都の話

 俺は旅装を解いて、4人分の湯を沸かした。それぞれ自分の部屋で身体を拭き清めたら、ダイニングで夕食だ。夕食はバラ(猪)の塩漬け肉とレンズ豆っぽい豆のスープに、無発酵パンとそれにワインである。うちだとそれなりに豪勢だが、はてさて、ディアナの口に合うかどうか。

「こう言うものしかなくてすまん。口に合うといいんだが。」

 もう少し恐る恐る口に運ぶかと思ったが、ディアナは躊躇なく口に入れた。

「……どうだ?」

 それを見てむしろ俺のほうが恐る恐るで聞いた。

「美味しいです!」

 アンバーの目を輝かせて、ディアナが言う。しかし、周りがビックリしているのに気がついたのか、

「あ、す、すみません……」

 すぐにしょんぼりしてしまう。

「いや、口にあったなら良いんだ。良いとこのお嬢さんの口に合うか、みんな心配してただけだよ。」

「そんな、良いとこのお嬢さんなんて。」

「まぁ、メシが美味く食えるのが一番だ。メシがマズいと何もする気が無くなるからなぁ。」

 俺はしみじみと言う。前の世界で仕事がツラい時でも、美味いメシが食えればなんとかなったもんだ。

「エイゾウもマズい飯食ったことあんのか?」

 サーミャが話題に乗ってくる。

「そりゃあ、何度でもあるさ。」

「そうなのか。アタシはエイゾウはずっと美味い飯しか食ってないもんだと思ってたよ。」

「そんなことはないぞ。例えばだな……」

 俺は前の世界の話を、それと分からないように話し始める。こうしてこの日の夕食は「食べた中でマズかったもの」の話題で盛り上がる。ディアナも「珍味」と聞いて食べた、何かわからない肉が相当マズかった、と言う話をして場を盛り上げていた。


 そんな楽しい夕食が終わった頃、俺は話を切り出した。詳しい事情を聞くかどうかは少し迷ったが、ここまで来たら今更だろう。

「さて、じゃあディアナさんが都を追われることになった理由について、教えて貰えるか?」

ディアナは少し躊躇していたが、すぐに

「分かりました。それでは……」

 と、訥々とつとつと話し始める。


 ディアナ(とマリウス氏)の実家は、俺達が行っている街の辺りも含めた領地を治めるエイムール伯爵。エイムール伯爵には3人の息子と1人の娘(もちろんディアナのことだ)がいた。3人の息子は長兄リオン、次兄カレル、そして三男のマリウスだ。当然、伯爵の家督を継ぐのは長兄のリオン、そのはずだった。1ヶ月ほど前、エイムール伯爵とリオンは、国境付近に出たと言う魔物の群れを討伐するために、私兵を引き連れて出かけた。

 本来であれば、リオンはともかく伯爵まで出ていく必要はなかったはずだが、そろそろ伯爵は完全に隠居し、リオンに実権の全てを引き継がせるつもりだったようで、そのデモンストレーションの意味もあったらしい。逆に言えば、国軍を動かさず、私兵のみで、しかも伯爵とその跡取り御自らの出陣、となれば、その出現した魔物の討伐も大した話にはならない、と言う想定だったはずだ。


 だが、そんな予想は完全に裏切られた。伯爵、リオン共に討ち死に、私兵も壊滅状態になって敗走、命からがら帰ってきたところによると、「やたら強い魔物が何もかもを倒していった」そうだ。だが、その凶報を受けて戻ったマリウスが調べたところ、不審な点がいくつもあった。衛兵として数々の”斬られた”遺体を見てきたマリウスから見れば、伯爵もリオンも、受けた傷が爪や牙ではないように見えるし、そもそも「魔物の発生自体が本当だったのか?」と言うところから怪しい、と言うのがマリウスの見立てである。


