上には上
研いでなかった方の仕上げも終わり、作業場の後始末をしているところで、ヘレンとディアナが戻ってきた。俺の予想に違わず、ディアナはこっぴどくやられている。ヘレンがそうそう手加減するわけないからなぁ……。
「どうだった?」
俺はヘレンとディアナのどっちにともなく聞いてみた。
「あー、あれだな。お嬢は基本の動きは良かったけど、もうちょっと、綺麗じゃないやり方を覚えたほうがいいかもな。」
答えたのはヘレンの方である。と言うかディアナはまだ肩で息をしていて答えられそうにない。本来は2本のショートソードを操っての攻撃を得意としているヘレンだが、1本でも圧倒したんだろうな。"雷剣"の面目躍如と言ったところか。
一方のディアナはどこから剣が飛んでくるか分からないままの対応を強いられていたのだと思うと、これは同情せざるを得ない。
「目潰しとかはかけてないよな?」
「それはしてないよ。フェイントは山程かけたけど。」
さすがに本当の"なんでもあり"というわけではなかったらしい。でもこのフェイント、蹴ると見せかけて、とかそう言うのを含んでると思う。俺はそれをやってないから、剣だけを使うというのが前提のディアナじゃ対応できなかったのは、容易に想像できる。
逆にディアナの剣筋は素直すぎて、ヘレンにはフェイントもろくに通じなかったに違いない。最近はその辺りも出来るようにはなってきているのだが、流石に数々の戦場をくぐり抜けてきた、二つ名まである傭兵とは比べるべくもない。
「でも、御前試合でやった王宮の何とかってやつよりは全然強いと思うよ。お嬢はエイゾウが鍛えたんだろ?」
「ん?ああ。基礎の剣術は全くだけど、うちに来てからは俺が稽古つけてる。」
「やっぱりな。フェイントの癖がエイゾウに似てた。似すぎてたからこそ対応が楽にできたんだけど。」
1回打ち合った相手の癖を覚えて次には対応してくるとか、ヘレンも十分にチートくさいやつだな。いや、戦場だと初見で対応できないと、そこで自分の終わりを意味するときもあるから、当然といえば当然なのか。引き出しを増やして、対応できるシチュエーションを増やすのは理にかなっているようには思う。
「エイゾウはこのヘレンと四半時も打ち合ったの……?」
息が整ってきたディアナが俺に聞いてくる。
「まぁ、そうだな。あの時は確か二刀流だったか。」
「……上には上がいくらでもいるって思い知ったわ。」
ディアナが肩を落としながら言うと、リケがうんうん頷きながら、落とした肩をポンポン叩いて慰めている。なにか通じあうところがあるらしい。
「よっし、それじゃあエイゾウもやろうぜ!」
ノッてきたぜ!みたいなノリでヘレンが言う。
「なんでだよ。やらねえよ。」
「ええーっ。」
「ただの鍛冶屋だぞ。現役の傭兵に敵うもんかい。」
「いいじゃん、やろうぜ。」
「やらないって。それよりも、もう大分遅いがどうするんだ?別にうちは泊めても構わないが。」
「あー。もう外が暗くなってきてるな。」
「街までは結構あるし、真っ暗の森を帰すのも俺達も気が引けるから、泊まってけよ。」
丁度ディアナの部屋が出来て客間使えるしな。うちの3人娘もうんうんと頷いている。おそらくはこの地域最強とは言え、この中を女性を帰すのはよろしくない。
「んー。じゃあお言葉に甘えて。」
「明日は俺達も街に行くし、ついでに送ってってやるよ。」
「おお、ありがとう。」
「ついでだから気にすんな。」
今日の夕食と明日の朝食は1人分消費が増えるが、これくらいなら気にする必要もないだろう。今日はちょっと腕によりをかけるか。
こないだちょっと豪勢な飯にしたが、今日も負けず劣らず、肉を多めに使ったメニューにして、全員から好評だった。ヘレンが「胡椒使うと美味いんだなぁ……」と言っていたのが印象的である。金持ってんだから買えばいいのに。夕食中の話題はヘレンが行ったことのある街の話だ。傭兵として各地をまわっているし、立場的にもよりアンダーグラウンドなところも知っているだけあって、中々に興味深い話がいろいろ聞けた。娼館かぁ……。いや、興味はない。ほんとですよ?
翌朝は水を汲んできた後の日課にヘレンも加わる。5人いると流石に洗い桶も狭いな……。洗濯もヘレンが参加していた。楽しんでいたようなので何よりだ。
街へ出る準備をしたら早速向かう。俺とリケが荷車を引いて、他の3人が周囲の警戒である。ヘレン1人が増えただけだが、安心感が物凄い。傭兵稼業をしていると隊商の護衛なんかを頼まれることも多いらしく、その辺りの話をしながら森を出た。
街道に出ると一気に景色が開けた。青いキャンバスにところどころ白い絵の具を落としたような空に、遠くまで緑の絨毯が広がっている。毎度のどかな風景だなとは思うが、見通しが良いということは、遠くから俺達の姿を確認することも可能なわけで、野盗などにとってはむしろ都合のいい話になってしまう。
ただ、ヘレンの話では、この辺りの主だった野盗は退治しているから大丈夫、だそうだ。何せ、その退治の先頭に立ってた人間の言うことだから信頼性が物凄い。とは言え、討伐に引っかからなかったような小物はまだいるはずなので、最低限の警戒はしつつ街道を行くことにする。
男1人に女性4人、しかも荷車付きと言う編成にも関わらず、何事も起きずに街にたどり着いた。女性陣がやたら強そう、と言うのもあるだろうが、基本的には街の衛兵たちの努力も大部分に寄与していることとは思う。
今日の立ち番は前にディアナをチェックした衛兵氏だ。俺達を見ると一瞬ニヤッとした後、すぐに顔を引き締める。
「またおモテになることで、と思ってたんだが、そこの女性はまさか"雷剣"か?」
「ええ。ちょっと知り合いでして。」
「アンタ一体何者なんだ……」
「至って普通の鍛冶屋ですよ。」
「普通の鍛冶屋が"雷剣"と知り合いだったりはしないよ……。まぁいいや、騒ぎは起こすなよ。」
「ええ、もちろん。」
とは言え、そもそも知り合いだったのはカミロだろうし、伯爵家三男坊としてのマリウスとも知人だったみたいだし、アイツの交友関係のほうが俺にとっては謎だ。
ともあれ衛兵さんに会釈して街の入口を通り過ぎる。ヘレンとはここでお別れだ。
「別にカミロには用事ないからなぁ。また戻ってきたら具合見てもらうと思うし、その時はよろしくな!なんか土産持っていってやるよ!」
そう言ってヘレンは自由市の方に立ち去っていった。彼女が無事で戻ってきて、剣の具合を見られればそれが一番の土産だろうと、そう思わずにはいられなかった。
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