新しい部屋?
また茂みがガサガサと言う。今度はわかった。サーミャは森で暮らしてたし、虎の獣人だから、足音を消して気配を殺すのは得意中の得意だが、彼女は違う。
「リケ。」
「お邪魔でしたかね、親方。」
「いや、そんなことはない。」
ない……はずだ。サーミャはまだ俺の胸に頭を押し付けてグスグス言っている。獣人のほぼフルパワーで抱きすくめられているので、傷や打ち身が痛むが、それは言わないほうがいいな。
「サーミャさんが言うには親方の戻りがあまりにも遅い、倒してるならとっくに戻ってるはずだ、だそうでして。二人で様子を見に行こうと。」
「外に出たら危ないかも知れんのに……」
「まぁまぁ、
「なるほどな……」
それでサーミャはまず俺を取り返すために、俺に飛びかかってきたのか。肩に熊の腕だけ乗せて動いてると、パッと見は熊に肩のあたりを咥えられたまま、運ばれているように見えなくもない。”恋する乙女”のところには気づかなかったことにして、心配して来てくれたことに違いないし、礼を言っておこう。
「ありがとうな。」
「いえ、それはサーミャさんに。」
「サーミャもありがとう。」
「うん……」
サーミャは先程よりは落ち着きを取り戻してきたが、まだ離れようとしないので参ったな。
「とりあえず、家に帰ろう。な?」
そう言って頭を撫でながら促すと、
「うん……」
サーミャはようやく離れてくれた。
「それで親方、熊は完全に仕留めたんですか?」
「ああ。
「大黒熊と戦って生き残れる人間って、そうそういないと思うんですけどね……。ましてや一介の鍛冶屋で倒せる人って、ドワーフでもそんなにはいないですよ。」
「そこはほれ、わけありだからな。」
ニヤッと笑う俺。
「まぁ、そういうことにしておきます。」
リケはため息をつきながら、とりあえずは流してくれた。
「よし、それじゃあ運ぶか……」
「大丈夫か?怪我してるんじゃないのか?」
サーミャが気遣ってくれるが、
「いやまぁ、もうあと半分くらいだし、それくらいならいけるいける。」
と、俺は虚勢を張る。虚勢とは言うものの、多分時間をかければ本当に無事帰れると思うし。
「まぁ、エイゾウがいいんならいいけど。」
俺とサーミャで熊の腕を片方ずつ担いで引きずる。リケには槍を持たせた。短槍のはずだが、リケの身長だと長めに見える。リケは歩きながら槍の出来を見ている。アレは特注モデルだからな。
「見ながら歩くと危ないぞ。」
俺は前の世界での、歩きスマホを注意するような事をリケに言う。言っても刃物だからな、槍。本当に危ないからやめような。
途中で湖の近くまで来たので、サーミャと相談して、そこで明日まで沈めておくことにした。後は小半時も歩けば我が家だ。
家に帰り着くと、ドッと疲れが襲ってきた。でもまず身体は拭かなきゃな……。フラフラとおぼつかない足取りで台所に向かい、魔法でかまどに火を入れる。
「湯とご飯の用意は私がしておきますから、サーミャさん、親方を寝室へ。」
「おう、わかった。」
ん、俺が寝室なのか?
「いや、俺は書斎で……」
「良いから怪我人は言うこと聞いとけよ。」
有無を言わせない感じのサーミャの語気に気圧される。
「お、おう……」
「じゃあ、肩貸してやるからな。行くぞ。」
そうして俺はサーミャの肩を借りて、寝室に入る。よくよく考えたら、俺の家なのにここを使うのは初めてだな。新しい部屋みたいだ。
このまま横になると、ベッドが泥だらけになるので、一旦丸椅子に座る。
「いてて……」
擦過傷の方はそうでもないが、打撲のほうが結構痛みだして来たようで、あちこちが痛い。
「お、おい!」
サーミャが慌てた様子で声をかけてくる。
「ああ、大丈夫だ。あちこち打ち身があってそれが痛いだけだよ。骨が折れたりとか深い切り傷とかはない。」
「ホントに?」
うるうるした目で俺の目を覗き込んでくる。
「ああ。」
そう聞いてサーミャはホッとした顔をする。サーミャって結構心配性なんだな。そう思ったが言葉は飲み込んだ。あんまり言うと拗ねる気がしてならない。
「とりあえず体を拭かなきゃな……。サーミャ、湯が湧いたら教えてくれ。」
「お、おう。ちょっと様子見てくる。」
部屋を出ていくサーミャ。久方ぶりの静寂がやってきて、身体が猛烈に休息を欲し始める。これは身体が安全を認識して休息を最優先にしはじめているな。これはまずいな……。このままだ……と……かく……じ……つ……に……寝……
なにかフワフワとした感覚を頭に感じて、俺は目を覚ます。目が覚めた、と言うことは寝ていた、と言うことである。しまった、身体とか拭いてないのに。
慌てて身体を起こすと、ビックリした顔のサーミャがいて、俺もビックリした。
「お、おはよう。」
なんと言っていいか分からず、そんなことを言ってしまう。サーミャはビックリした顔のまま、
「お、おう。おはよう。」
と返してくれた。
「俺、寝てたのか。」
「あ、ああ。ぐっすり。身体を拭かないと悪い風が身体に入る、ってリケが言うんで、二人で湯で拭いてベッドに寝かせたんだよ。下着は脱がせてないけど。」
「そうか……すまないな。」
「別に気にすることじゃないよ。」
俺は再びベッドに横になる。ちょうどそこにリケが入ってきた。
「あら、親方。起きたんですね。」
「ああ。リケもすまないな。」
「いえいえ、いいんですよ。そうそう、サーミャが”エイゾウがー!”って……」
「わーーーー!!!」
突然サーミャが大声を出す。ほとんど虎の咆哮だ。
「ばばばばバカ!それは言うなよ!!」
「あら。別にいいと思うのに。照れ屋さんね。」
焦るサーミャを軽くあしらうリケ。この辺はリケが何枚か
「二人とも、さん付けで呼ぶのはやめたのか。」
「ええ。そうしましょう、って親方を寝かせる時にサーミャと話し合ったんです。ね?」
「おう。一緒に暮らしてるんだから、そっちのほうが良いと思って。」
「そうか、いいことだ。」
俺は心の底からそう思う。サーミャの言う通り、これからいつまでになるかはともかく、おそらくは1ヶ月程度ではなく、もっと長く一緒に暮らすのだから、お互いにやりやすい形のほうが良い。
「リケも俺のことは親方じゃなくて良いんだぞ。」
しれっと俺も混ぜてみたが。
「それはダメですよ、親方。」
あっけなく撃墜されてしまったのだった。
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