本編

小国ユグノス編:ワルキア皇暦405年

はじめてのマギアメイル - Different finished Products -



 少女は観測する。


 一人の技術者の人生を、

 そしてヒトという種族の、試行錯誤の歴史を。




 ◇◇◇



 ―――大陸最西端の小国、ユグノス。


 そこは所謂「弱小国家」であった。

 他の国々との戦争でも負け越してばかりで、最初の段階では他国と同規模だった領土も徐々に奪われた。


 その最大の要因は魔力を使い駆動する鎧「マギアメイル」だ。


 反撃しようにも、ユグノスには他国から輸入した工業用の小型マギアメイルしかない。


 ―――小型マギアメイルに武器を持たせ、無理やり戦ったこともあった。


 だが外装に強化術式を付与され、卓越した操縦技術と魔力をもつ操縦士が搭乗した高価な軍用マギアメイルに、安物のマギアメイルの急拵えの武装が通用するはずもない。


 徐々に国土は占領され、田畑も焼かれた。


 その結果、最早どこの国にも相手にされないほどの小国となってしまったユグノスは、食糧難、物質不足の憂き目に曝されることとなり、人々の心も疲弊しきってしまったのであった。




 そんなユグノス領内の平原を、一機の輸送用小型マギアメイルが走っていた。


 向かう先はユグノスの首都、「デファンス」だ。

 積み荷は大きなコンテナで、外からはその中身を伺い知ることは出来ない。


「こいつを、届ければ!」


 操縦士の顔は達成感に満ちたものだ。

 この荷物さえ届けられれば。そんな言葉を繰り返し発する。


 それだけ彼と国にとって、このコンテナの中身は重要なものなのだ。

 これからの国の行く末は、この操縦士と、それを受け取り活かす者の双肩にかかっているのだ、と。


「これさえ届ければ、ユグノスは復権する!」




 ◇◇◇




「―――はぁ、この国はいつ滅びるのやら」


 本が積み重なった机に突っ伏しながら、一人の青年が弱音を口にする。


 彼の名はクリニエ・リュジスモ。技術者であり、魔術師だ。


 普段は専ら、日用品用の術式の開発や戦闘用の武器の製造、戦闘に転用されたおんぼろマギアメイル等の修理に勤しんでいた。


「早く滅ばねぇかなー……」


 ―――勤しんではいた、が仕事に対する情熱など一切ない。


 滅ぶのを待つばかりのこの国。

 そんな中で新しい兵器など作ったところで、一体何になるというのか。


 たとえ歩兵用の武器を作ったところで、巨大なマギアメイルに凪ぎ払われて一掃される。


 それを防ごうと武装を積んだ魔動車両を作ったとしても、これまたマギアメイルの機動力には遠く追い付けず、各個撃破されるだけ。


 そんな、何をしても遅滞行為にしかならないこの状況下で、誰がやる気を出せようか。


「―――マギアメイル、なぁ」


 他国が使用している超兵器を思い、天井を見上げる。


 魔動鎧、「マギアメイル」。

 大国ワルキアが開発した人型の巨大兵器。

 その性能は嫌というほどに理解している。人のような動きと、それを遥かに凌駕する機動性能。

 操縦士の魔力を強化し、当人が使用できる術式を拡張使用できるその魔力増幅機構も強大だ。



「……」


 もしも、マギアメイルが作れたら。

 そんなことをよく考える。


 だがそんな願いは、永遠に叶わないことだろう。


 魔力増幅機構の構造は理解した。

 操縦術式も、小型マギアメイルのものを発展させれば応用できる。


 だが肝心の資源と、製作に対するナレッジが無さすぎるのだ。


 現にクリニエは、完全な人型のマギアメイルを見たことはなかった。

 製造の為、戦闘への随伴許可を求めたこともあったが、「これ以上我が国の貴重な頭脳を失うわけにはいかない」と門前払い。


 ならばとこっそり戦場に見に行こうと考えたこともあったが、前線に向かった歩兵大隊が後援部隊も含めて一人残らず一掃されたという話を聞き、恐れを成して急遽取り止めたりもした。


