憂鬱なれどもいつもどおりの日

「皆さんはずっとこれを?」

「ええ、まぁ」


 俺は言葉を濁した。まさか「いえ、作り始めたのは、ほんの数ヶ月前です」とバカ正直に言うわけにもいかないしな。


「なるほど……。これは父上が欲しがるわけです」


 アンネは俺の剣をためつすがめつしている。その間作業が止まってしまっているが、長雨が終わらないことには納品にもいけないわけだし、のんびりやればいいか。

 俺たちはそれを横目に、作業に戻った。


 そして夜。太陽の神様はとっくに仕事を終え、その日の分としては十分な量のナイフと剣を製作し終わっていた。


「外に出られないと、やはり料理は単調になってくるな」

「こんなもんだろ。ってか、むしろ十分なくらいだ」


 俺の言葉にサーミャが応え、リケとリディ、そしてヘレンが頷く。ディアナとアンネはピンときていないようだ。


「アタシたちのとこで、この時期に出回る食材なんて、たかが知れてるからなぁ」


 サーミャがそう言って、スープの塩漬け肉を口に運ぶ。


「やっぱり貴族は違うんですか?」


 今度は肉を飲み込み終えたリケだ。好奇心を隠そうともしていない。いや、そのほうが好奇心からなのか悩まなくて済むか。


「そうねぇ……。うちだからなのかは知らないけど、割といつもどおりだったわね。あ、でも野菜系は減ってたかしらね」

「私のところも似たようなものですよ」


 ディアナとアンネがあっさり答える。別に隠すようなもんでもないか。


「食通の貴族の家なんかは、自分のところに燻製小屋だのなんだのを構えてるらしいけど、あれは特別ね」

「うちはありました。いざというときに自分たちで保存までできるようにせねばならぬ、とかで」


 へーっと家族のみんなが感心した声をあげた。アンネは少し得意げである。

 さらっと言ってるが、アンネの家は城だ。つまるところ帝都と言う文字通り”最後の砦”の中枢としても機能せねばならない。

 外壁に近いところ(こういうものはたいてい外壁に近いところにある。薪や出来上がったものの運搬に便利だからだ)では壊されるかも知れない、と考えれば、中枢にも持っておいたほうが確実とは言えるのかも知れない。

 でも、俺はそれが実際には皇帝陛下の単なるご趣味であろうなと推測していた。重要な燃料たる炭焼小屋までならまだしも、燻製小屋をわざわざ城に持つ必要性はあんまりない。

 積極的に仲良くする気は今のところ皆無だが、理屈をつけて趣味に邁進するところには親近感を覚えた。


「なんだかものすごい豪華な燻製ができそうだな」

「できるのは普通の燻製ですよ?」


 アンネがキョトンとした顔で言う。ただの世間知らずなら、その「普通」が一般の目から見て大きくレベルが違うものである可能性が高いと思うが、アンネの言である。

 ある程度は差し引いて考える必要があるだろうが、概ね俺たちとも「普通」の基準が違うわけでもないだろう。


「そうなのか」

「良いところはすぐ調理して兄様や姉様のおなかに収まりますので。まぁ私もなんですが……」


 俺はリケの方を見るのをこらえた。このタイミングで見るのはレディにはいささか失礼というものだろう。

 その日か、あるいはちょっと前に使わなかった肉を燻製に加工するなら、一般的な、庶民が頑張ればなんとか手に入るくらいの肉になるのは不思議ではない。


 その後、話題の中心は「今まで食べた燻製肉の味」にスライドしていき、この日の夕食の時間は過ぎていった。

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