都へ
都に向かう街道をクルルが牽く竜車が進んでいく。サスペンションの恩恵もあって、スピードを速めにしても極端に乗り心地が悪くなるといったことはない。
普通の馬車でこのスピードだと乗り心地は悪いし、かといってサスペンション搭載車だと荷台の動きが比較的少なくなるので怪しまれる。
しかし、竜車はスピードが速くても、周りが「走竜が牽いてるし」と思ってくれる。
これは少しずつ走るスピードを上げて、すれ違う馬車や旅人の反応を見て確認したことである。
驚くか、怪訝な顔をしていた人々も、牽いているのが走竜だと分かると、なんとなし納得したような表情になるのだ。
まぁ、そもそも走竜が珍しいので、クルルが二度見されたことも度々ではあるのだが。俺としては荷車のほうに目が行かなければとりあえずは問題ない。
街道を進んでいくと、俺にとっては何度目かの都を守るようにそびえる山脈が見えてきた。
「おおー」
サーミャは見るのが初めてだからだろう、大きな声で感動をあらわしている。”黒の森”の近くにも山はあるけど、木々が邪魔で見えにくいからな。湖に行ったときに遠くに頭が見えるかな……?程度だ。
「あれが見えたらもうすぐ都だぞ」
「そうなのか!?」
「そうね。期間にしたらそんなに離れていないのに、なんだか懐かしいわ」
俺の言葉にサーミャがはしゃぎつつ、ディアナはちょっとした感傷が湧き出ているようだ。日帰りとは言え里帰りには違いないからな。別にエイムール邸に残っていてくれてもいいんだが。
俺がそう言うと、ディアナはため息をついて口をとがらせた。
「私だけ仲間はずれ?」
「いや、そう言うわけじゃ……」
「フフ、分かってるわよ」
慌てる俺に、ディアナがいたずらっぽく笑いかけた。それなりに一緒に暮らしているが、貴族の娘さんらしく美人なので、ふとしたときの表情にドキッとさせられることがある。今がそうだ。
「でも、仲間はずれがいやなのは本当よ」
「分かったよ。街へは一緒に行こう」
「もちろん」
ディアナは再び微笑んだ。やっぱりドキッとするような綺麗な笑顔で、俺は見惚れないように、リケの座る御者席の近くへ移動して、前を見る。
見覚えのある外壁が遠くに見えた。都へはあとほんの少しだ。
クルルのおかげで街の入り口へはなかなか早くに着いた。元々昼前には到着している予定ではあったが、それよりも1時間ほどは早い。
今からだと都へ入るのに時間がかかっても、エイムール邸には相当早く着いてしまうな……。最悪どこかで時間を潰す必要があるかも知れない。
チェック待ちの列に並びながら(並ばせたのはリケだが)、そんなことを考えていると聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「エイゾウ様!」
この近辺で俺を「様」付けして呼ぶ人物の素性は1つしか無い。エイムール家の使用人さんたちだ。
声の方を見ると、思ったとおり知った顔の使用人さんがいた。
「ああ、カテリナさん」
声の主はカテリナさんだった。帝国から戻るときも思ったけど、この人だいぶアクティブだよな。
彼女は深々とお辞儀をして言った。
「お迎えに上がりました」
「それはありがたいんですが、こんな早くから来てて大丈夫だったんですか?」
カテリナさんがいつからいるのかは知らないが、俺たちはかなり早くに到着しているから、普通の馬車の速度でも後1時間はここで待ちぼうけすることになっていたはずだ。
正確な時計が一般的には普及していないので、行く時間を正確には伝えようがないのはそうだが、これがもし昼過ぎに到着の予定だったら相当な時間カテリナさんに無駄足を踏ませるところだった。
マリウスにはあまり気を使わないように言っておかないといけないかも知れないな。逆にこっちが気を使う。
「ええ、お屋敷の方は皆いるので平気です」
「そりゃ良かった。乗ってください」
「ありがとうございます」
カテリナさんを荷台に引き上げた。ルーシーが早速駆け寄って、尻尾をふりふりしている。カテリナさんの表情が綻んだ。
「かわいいですね」
「そうでしょう!」
ディアナママが胸をはって言った。かわいいのは確かだが、ディアナの親バカっぷりにどんどん磨きがかかっているような……。今更か。
サーミャがやれやれといった感じでため息をつく。その気持ちも分かってしまう。
「あ、このままあっちへ進んでください」
一しきりルーシーをモフり倒したカテリナさんが、指を指してリケに行き先を指示する。
「大丈夫なんですか?」
リケが恐る恐る、指示された方へ竜車を動かした。
「ええ、都に住んでいる人……特に貴族は別扱いなので」
カテリナさんが事も無げに言った。貴族が別扱いなのはそりゃそうか、という感じである。そこに俺たちが乗っかってしまうのはちょっと他の人に悪い気もするが、ありがたくコネの力を行使させてもらおう。
門のところではカテリナさんが懐から何かを取り出し、衛兵に見せる。多分エイムール家の通行証みたいなもんだろう。衛兵はそれをちらっと確認すると、敬礼をして俺たちを通してくれた。
門をくぐると、大通りが広がり様々な人達がいる。何度か見たが、この光景には心躍るものがあるな。
俺はそう考えながら、今日の予定に思いを馳せるのだった。
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