 さて、そうなると俄然怪しいのはカレルだが、当然簡単には尻尾を出さない。黙っていれば家督の継承権はカレルにくる……はずだった。だが、そこに大きな問題が発生する。記録を調べたところ、カレルとマリウスの継承順位が逆だったのだ。カレルは妾腹の子、マリウスは正妻の子であるため、マリウスが誕生した時点で継承順が変わってしまった。その事実は記録官により記録はされたが、カレルを産んだときに母親である女性が亡くなってしまったので、家の中では4人共、正妻の子として育てられたのである。

 そうなるとカレルは継承権を自分のみにするため、マリウスにあれやこれやをなすりつけようとする。が、マリウスは当然その前後はずっと別の町で衛兵をしていた。策略があったとして指揮を執るなんてことは非常に難しい。それで今のところは睨み合いが続いており、時々カレルがマリウスにちょっかいをかけている、と言うのが都の今の状況というわけだ。ただこれも長くかかりすぎて、エイムール伯不在が長期となると爵位剥奪、とかもあり得るので、そろそろどちらかが動き出す頃合い、でもあるようだ。


 ディアナが狙われているのは、ディアナも正妻の子のため、例えば彼女がどこかの貴族の息子を婿にでもとれば、その時点で継承権が変わりかねないので、今のうちに排除しておこう、と言う目論見らしい。そこでマリウスは(おそらくは)俺のところに預けて、自分がカレルをなんとかするまで安全を確保しておこうと、送り出したのをカレルが察知して襲われたのがさっき、と言うのが事の全てである。


「ふーむ。」

 俺は考え込んだ。そうなるとディアナを預かるのは1週間や2週間ではないだろう。うちの懐事情的には問題ないのだが、ディアナが耐えられるかどうかだな。てかマリウス氏もディアナも伯爵家の人間かよ。でもこれで、マリウス氏がただの衛兵にしては妙に目利きなのも、街の壁内の機微に通じているのも何故なのかは分かった。

「都……と言うか、マリウスさんの状況も、ディアナさんの状況も分かった。その上でだが、ディアナさんをウチで預かるのは問題ないが、ディアナさんはそれで大丈夫なのか?」

 貴族とわかった以上、本来は腰を低くしたほうがいいのかも知れないが、いまさら態度を変えるのもなんなので、俺はそのままにする。

「大丈夫とはなんでしょう?」

「いや、事が終わったあとでも、一介の鍛冶屋のところに年頃の娘さんが、他に女性がいるとは言え、転がり込んでいるなんてのがバレたら、貴族的にはアウトなんじゃないか?」

「その辺りは兄がうまく処理してくれていますので、エイゾウさんはご心配いりません。」

「後はこの生活が1~2週間どころじゃなく続くかも知れないが、そっちも大丈夫か?」

「凄く短い間ですが、サーミャさんもリケさんもいい人なのは分かりましたし、私は心配していません。もちろん、エイゾウさんも。」

「ふーむ……」

 それなら、別にうちで預かる分には構わないか。

「じゃあ、後は本当にうちで預かってくれ、と言う話なのかどうか、だな。」

「ここに来て分かったんですけど、確かにここ以上に身を隠すのに適した場所もないようには思うので、ほぼ間違いないかと。」

「まぁそりゃそうだが、一応、な。」

 渋るわけじゃないが、もし違うところだったらほとんど誘拐と変わらない。

「何か分かるようなものがあればなぁ。」

 ボソリと言った俺の言葉に、ディアナが反応した。

「あ、そう言えば、カミロさんあての手紙を預かっていたんでした。」

「それを読めば分かる……?」

「ええ、恐らくは。」

「しかし、他人あての手紙を覗くのはなぁ。」

「いえ、私のことなんですから、構わないでしょう。持ってきますね。」

 さっと立ち上がり、客間に消えていくディアナ。


 俺はそれを見て、もしかしてここの生活が気に入りそうなのでは、などと呑気なことを考えてしまうのだった。

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