ほんのわずかの進展

 素早い動きでヘレンが剣を2本とも抜き放った。ただの獣であればいいが、そうでないときは……。


 一瞬、ヘレンが怪訝そうな顔をしたように見えた次の瞬間、飛び出してきたのは可愛いウサギなどではなかった。だが、かと言って俺たちに仇なす輩でもない。

 俺たちには見覚えがある顔。


「カテリナさんじゃないですか」

「えへへ、どうもー」


 それはエイムール家使用人の1人、カテリナさんだった。俺が言って、リケに竜車を止めてもらった。

 カテリナさんは茂みからガサゴソと出てきて、パタパタと叩いてひっついた木の葉を払い落としている。

 服装は勿論、エイムール邸にいるときのものではなく、俺とヘレンが帝国から戻ってきたあと合流した際の格好で、一見するとただの旅装のようだが、見えている護身用の短剣以外にも、いくつか暗器が忍ばせてあるらしい。


「今日は何のご用で?」

「まぁまぁ、その話は道すがら」


 俺たちは馬上……ならぬ、竜車上から応対していたのだが、カテリナさんはお構いなしに乗り込んできた。それをルーシーが尻尾を振って出迎える。


「わん!!」

「ルーシーちゃぁぁぁん」


 胸元に飛び込んだルーシーを抱きすくめるカテリナさん。それを見ているディアナが少し悔しそうである。俺は身の安全のために、少しディアナから距離を取ろうとしたが、一瞬の差で腕をがっしりと掴まれてしまった。


「それで?話ってのは?」


 リケが手綱を操り、再びゆっくりと動き出した竜車の上で、俺が水を向ける。ルーシーのモフモフを堪能しながら、カテリナさんが答えた。


「ある程度の想像は付いてると思いますが、話はエイゾウ様の”お客人”のことです」


 表情は緩んでいるのに、その声音は真剣そのものだ。まだ掴まれていた俺の腕がギュッと締まる。ダメージは多少来ているが、それは言わずにおく。


「どこからそれを、とは聞かないでおこう」

「ええ、そうなさった方がよろしいかと」


 カテリナさんはニヤリと笑う。きっと侯爵辺りからの情報だな。こういうの好きそうだし。

 それにしても、彼女はずっとこんな隠密みたいな仕事をしているのだろうか。そっちの方が気になる。


「で、本題ですが、少なくとも1名の王国の貴族の関与が確認されています。その背後関係までは掴みきれてませんが」


 帝国の誰かが単独で無茶をしたわけではないと言うことか。むしろ、王国内での動きだからこそ侯爵が察知できたのだろう。


「今回お客人を連れ出さなかったのは正解でした。そろそろしびれを切らす頃合いだったので。そっちはとあるお方がそれとなく牽制はしています。ただ、動けば尻尾をつかまれますけど、目を掻い潜れるかどうかの博打に出る可能性もありますからね。目的を達成してしまえば、後はどうとでも出来るかもしれませんし」


 牽制しているのは侯爵かマリウスのどっちだろう。あんまり危ない橋は渡らないで欲しいところだが、俺たちに危害が及ばないようにしてくれているのは間違いない。心の中でだけ、俺はどちらにともなく頭を下げておいた。


「で、それを伝えに来たってことは」

「ええ。ちょっと片が付くまではお客人をかくまっていて欲しいそうです。エイゾウ様たちにはご迷惑になるかと思いますが……」


 心底申し訳なさそうにカテリナさんは言った。


「その辺は覚悟していたのでお気になさらず」


 俺はなんでもない風に答えた。実際、俺たち側で困ることはほとんど無いのだ。それよりもアンネ本人と、長らくいないことによる影響の方が心配だ。


 そんな話をしている間に、森の入口に到着した。俺はてっきりカテリナさんもうちまで来るのかと思っていたが、カテリナさんは、


「それではここで。皆様によろしくお願いします。お嬢様、失礼します。またね、ルーシーちゃん。クルルちゃんも」

「わんわん!!」

「クルルルルルル」


 と、挨拶をしたが早いか、華麗に飛び降りる。森に入るのでスピードを落としていたとは言うものの、普通に降りれば危ない程度には出ていたのに、そんなことを感じさせなかった。俺が同じことをしたら、確実に足をくじくだろうな。


「ありがとうございましたー!」


 カテリナさんは大きく手を振って俺たちから離れていく。なるほど、旅人がちょっと乗せてもらったというていか。

 それならばと、俺たちもそれっぽく手を振った。森の中に入れば、もう心配はいらないだろう。ホッと胸をなで下ろしながら、俺はどう説明をしたものか考えていた。

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