 ―――それからだ。彼が無気力となったのは。

 この国にいては、自分の才能は活かせない。

 かといった他国に移住するには、この国の人々に愛着が湧きすぎてしまった。


 その結果クリニエは、自分にできることなど、僅かに生き残った人々の為に、生活が便利になる日用品を拵えてやるくらいのものだ、と諦めてしまったのだ。


「せめて、残骸でも―――」


 彼は無念そうな様子で、そう呟いた。


 その時だ。


 ―――ドアをノックする音が響いた。


『失礼します、クリニエ博士』


「どうぞー……」


 クリニエが返事をすると共に、研究室の扉がゆっくりと開く。


 その向こうに立っていたのは、黒髪に紅い瞳の、見目麗しい容姿をした少女であった。

 その服装からして、彼女はユグノスの軍人だろう。だがその見た目の幼さは、凡そ軍人のそれには似つかわしくないものであった。


「私はユグノス軍所属、リオン・サテリットと申します」


「お嬢さん、本日はどのようなご用件でー……?言っておくけれど、新型の銃はまだ完成してないよ」


 一瞬依頼かとも思ったが、クリニエは既に軍からの依頼で、新型の魔弾銃の開発を進めていたのだ。


 だとすれば、恐らく彼女はその件の進捗報告を聞きに来たのだろう。

 見たところ新兵だろうし、偉い連中に小間使いとして遣わされたというところか。


「いえ、本日はその件とは別件の依頼に参りました」


 しかし、その軍服の少女―――リオンはそれを否定する。


 では一体、なんの用件でここに来たというのか。


「……依頼って何?僕は魔弾銃の開発で忙しいわけだけど」


 ―――嘘だ。

 新型魔弾銃はほぼ完成状態。しかし最終調整を始める前にやる気を失ってしまった為に、開発が滞っていただけ。

 正直、残り一時間もあれば、国に提出できる状態であった。


「一先ず、私に着いてきて頂けますか?―――お時間は、あるでしょう?」


「……」


 それを見透かしたような少女の口振り。


 それに少し驚きつつも、クリニエは深くため息をつく。


 まぁ、着いていくだけなら構わないだろう。気に入らない、やる気のでない仕事であればあれこれ屁理屈を捏ねて断ってしまえばいいだけの話だ。


 クリニエは無言で歩き出す。


 その先に、何があるかを少し期待しながら。




 ◇◇◇




「……それで?僕に見せたいものって何さ」


 クリニエがリオンに連れてこられたのは、彼が住まう研究棟の隣にある倉庫だった。

 しかもその場所は、多数ある倉庫の中で数年来使われていないはずの開かずの倉庫。


「こんなぼろっちい倉庫に連れてきて……」


 クリニエがぼやいていると、リオンは小走りで外壁に設置されている操作盤も元へと向かい、ドアの解錠術式を起動させる。


「倉庫No.44、使用許諾申請」


 <申請が受理されました。倉庫No.44、解錠します。>


 その声と共に、重い扉がゆっくりと開く。


「これは……」


 何も置かれていないはずの倉庫。

 その部屋の中央部に、真新しい造りのコンテナが一つ、鎮座していた。


「貴方に依頼したいのは他でもありません」


 リオンはコンテナに近づき、先程と同じように操作盤を使用しコンテナを開封する。


 コンテナの外壁が、四方へと開く。


「貴方に、作っていただきたいものがあるのです」


「……これは―――」


 箱の内部から現れたのは、なんらかの機械の残骸。

 その各部は焼け焦げており、原型を殆ど留めてはいなかった。


 ―――だがクリニエには、それがなんであるかをすぐに理解することができた。


 自分がずっと、追い求めていたもの。


 情熱を喪った、その元凶にして根源。


「クリニエ・リュジスモ博士、貴方には―――」





魔動鎧マギアメイルを、造って頂きたいのです」



 リオンの言葉が、脳裏に響く。




 ―――あぁ、その言葉を待っていた。



「やらせてくれ」


 二つ返事で、彼は仕事を請け負う。

 そうと決まれば、魔弾銃をさっさと仕上げて提出しよう。

 人も集めなければいけない。学生時代の友人に声を掛ければ、きっと来てくれるだろう。

 今まで考えてきた理論上だけのものだった術式も、組み込めるかもしれない。


 ―――あぁ、やる気が満ち溢れてくる。すべての情熱を、この仕事に全て注ごう。


 こうして一人の技術者の、一世一代の大仕事が始まった。

 それは、ユグノスという小国にとって大きなターニングポイント。


 ―――小さな国の民すべての命運は、この男の頭脳にかかっていた。





 ◇◇◇





「人間というのは、不思議だ……」


 世界の内海から観測していた少女は、素直な感想を口にする。

 これまでにも幾人もの人々を観察してきたが、彼は特に不思議な人物だ。


「ナニカに情熱を傾ける……そんなこと、ワタシには考えられないもの」


 様々な人々を見てきた。


 自国の為に盗みを働き、ただ一つの友情を失い破滅した者。


 自堕落に欲に塗れた人生を送り、結果破滅した者。


 劣等感に苛まれて何もかもを諦め、自棄になり破滅した者。


 復讐心に呑まれてその人生の全てを報復の為の鍛練へとやつし破滅した者。


 彼女が今まで観測してきた人間は、ともすれば愚かな人間と呼べる者ばかりだった。


 だがそれは、観測用のプログラムに推奨された人間を、義務として観測していただけだったからだ。


 このプログラムは、何故か堕落的な、愚かな人間だけを選定してワタシに見せようとしてくる。


「もしかしたら、人にはもっと良い面があるのでは?」


 <否定、ここに住まうのは水晶人種。人類の劣化コピーです。>


 <愚かな人類の劣化コピーである水晶人種に、良い面などあるはずがありません。>


「……」


 どうやら観測アシスト用のシステムは、ワタシをヒト嫌いにさせようとしているらしい。


 ―――確かに、今まで見てきた人達は愚かなヒトばかりだったかもしれない。


 だけれども、自分で探してみた途端に面白そうな、興味深い思考をする人間を観測することができた。

 ならば今度からは、自分で観測する人間を探すほうが有意義な成果を得られるのではないか。


 そう考えたワタシは、決意する。


 ―――システムに頼らず、もっと興味深い人間を選んで、観測してみようと。

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