまい。だが、わたしたちはそれでいいと思っている。
姉様は人の間では走竜と呼ばれているドラゴン、わたしはこの森で生まれた狼だが……この森の魔力のゆえか、わたしは狼の魔物と化しているそうだ。いつだったかリディ母様がそう言っていた。
そのため、わたしの知能は普通の狼よりも遙かに優れている(らしい)し、姉様も普通の走竜と比べてより上位のドラゴンに近くなっている。
父様と姉様が水瓶を2つずつ携え、わたしは1つを持つ。5つもあればわたしたちを含めて家族1日分は十分にまかなえる。
わたしたちはゆっくりと森の中を進んでいく。私の鼻が気配を捉えた。
「姉様」
「分かってる」
遠くに狼の群れがいる。元はわたしと同族であるらしいが、今のわたしには知ったことではない。かかってくるなら、父様の安全のために追い払うまでだ。
わたしたちの短い会話の内容を知ってか知らずか、父様は優しく微笑みながら言った。
「何かいたのか? 大丈夫。父さんが守るからな」
力強い言葉。恐らくはそうされなくとも大丈夫であることは理解なさっているはずなのだが、それでも自然と出たのであろうその言葉に、わたしと姉様は喜んだ。
2人とも父様の顔を舐める、という形にはなったが。
3人のうちの誰かの気配を感じ取ったのか、わたしたちが湖に到着しても、狼の群れはこちらには近づいてこなかった。わたしと姉様は顔を見合わせて微笑む。余計なことはしないで済むなら、それに越したことはない。
父様が水瓶をおろすと、バシャンと姉様が湖に飛び込んだ。わたしもそれに続く。水に浸かって体に付いている汚れを落としたら、水から出て父様に拭ってもらう。
それが毎日の日課。父様がいるときは欠かしたことがない。
それが終わると、水の入った水瓶を提げて家に戻る。戻ったらみんなで朝食だ。今日はテラスで食べるから、姉様も近くで食べるらしい。
さらになんと今日はヘレン母様があとで一緒に遊んでくださるそうだ。ヘレン母様は母様たちの中でも運動能力が高くていらっしゃるので、こちらも腹を据えてかからなければいけない。
こうして父様が言うところの「いつもの日」が始まっていく。本当ならばこんなに平和な日常を送ることはかなわないのだろう。そう考えれば、今が夢の中のようだとすら感じる。
ああ、願わくば……こんな幸せな日がいつまでも続きますように。
それが、今のわたしの夢だ。
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