弔いへ

 4日目、この日もゆるく雨が降っていた。サーミャ曰くは、「そろそろ長雨は終わる」とのことなので、このまま止んでいくらしい。

 それにしても、1週間と少し降り続けるとは。ずっと豪雨だったわけではないが、もしずっと土砂降りが続いていたら、方舟の製作も視野に入れていたかもしれない。


 朝、水汲みやらの一通りを終えて、今日の作業を進める。


「雨が止むと、森の生き物がうろつきだすかな? 狼とか」

「そりゃあなぁ」


 作業の手を止めずに俺がサーミャに聞くと、彼女はヤスリで形を整える作業を一時中止して答えた。


「1週間もこもってたんだ、食い物もそうだけど、身体を動かさなきゃな」

「なるほど。となると、動くなら今日か」

「なんかあんのか?」


 俺は頷いた。


「もう遅いかも知れんが、アンネさんを迎えに来ていた人たちが見つかればちゃんとしてやりたい」

「ああ……」


 あの日あたりに帰るであろうことが想定されていたとは言え、俺たちを待ち伏せするのに死体が転がってたんじゃ怪しいことこの上ない。恐らく入念に隠蔽はされているだろう。

 あの時はまずは安全の確保を最優先し、死体を探している間の増援なんかを避けるために帰ったし、その後も警戒して外に出る方へは行かなかった。

 なので、もういくらか日にちが経ってしまってはいるが、今からでも遅いということはないはずだ。少なくとも何もしないよりはマシだろう。


「雨もだいぶマシになってるし、昼から行こう。森の生き物が手を出してしまう前に」


 俺がそう言うと、みんな頷いた。俺はアンネのほうに向き直って言った。


「アンネさんも、すみませんが確認が必要なので、一緒にいらしてくださいますか。危険が伴うかも知れませんが……」


 時間が経ったとは言っても、向こうが諦めた保証は何もない。時間が経っている以上、増援と言うか救出部隊のようなものと鉢合わせる可能性も十分にある


「彼らも覚悟して来ていたはずです」


 俺の言葉に、アンネは俺から目線を外し、あまり大きくはない声でそう言った。このところの経験で、うちに馴染んできていた表情が再び第7皇女のそれに戻ったのを俺は感じた。


「でも」


 アンネは顔を俺に向けた。そこには再びうちに馴染んだアンネの顔がある。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるアンネ。そこにいるのは部下を失った帝国第7皇女アンネマリー・クリスティーン・ヴィースナーではなく、知人をなくしたアンネという名前の1人の女性であるように、俺には思えた。


 その後、言葉少なな昼食を終えて、準備を整える。思わずため息が出るが、やると決めたのだ。意を決して外套を着込んだ。

 クルルとルーシーを連れて行くかは迷った。ヒトではない、とは言えども子供に見せていい状態とは思えないし、今朝水汲みで一旦は外に出たからだ。

 しかし、結局の所連れて行くことにした。何か不測の事態に陥ったとき、2人ともをアンネにつけて家に戻し、後は俺たちで対応するという事ができる。


「クルルルル」

「よーしよし、今日はアンネおねえちゃんのお友達のところへ行くからな」

「クルル」


 今日2回めのお出かけが嬉しいのか、クルルが首を俺にこすりつけてきた。ルーシーも足元を走り回っている。

 俺はクルルの首と、ルーシーの頭を撫でると、準備の整った家族みんなと一緒に出発した。

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