情報収集
情報収集が必要だとは言っても、もちろんヘレンが連れて行かれた先のおおよその見当はついているらしい。
「どうも商業が栄えてるところに連れて行かれたようなんだよな。」
「軍事都市でなくてか?」
「ああ。」
傭兵を監禁しておくなら、それこそ駐屯地のようなところのほうが良さそうに思うのだが、そうではないのか。
「きっと人の出入りが多いからだろう。傭兵の1人や2人くらいは隠して入れることができる。倉庫もいっぱいあるから隠して監禁する場所にも事欠かない。」
「つまり、ヘレンが捕まったことを隠したままにしておきたい事情が帝国側にもあるってことか。」
「おそらくな。そうだとすると奪還自体は楽かも知れない。なんせ捕まってないことになっているわけだし、牢もちゃんとしたものじゃないだろう。闇から闇に葬り去ると言う決定があるまでは、酷い扱いにもならん。」
「その期限が差し迫ってるということだな。」
「そうなるな。」
カミロがいつオファーを受けたのかは分からないが、俺が言われて翌日には出立ということはそれなり以上に急いでいることは確かだ。
移動の間にどんどん細部を詰める。馬車だから乗っている人間以外に聞かれる心配は基本的にはない。
「で、見つかったら俺はどうするんだ?」
「すまんが戦闘要員だな。後は逃げるときの偽装をしてもらうかもしれん。」
見かけは普通のオッさんが剣の使い手とは思わんだろうから、紛れるには良いか。そっちは良いとしてだ。
「偽装?」
「ああ。逃げるときに俺達と一緒だと怪しまれる可能性があるからな。どっからどう見ても普通のおっさんのお前と、夫婦か何かってことにして抜け出す手がある。」
「夫婦は無理があるだろ。」
「そうでもないぞ?鍛冶屋って仕事柄嫁さんとなかなか出会えないからな。ヘレンは顔に傷があるし、貰い手とか考えるとおかしくはない。」
「ふうむ。」
「まぁ、あの短い赤毛で顔に傷じゃあバレバレだから、そこにカツラも用意はしてある。秘密裏に捕縛したんなら、衛兵には外見も含めて細かいところは通達されてないだろうし、それでなんとかなるはずだ。」
「なるほどねぇ。」
人と多く触れ合うってことはそれだけ情報が漏れやすい箇所ということだ。例えば店のおかみさん達の口が総じて軽いと思われているのは、何も悪気があってのことではない。情報の秘匿という概念が薄いのと、接触する人数の多さが起因する。
衛兵たちには情報の秘匿の概念はあるものの、どれがそれに該当するのかという判断については甘い部分も多い。彼らも何だかんだと教えてくれたりするからな。親切心からなので、あまり悪しざまには捉えていないが。
そんな話をしながら、帝国へ向かって街道を進む。ここはまだ王国領だからか、野盗に出くわすことは無かった。
1日目は国境近くの街に宿泊する。国境からほど近いと言うことは、つまり人の行き来が多く、正規の軍隊の駐留もあると言うことだ。
泊まる宿はそれなりの行商人が泊まるのに問題ないようなところで、部屋も1人1部屋だが、御者の人は宿に寝具を借りて馬車で寝る。荷物番も兼任と言うわけだ。この辺りがこういった場合の標準らしい。
部屋については可もなく不可もなくというか、特にうちの寝室ともさほど差はなかった。こういうのってめっちゃ高級か、あるいはその逆でめっちゃ粗末なところでないと特色出にくいよね……。
「よし、じゃあちょっと出るか!」
「どこにだよ。」
夕食の後、カミロが張り切りだした。もう外は完全に日が落ちている。何をするにももう遅いんじゃないのか。
「情報収集だよ。」
「だからどこに。」
どんな情報を、はともかくとして農夫なんかはとっくのとうに家に帰っている。普通の店はとっくに閉まっているし、収集するべき対象がいない……ああ。
「娼館か。」
「ご明察。お前も行くだろ?」
こんな時間で開いてる店と言ったら酒場か娼館くらいしかない。
本当なら何日かかけて酒場をハシゴするんだろうが、俺たちは今日来て明日には発つ。ふらっと来て1日で街の酒場を周り、どの酒場でもある一定の話題を必ず1回は出していた、となったら聞きたいことがバレバレだ。
であれば色んな人から話を聞くよりも色んな人と接している人で、かつ口の固い職業の人に聞いたほうがいい。1人に1回聞いただけなら違和感もない。
情報を持ってないというハズレを引くリスクは当然有るし、どこかに通じていない保証もないが、今日はまだ確信の情報を得る段階ではなく、その前の匂いのようなものを探る段階だ。
「行かないよ。」
「なんでだ。奥さんたちに悪いからか?」
「いや、あれは家族でだな……」
この世界は別に一夫一婦制というわけではない。なので全員を娶っても文化上は問題ないのだが、結婚しない理由はそれではない。
「まぁ、ハズレを引く確率を下げるには何人かで行くのが良いんだよ。」
「2人で行って2人とも同じこと聞いたら怪しくないか?」
「そ、それは……」
行きたくない理由の1番はこの世界からみたら”お客さん”である、俺の血を残す可能性を作りたくないってことだ。おそらくは避妊技術もほとんどないだろうこの世界だと万が一ということもあるしな。
俺が家族の誰とも結婚したり子をもうけたりするつもりがない理由でもある。こっちは彼女たちにもその気がなさそうなので、今のところ気をもむ必要もなくて助かっているが。
だがこの理由は話すわけにはいかないので、他の理由でごまかすしかない。今回は上手くいったように思うが、いろいろと考えておかないとな。
「それに俺は口下手なんだ。情報収集は得意なお前に任せるよ。」
「わかったよ……」
トボトボ半分、ウキウキ半分で宿屋の食堂を出ていくカミロを俺は見送った。
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