ヘレンの話
ぽつりぽつりとヘレンは話し始める。
「アタイは魔界との境界付近の仕事を終えた後、帝国との国境付近の哨戒と賊の討伐を依頼されたんだ」
魔界の境界付近の仕事てのは、ニルダがうちに来る原因になったやつだな。
「それを受けたアタイ達は、国境付近の村に世話になることになった。そこも賊に悩まされてたから、歓迎してくれたよ」
「いつも部隊で仕事してるのか?」
「そりゃ1人2人じゃ無理だからな。まぁ、アタイは特定の傭兵団に所属してるわけじゃなくて、毎回寄せ集めのところで仕事してたんだけど」
救出対象はヘレンのみだったが、部隊で行動しているなら他にも捕まったやつがいたんではなかろうか。
「で、その村の住民に賊のいるらしい辺りを教えてもらって、アタイが1人で偵察に出たときだ。妙な連中を見かけた」
「妙な連中?」
「ああ。身なりが良くて、武器も立派だった。辺境の賊にしてはやたら金を持ってそうな連中だったから、これは賊じゃないなと思ったんだ。数も結構いたし」
ヘレンはそこで一息つく。俺も、みんなも黙ってヘレンの話に聞き入っていた。
「1つ仕事を終えたあとだったし、賊の討伐なんて何回もやってるから、気が緩んでたんだろうな。背後から忍び寄られて、取り押さえられた。
正面からやりあって負けたわけではないのか。まぁ、ヘレンと正面からで勝てるやつがたくさんいても困るが。
取り押さえられた、と言うヘレンの言葉を聞いてディアナが息を呑んだ。ヘレンはチラッとそっちを見て話を続ける。
「アタイの武器を取り上げたあと、『今の話を聞いたか?』そいつらの親玉らしいのがアタイにそう聞いてきた。見かけてすぐだったから、アタイは首を横に振ったけど、まぁ信用はされないよな」
「聞いてても聞いてないって言うだろうからな」
俺の言葉にヘレンは大きく頷いた。
「そんなのアタイだって信用しない。そもそも、あいつらがいるのを見ちまったんだから。それであそこに連れて行かれた」
「何もされなかった?」
「なんでいたのかはしつこく聞かれたよ。こっぴどくではないけど」
ディアナが心配そうに聞いて、ヘレンがサラリと答えた。
実際、目立った外傷はほとんどないのだ。助けたときに憔悴していたから、客人として扱われたわけでもないだろうが。
「まぁ、今回は一旦終わったんだ。ゆっくり休め」
「ありがとう。そうする」
俺の言葉でヘレンが破顔し、報告会はお開きになった。
みんなが三々五々自室に(ヘレンは客間だが)戻っていく。俺も自分の部屋に戻った。
数日ぶりのベッドの寝心地は気持ち良かった。家のみんなが手入れをしてくれていたおかげだろうと思う。
その一方で、俺には気がかりがあった。なぜヘレンは捕縛されただけだったのか。ヘレンが出くわした連中とは何者だったのか。
どうにも腑に落ちない。分かる日がくればいいのだが。そう考えているうち、俺は睡魔との格闘にあっさりと敗北した。
そして、その答えは意外にも向こうからやって来た。
翌日、いつもしていた日課の水汲み(もちろんクルルも一緒である)と食事の準備の他、クルルと遊ぶ以外は何もせずのんびりと過ごして、更にその翌日である。
朝の日課を終えたら、荷物を荷車に積み込んで街へ向かう。実際のところは1ヶ月も空いていないのに、この感覚も随分と久しぶりなような気がする。
ヘレンはクルルの牽く竜車に乗るのは初めてで、例のカツラを被ったまま、結構はしゃいでいた。早いし、揺れがガツガツと来ないからな。
「走竜ってのはすごいな!」
「でしょう?」
ヘレンの言葉に、ディアナが胸を張る。愛娘が褒められて喜ぶ母親のようである。実情として余り違いはないが。
「この荷車もカミロのところみたいに揺れがゆっくりなんだな」
「あれの元になったやつがこの荷車にもついてるからな」
「そうなのか。エイゾウは色々出来るんだな」
「俺で出来る範囲のことはな」
救出までこなす鍛冶屋ってなんだよ、とは自分でも思うが出来ないことは出来ないのだ。例えば戦場で指揮を執るなんてことは無理だろう。
俺が出来るのはあくまで俺個人の手が届く範囲のことでしかない。
のんびりとした風景の街道を竜車が進んでいき、やがて街にたどり着く。見慣れた衛兵さんに挨拶を交わして、カミロの店に到着した。
ちなみに、衛兵さんがヘレンを知っていると面倒なので隠しておいたが、特に見咎められることはなかった。
いつもの通りにクルルを預けて、商談室に入る。こっちの人数が増えているが、十分に広いのでまだ手狭だなと感じることはない。
なんだか少し見透かされているようにも感じるが、これは流石に被害妄想というものだろうか。
少し待つと、いつもの通りにカミロと番頭さんがやってきた。ただ、いつもと違うことが1つある。
俺がこの世界でよく知っている顔が続いて入ってきたからだ。
「やあ、エイゾウ、直接会うのは久しぶりだな」
見まごうことのないその顔は、エイムール伯、マリウスであった。
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