狩りの時間

 ナイフはそこそこ、ロングソードも結局の所”高級モデル”以外は完売と言う、上々の結果を得ることが出来た。食糧も買い込んだし、これでまた向こう1週間は余裕で暮らせる。


 家に戻ってきて、買い込んだ麦のうち、挽いて粉になっているぶんを、いくらか木製のボウルにあけて、水と塩を入れて練っておく。しばらく寝かせるので、その間に買い込んだ食糧の整理だ。サーミャは明日から狩りに出るので、まだ日が出ている今のうちに弓の調子を見ておくらしい。


 一通り終えたら、練っておいた生地を薄く伸ばして、フライパンで焼いていく。前の世界で言う、チャパティとかの無発酵パンみたいなものだ。これと干し肉と根菜のスープで夕食にする。


「弓の調子はどうだ?」

「ん?ああ、別になんとも無かったよ。2本ほどエイゾウの矢を使ったけど、バッチリだ。」

「そうか、それは何より。明日は何を捕まえてくるんだ?」

「んー、樹鹿か、猪かなぁ……。あとはいればなんか鳥も獲りたいな。」

「獲れれば食生活が広がるな。」

「そうだな。楽しみだぜ。」

 サーミャは明らかにテンションがあがっている。虎の獣人としての血もあるんだろうなこれ。街に出かけていて疲れているし、お互いに明日があるので、その日は早々に床についた。


 翌日の朝、革鎧を身に着け、弓を背負ったサーミャを見送る。昨日焼いた無発酵パンに、干し肉の弁当を持たせてある。

「行ってらっしゃい。大黒熊に出くわしたら、すぐ戻ってこいよ。」

「わかってるよ。いってきまーす。」

 サーミャはすばやく去っていった。さて、俺も仕事にかかるか。


 とは言っても、今日は基本的には減った在庫の補充だ。ナイフ4本。ロングソードは今日は無理だろうから、明日だな。鉄材の在庫はまだ結構あるが、これもそのうち尽きてくるだろうから、調達先をそのうち探す必要がある。今のペースで売れてくれれば、継続的に卸してくれる先を探したほうが良さそうだ。

 しかし、それでもここまで持ってきてもらうわけにもいかないだろう。何回か街と往復してわかったが、この森に住んでいて、ほぼ被害なしに行き来できるのは、事前の危険を察知してくれる、サーミャの貢献によるところがかなりある。

 例えば、昨日でもうっかりオオカミたちの食事の現場に踏み込んでしまっていたら、どうなっていたかはわからない。撃退は出来ても無傷ではなかったかも知れないし、何より、かなりの時間を消費してしまっていただろう。そうなると今度は暗い森の中を帰るになっていた。暗い森の中を行く、と言うのがどれほど危険なことか。


 それを考えると、そろそろ荷車が必要か。しばらくは在庫を持っていくのも大丈夫そうだが、いずれ限界も来るだろうから、今のうちに所持しておくのも、いいかも知れない。導入を考えよう。

 導入するとして、自作するのか、購入するのか……。自作するなら、また木を伐って材木を確保する必要がある。でも、2週間かかっても、その間に街に行くのは2~3回だと思うし、それくらいの間なら余裕だろう。せっかくだし、自作してみて、どうしようもなかったら購入することにしよう。


 夕方頃まで、そんなことを考えながらナイフを作っていたが、クオリティ自体は今までの”一般モデル”と変わらない。チートだからと言われればそれまでだが、ここまで集中しなくても、そこらの鍛冶屋より良いものが作れてしまうのは、良いことなのかどうか、ちょっと悩みどころではある。

 ただ、ものを作って暮らしていく、というのはそう言うことなのかなぁ、とも思うし、せっかくの2回目の人生なので、もらったものはありがたく活用させてもらうとしよう。


 出来上がったナイフをしまっていると、サーミャが戻ってきた。

「帰ったぞー。」

「おう、おかえり。」

 出迎える俺を見て、サーミャがもじもじしている。

「なんだ、どうした?」

「いや、なんか……今、ちょっと……嬉しかったから……」

「ああ……。家帰ってきたら人がいるっていいよな。」

「う、うん。」

 前の世界では、結局俺が掴むことのなかった幸せだ。サーミャはどうなんだろうな。俺に助けられてよかったとは言ってたが、もし大黒熊に襲われなくて、普通にそのまま森の狩人として、他の獣人と結婚して子をなすような人生があったのだろうか。

 いや、”ウォッチドッグ”の言い分だと、あそこで少なくとも俺じゃなかったとしても、誰かに助けられてはいたことにはなる。それが俺でよかったのかどうか。本当に俺でよかった、と思ってもらえるようにはしていかなきゃな。


「で、獲物は?」

「樹鹿を仕留めた。はらわたは抜いて、今は湖に漬けてある。また明日の朝一で取りに行こうぜ。」

「おう、じゃあ明日運ぶの手伝うか。とりあえず手を洗ってこい。」

「うん。」

 そして、いつもどおりの食卓の風景だ。

「どうだった?矢とナイフの調子は。」

「めちゃくちゃ良かったぜ!矢は深くまで刺さるし、その後ナイフで捌いたときも、すんなり捌けてめちゃくちゃ助かった。」

「そうか、役に立ててよかったよ。」

 そのあと、いかに奮闘して樹鹿を仕留めたのか、身振り手振りを交えた解説が行われ、俺はにこやかにそれを聞くのだった。


 翌朝、俺とサーミャは湖にきた。作業場から縄と斧を持ってきている。

「ええと……」

 サーミャが沈めたあたりがどこだったか探っている。

「あ、あれだ。矢が刺さってるだろ。」

「おお、確かに。」

「あそこからもうちょい奥だ。」

「行ってみるか。」

 そこに近づいてみると、水の中に大きな鹿の身体が沈んでいた。

「まずは岸まで引っ張り上げる。エイゾウ手伝ってくれ。」

「おう。」

 二人で鹿の足を持って引きずる。多少浮力があるのか、思ったよりは楽だ。


 岸まで運び上げたら、適当な大きさの木を2本ほど斧で伐り倒して、それを適当な長さに切りそろえ、縄でまとめて荷台のようなものを作る。その端に別の縄をくくりつけて、引っ張れるようにする。その上に鹿を乗っけたら、移送準備完了だ。俺とサーミャで一緒に引っ張る。

 俺たちの力が強いのか、鹿が思ったより軽いのか、スルスルと動く。40分ほどで家についた。さぁて、これから解体だ。

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