王国への帰還

 あくまでも「後ろに迷惑をかけたくないだけですよ」と言う意思表示以上の速度を出さないように気を配りつつ、ヘレンの手を引いて関所を離れる。

 心情的には今すぐダッシュしてカミロの馬車に乗り込み、馬車を飛ばして王国領に潜り込みたいところなのだが、そんなことをしたらどうなるのかは目に見えている。

 逸る心を抑えむのが大変だが、努めて冷静に、速さを咎められることなくその場を離れた。


 体感にして15分か20分くらいだろうか。つまりは1~2キロほど離れると、そこの平地に人の「溜まり」が出来ていた。

 俺たちはそこに立ち寄ってみることにした。長いこと並んで疲れているのも確かだったし、王国もそこそこの日数離れていたので、もしかするとなにか話が漏れ聞こえてくるかも知れないと思ったのだ。


 ざわざわと種族も年齢も性別もまちまちな人々が、思い思いの場所に腰を下ろして休憩したりしている。俺とヘレンは空いたところを見つけてそこに座り込む。

 ヘレンはいつもの「ドカッ」と豪快にあぐらをかいた座り方ではなく、しなっと横座りに座った。一応状況を意識してくれてはいるらしい。

 荷物からカップを取り出してヘレンに渡す。

「ほれ。」

「ありがと。」

 ヘレンがそっと受け取ったカップに水袋から水を移すと、少しずつ飲み始めた。俺も水袋から直接飲む。夫婦なのにヘレンが目を白黒させないか若干心配していたが、普通にしている。

 傭兵であちこちの戦場に行っていたなら、男女関係なく水袋の回し飲みくらいは普通にするだろうから今更か。俺はグイッと水を飲み込んだ。


 水を飲んだり、乾燥させた果物(イチジクみたいなやつだ)を少し齧ったりすると人心地着いてきて、さっきよりも周りの状況に目をやる余裕が出てきた。

 大半は疲れた顔をしているから帝国から出てきた人だろう。総合すると「突然でビックリした」と言うようなことを口にしている。

 戸惑いの表情が伺えるのは引き返してきた人だろうか。何人かが帝国から出てきたと思しき人に話を聞いて驚いたあと、ガッカリしたりしている。

 基本的には商売で入ろうとしている人たちだろうし、商売ができないとなると困ったことにはなるだろう。

 しばらく聞き耳を立ててみたが、とりあえずは王国で何かあって帝国に逃げようとしている人はいないようだ。

 つまりは俺の家族もおそらくは平気だろう。まぁ、うちにいる限りは多少のことでは何もないとは思うが。

 俺は思わず安堵のため息をつく。

「どうしたの?」

 それを見たらしいヘレンが心配そうにこちらを伺っている。口調もちゃんと変えてくれていて助かる。

「いや、あんなのに巻き込まれたあとだから、家がどうなってるかと思ってな。」

 俺は慎重に言葉を選んで答えた。この言い方なら普通の人はの家の話だと思うだろう。

「ああ。大丈夫でしょ。家族の家だもん。」

 一方ちゃんとその言葉の意味を理解しているヘレンは、そう言って手をキュッと握ってくる。俺はその手をそっと握り返した。


「あのぅ。」

 そこへ1人の女性の声がした。俺とヘレンはビクッとして思わず手を離す。

「ああ、驚かせてしまってごめんなさい。少しお話を伺いたかったのです。」

「いえ、こちらこそすみません、失礼な真似を。」

 被っていたフードを取り、言葉通り申し訳なさそうにする女性に、俺は頭を下げて返す。ヘレンはそっと俺の後ろに動いた。

 俺は女性になにか違和感をおぼえたが、あまり訝しげにして変に思われるのも困るので、何事もないかのように聞き返す。

「それで、聞きたい話とは何でしょう?」

「帝国でなにかあったんでしょうか?周りの方もそれらしいことを仰ってるんですが。」

「ああ……」

 女性の疑問に俺は答えた。何か暴動のようなものが起きたらしいのを道中で耳にしたこと、しかし自分と妻は妻の実家に行っていて詳しくは知らないことなどだ。

 話しながらも違和感の正体を探ろうとするが、なかなか思い当たらない。

 だが、その正体は意外にも向こうから教えてくれた。

 俺が一通り話し終えると、女性はそっと俺に顔を寄せてくる。ヘレンが俺の前に出ようとしたが、俺はそれを手で抑えた。

「ご安心ください、エイゾウ様。エイムールの者です。」

 ニッコリと微笑んだその顔は、言われてみれば遠征帰りに俺を案内してくれた人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る