雨が来た

 味噌を皆に振舞った翌朝、いつもとは違う気配で目を覚ました。聞こえてくる音が普段とは違う。

 普段の風の渡る音とは違う、水の音。雨が降っているのだ。体を起こし、ベッドから無理矢理引きずり出す。

 俺はいつもの服に着替えて、部屋から出るといつもよりも辺りが暗い。

 時計はないので正確な時間は分からないが、概ね同じような時間には起きられている……はずである。職人というと毎朝規則正しく起きられる、みたいな偏見(?)が俺にはあるし、実際に親父がそうだった。

 窓から見えているので、改めて確認するまでもないと言われればそうなのだが、閂を外して、家の扉を開けた。


 しとしとと降る雨が地面を濡らしている。不思議とジメッとしているというよりは、ひんやりとした空気だ。

 普段は緑なす木々の葉や草花も雨に濡れて、まるで気分をあらわしているかのように垂れ下がっている。

 木々の幹も雨に濡れたことで、その黒さをより増して、陰鬱にも見える森の雰囲気をより一層暗くしていた。


「しまったな」


 俺はひとりごちた。昨日のうちに水を汲んでおけば良かった。そうすれば今日は行く必要がなかったのだ。水槽も出来てるのだから、そっちに溜める分もあれば2~3日くらいはもったかも知れない。


 しかし、後悔先に立たずである。仕方ない、今日は雨の中を汲みに行こう。

 水瓶を抱えて外に出ると、いつもなら外に出てきているクルルの姿も、いつも一緒にいるルーシーの姿も見えない。

 まぁ、クルルが運ぶ分の水はなくても困りはしないので、そのまま行こうとしていると、クルルが慌てて小屋から飛び出してきた。


「今日は雨も降ってるから別に良いんだぞ」

「クルルルルルル」


 俺が言うと、イヤイヤをするように頭を俺に擦りつけて、クルルは鳴いた。

 俺はため息をついて、いつもの通りに水瓶を用意して、クルルに持たせる。すると、クルルは機嫌良く「クルルー」と鳴いた。


「よしよし、じゃあ行くか」


 ルーシーはと言うと、小屋の入口で寝っ転がってこっちを見ている。彼女は雨の中出かける気はないらしい。


「お留守番しててくれな」


 俺がそう言うと、フンスと鼻息を出した。雨が降っていて、いつもと様子が違うので、クルルと作業を分担しようということかも知れない。

 気圧がこの世界にもあるのなら、気圧が低くて少ししんどいのかも知れないが。


 雨の降る中を進んでいく。足下が少し緩んでいて若干歩きにくいが、足取りは決して重くない。クルルも足を滑らせたりということはない。

 雨が直接には当たってこないが、木から落ちてくる雨だれがパラパラと当たる。

 最初はくすぐったそうにしていたクルルも、やがて慣れてきたのか、平然と歩くようになった。


 湖に着いて、水瓶に1つ1つ水を満たしていく。湖の水面は雨で細かく波立っている。この湖は広いからこれくらいの雨でも、降り続ければそれなりの水量になるはずである。しばらくは川の方へは行かない方が良さそうだな。


「今日は体を洗うのはなしな」

「クル」


 俺が言うとクルルは頷くように頭を下げた。雨に打たれてるからさすがに理解してるか。俺たちは水瓶4つに水を汲み終えると、そそくさと撤収する。


 帰り道も雨だれに打たれながら、早足で戻る。状況的には前の世界で傘を忘れたときと同じなのだが、不思議とあの時のような惨めな気持ちではない。


「クルルがいっしょだからかな」


 俺がそうつぶやくと、クルルは聞こえていたのか、そっと頭を俺に擦り付けた。

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