休暇

 バタバタしたが、ベッドは揃った。後は街に行った時にカミロが寝具を揃えてくれていたら、部屋を移して終わりだ。家具のたぐいは、サーミャもリケもふたりともに使っていない。そのあたりに置きっぱなしだ(服なんかはさすがに包みみたいなのに入れてあるが)。サーミャは定期的にを変える生活をしているし、リケの工房にあった部屋は家族共用だから、基本的には共用のものしか家具には入れてなかったらしい。

 とは言え、前の世界の価値観が強めなのは承知の上で、年頃の娘さんが一人部屋になったんだし、折を見て家具も作っていこうとは思う。まずクローゼットからかな……。


 翌日、家のことを始めて6日目、この日は何かあったときのために予備日にしておいたのだが、特に何事も起きなかったので、完全に暇である。なお翌日も本来であれば街へ行って納品する日なのだが、今週は行かないのでやはり暇なのだ。今日急いで作って持っていくことも考えたが、カミロには行かないと言ってあるし、考えれば怪我をして休んだ日を除けば、もう長いこと休みらしい休みをとっていない。

 そこで、今日と明日は思い切って休みと言うことにした。とは言っても、別段娯楽があるわけでもない森の中なので、出来ることは限られている。この世界にもそれなりに暇な時間を過ごすための遊戯はあるようで、カミロの店でもそれっぽいものは見かけたのだが、やたら高かったので買ってないのだ。

 前の世界の遊戯、例えばオセロや将棋なんかを持ち込むのも手ではあるが、せっかく違う世界に来たんだからそう言うのはなるべく避けて、身近で出来ることをしていきたい。となれば、ここは最初の頃にやりたかったをやるべきだろう。俺は準備をして、サーミャとリケを誘いに行った。


 そして小一時間後、俺達3人は湖にほど近い清流に来ている。そう、魚釣りに来たのだ。初めてこの湖に来た時に見えていた、流れ出ている部分に当たる。家からはそこそこあるし、川は家から離れていく方角へと流れているので、こっちに来ることはあまりない。だが今日と明日は休みだ。明日はともかく、今日は一日ここでのんびり過ごすのも悪くない。うまく行けば晩飯も確保できるし。……そう言ってるとボウズなのがお約束ではある。

 釣り針は作った釘を加工して作成して持ってきた。うちにあった一番細い糸を釣り糸、森で拾ったいい感じの枝(もしかしたら樹鹿の角かも知れないが)をナイフで形を整えたものを釣り竿にして、餌は川の石をひっくり返したところにいた、なんかの幼虫らしき長い虫を使う。

 俺が虫を針にひっかけて見せると、サーミャもリケも特に騒がずに同じようにする。サーミャは森で暮らしてるから、色んな虫とその幼虫を見る機会があるとは思うが、リケが騒がないのは正直ちょっと拍子抜けだ。聞いてみたら、

「いや、山にもこう言うのはいっぱいいますよ。小さい頃はよく遊んでましたし。」

 ということだった。なるほど。


 3人でちょっとバラけて糸を垂らす。透明度が高いので、魚の姿が見えている。向こうからもこちらの影は見えているから、多分なかなか食いついたりしないだろうな。

 禁止漁法なんてものはないし、石打漁なんかをすれば、確実に手に入りはするのだろうが、これはあくまで休暇のレクリエーションなのだ。結果を追い求める必要はない。こうやってボウズのときの予防線を張っておかねばな……。


 昼飯時になったので、家から持ってきた無発酵パンに干し肉をワインで煮込んでもどした物を挟んだ、サンドイッチと言うか、タコスと言うかのようなものを頬張る。形状的には、前の世界の中華街なんかで売ってる、クワパオ(角煮バーガー)が一番近いかも知れない。思ったよりも美味いし、ピクニック感があっていい。なお、ここまでの釣果はゼロ、と言いたかったのだが、サーミャが1匹、リケが2匹である。前の世界のイワナによく似た3匹は、持ってきた小さめの水瓶の中で泳いでいる。釣果ゼロなのは俺だけだ。サーミャ曰くは

「エイゾウは殺気が出すぎなんじゃねぇの。」

 とのことだったので、午後はその辺を意識してみよう。


 午後になってしばらくは誰にもアタリがなかった。おそらく餌を食う時間から外れたのだろう。休憩がてら、そのあたりになっていたブルーベリーみたいな実を摘んだりして少し時間をおく。この実が食べられるのはサーミャに確認済みだ。

「この森にはよく似たやつで毒なのがあるから、エイゾウとリケだけのときは、絶対に採ってその場で食べたりするなよ。」

 と注意もされた。

「食べるとどうなるんだ?」

「毒が回るのは食って2時間くらい経ってからだけど、悪けりゃそのまま毒で死ぬ。良くて一昼夜しびれる。良い方でも、2時間うろついたあとでたどり着くような森ん中で、しびれて一昼夜も動けなくなったらどうなるかは分かるだろ?」

「そうだな。気をつけるよ。」

「そうしてくれ。」

 痺れてそのまま死ぬこともある、ってことは多分呼吸器官も麻痺させるんだろうな。そんなことになったらチートを持っていようが関係なく手の施しようがない。気をつけなきゃな。


 そんなふうに時間を潰して、また川に戻ってきた俺達は、再度糸を垂らす。リケが2匹釣ったから、魚の割当自体は1人1匹ある。

 ある、が、それはちょっと家長として、親方としての沽券に関わると思うのだ。なんとしてでも1匹は釣って帰りたい。そう思っていると、サーミャが

「エイゾウ、釣りたすぎだろ!」

 と爆笑している。そう言えば強い感情はサーミャにバレるんだったな……。リラックス、リラックス。自然体で行くんだぞ、英造。そうやっていると、

「さっきの親方は私から見ても、釣りたいのが分かりました。」

 とリケもクスクス笑っている。

「そ、そんなにか。」

「おう。」

「ええ。」

 二人して深く頷いてくる。俺はちょっとしょんぼりしながら糸を垂らした。


 それから結局誰にもアタリが来ないまま、そろそろ帰る時間になった時、俺の釣り竿にガツッと引っかかるような感触が来た。

「おっ!」

 アタリだ!落ち着いてアワセると、ビビビッと引っ張る感触が来た。多分かかったな。そのまま竿を立てて糸を手繰り寄せる。まだまだ感触は続いている。ここで焦りすぎると確実に逃げられる。そっちのお約束の方はなんとしてでも避けたい。糸が弛まないように手元に魚を引き寄せていく。

 近くまで引き寄せたので、糸を引っ張り上げて魚を釣り上げた。これでなんとか面目は保ったか。

「やっとこ1匹釣ったぞ。」

 サーミャとリケの両方が釣り上げたものに比して、いささか小さめではあるが、釣果として1匹は1匹だ。やや呆れた感じのサーミャを気にすることなく、俺達は家路についた。


 その日の晩は、折角なので外で焚き火を焚いて、そこで釣った魚を焼いて食った。もちろんめちゃくちゃに美味い。久しぶりの魚の味、というのもあるが、こういうキャンプ風の雰囲気もあるんだろうな。


 こうして休暇1日目は大満足で終えることが出来たのである。

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