弟子の弟子
結局の所、雨は3日ほど降り続いた。多少弱まったりもしたが、街まで行くならなるべく降ってないときがいい。特に今は状況が状況だからな。
その間、雨が弱まったときに水を汲みに行ったり(クルルとルーシーの散歩も兼ねている)はしたが、狩りのできる状況でもないので、主に納品物の生産を粛々と進めていただけである。
アンネはと言うと、型作りよりも適正な作業が見つかったのでそっちをメインに行なっていた。
板金は型に炉から出た鋼を流して固める、という方法で大体同じような重さになるようにしてあるわけだが、保管は箱というか柵というかそんな感じのものに積み重ねて入れてある。子犬や子猫用のケージが近いかもしれない。
なので、多少の歪みやなんかは許容範囲である。しかし、それでもなるべくは平らな方が収納には困らないし、加工するときに積むのも楽だ。
そんなわけで、流して冷え切らない間に叩いてなるべく平らにする、という作業もしている。前の世界の製鋼所だとローラーでやってるような作業だが。
一度その作業をアンネにやらせてみたところ、彼女の性格によるものであろうか、なかなか良いものが仕上がってきたのである。
力の強さで言えばヘレンはもちろん、ディアナも負けてはいない。だが、出来上がりの精度となるとその2人よりもアンネのほうが少しだけよいし、精度はサーミャが上でも力の差でアンネのほうが少し作業が早いと言うわけだ。
「これはいいな」
「そうなんですか?」
「ええ」
俺は板金の出来上がりをチェックして素直な感想を述べた。アンネはこころなし嬉しそうである。
「ほら、こうやって積み重ねると分かるでしょ?」
「本当ですね」
アンネの板金のみと、他の板金のみを分けて何枚か積み重ねていく。アンネのものは同じ枚数を積み重ねても、もう一方よりも高さが低いし、板金の”塔”が歪んでいない。
ほんの僅かの差ではあるが、これが何十枚ともなってくると顕著になる。
「それじゃ、折角だから板金のほうはアンネさんにお願いしますね」
「お任せください!」
アンネはそう言ってムンと力こぶを作る。鍛冶場に炎の音と笑い声が響いた。
多分、この瞬間はみんな彼女が第7皇女であることを心底忘れていたと思う。恐らくは本人でさえも。
しかし、そうなると、板金の仕上げをしていたサーミャかディアナか、どちらかを別の作業に回すことになる。いい機会だから、そろそろ試してみるか。
「サーミャ、リケに教わってナイフやってみるか?」
「いいのか?」
目をまんまるに開いてサーミャが言った。
「ずっと板金叩いてて、それなりに鉄を鍛えるコツは掴んだろ? まぁもちろん、リケが良ければだが」
そう言いながら、俺はリケの方を見た。リケは意を決したように頷いた。まだリケが自分の目的も完全に達成してないうちに、というのは心苦しいものがあるが、俺では体系的なものがないから見取り稽古にせざるを得ない。
流石に初心者に見取り稽古をやれというのは無理がある。リケは早速イロハからサーミャに教えはじめる。
「へへ、これでアタシはリケの弟子だな」
「弟子をとれるほど、私はまだ偉くないわよ」
こうして、3日間は機嫌の良さそうな鎚の音と、たどたどしいが楽しげな槌の音が、鍛冶場に新たに加わったのだった。
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