第2話

この島には僕以外にも仲間はずれな人が居る。

森に住む物知り偏屈爺だ。僕がここに来た後、森に住み始めたらしい。自分で木を切って家を建て、自分で畑を耕し野菜を育て、自分で狩りをして肉を調達する。

爺の生活には少し憧れる。だが僕はまだ子供だ。知恵も知識もない。偏屈爺がそんな生活ができるのは知恵と知識があるからだ。教えてもらおうとしても断固として会話をしてくれない。愛想よくしてもだ。だがこの手に入れた「0の鍵」はこの爺さんに持っていかないといけない気がした。彼の持ち物なのかもしれない。

偏屈爺の家まで走る。島の中央にある山の中腹、川のそばに住んでいる。村からしたら山の向こう側に位置している。

太陽はすでに落ち始めている。帰り道は真っ暗闇の中になるかもしれない。だけどこの鍵を届けなければいけないそんな思考が何よりも前に出てくる。


「爺さん!おい、偏屈爺!ちょっとこれを見てくれ!」


家のドアは閉じられている。ドンドンと叩いても返事はない。そうだ、頼み方が違う。人に頼む姿勢じゃない。少し落ち着きを取り戻す。


「お願いします、これを、この鍵をどうか見てください。」

「鍵だと?」


ドアが開いた。なぜ鍵に反応したのだろう。


「ちょいと見せな、その鍵とやらを。」


爺さんにしては前のめりである。なんでもするといってもこっちを見向きもしなかった爺さんがだ。驚いて少し仰け反ってしまう。


「こ、これです。この鍵、お爺さんのかなって思って持ってきました。この0って書かれた鍵お爺さんのですか?」

「いや、これは俺のじゃねえ。お前のだ。」


爺はこちらを向いて口角をにちゃっとあげる。見たことない爺の笑顔に口をポカンと開ける。しかも俺のものだと言っている。俺の持ち物にはこんなものないぞ。鍵かけないと盗まれるようなものなの持ってない。持つ余裕がない。


「やっぱりあったんだ!0の鍵は!鍵があるってことは0の宝物庫はある!0の宝具も!おまえ、よくやった!とりあえずうちに入れ!はははは!」

「は、はぁ。」


今まで何回も押しかけたのに今初めて入れてくれたのは鍵を見つけたから。呆気なくて寂しくもある。

爺はポットから色のついたお湯をカップに注いでくれた。飲んでみると苦味と渋味が口内に残って不快感があったが、二口目を飲んでみると少し癖になりそうだった。少し落ち着いたところで爺は話し始める。


「その鍵がなんの鍵がわかるか?」

「いえ、まったく。」

「その鍵はな、宝物庫を開けるための鍵なんだ。」

「宝物庫?」

「そうだな、まだちょっと興奮してた。落ち着くまでちょっと待ってくれ。」


爺さんは燦々と輝かせていた目をまぶたで蓋をし、深呼吸を3回ほどしてもう一度こちらを見た。


「君はこの島を出たことないからわかりにくいことがあるかもしれない。もしそういうところがあったら遠慮なく質問してくれ。大体のことは答える。」

「はい。」

「まずこの世界にはこの世の理を超えて願いを叶えることを可能とする秘宝、宝具というものがある。未発見の宝具は全て宝物庫に納められている。宝物庫は1から999までナンバリングされていて、対応した数字の鍵がなければどんなことをしようと開けることはできないんだよ。」

「でも1から999だと0はないのでは?じゃあこの鍵は?」

「そう、そうなんだよ。まず1から999までっていうのがおかしいんだよ。全て見つけた人がいるのかってね。」

「あっ。」


確かにそうだ。誰かが見つけない限り999個あるとは限らない。1000かもしれないし、下手したら無限にあるかもしれない。


「まあそれは、ないものをないと証明するのは難しいだろう?1と999はそれぞれ鍵だけ、宝物個だけが見つけられているから中は判明していないけど存在は証明されているんだ。だから1から999。僕は0があるんじゃないか、1000があるんじゃないかとずっと探してきたんだ。そして0と1000を追い求めているうちにみんな離れていった。馬鹿らしい、そんなものあるわけない、あったとしても宝具を得るのは不可能だと。だがついに、ついに0を見つけたんだ!」


爺はまた興奮している。本当に人生をかけてこの鍵を探していたのだろう。


「あの、トレジャーハンターって…」

「ああ、そうか説明してなかったね。世界中にある宝物庫と鍵を探して宝具を手に入れるために旅をしている人をトレジャーハンターと言うんだ。鍵が宝物庫を見つけたら第一歩、両方揃えて半人前、宝具を手に入れて一人前、二つめ開けたら達人、3つ以上は超人さ。君は鍵を見つけたからトレジャーハンターの第一歩を踏み出したんだよ!」


普段はこういう暑苦しい語り口調は嫌いなのだが、宝具のこと、トレジャーハンターのことにおいてはまったくそう感じなかった。むしろ自分の中にあるしこりが溶けていくような感覚さえあった。


「な、なあ爺さん、鍵を俺から取ったりしないのか?長年の夢だったんだろ?」

「俺は真っ当なトレジャーハンターだ。人が手に入れた鍵を盗んだりしない。君が見つけたんだ、鍵に選ばれた君が宝物庫は自分で探すべきなんだ。もちろん、譲ると言われたらもらうけどね。」


彼は冷え切っていた自分の中に熱く燃える何かを感じた。家族を持つ少年に対する嫉妬よりも、7歳になったからと捨てた村長に対する憎しみよりも熱いものを。


「なあ、爺。トレジャーハンターになるにはどうすればいいんだ!教えてくれ!」

「いい目をするようになった。僕も0の宝具を見たい。君にトレジャーハンターとしての力を僕の生きてきた全てを注ぎ込むよ。明日からここに住みな。食料もあるから安心しな。必要なものだけを持ってうちに来なさい。」


外はすでに日が落ちて真っ暗だったが、関係なかった。ようやく、ようやく生きる意味を夢を見つけたのだ。みんなが持っていた夢を僕も持つことができたのだ。馬鹿な猟師に成るという夢よりも、うだつの上がらない農家になると言う夢よりも、酒ばっか飲んでる漁師になると言う夢よりも、ずっと靭く切れない強靭な夢を。

など木の根に引っかかって転ぼうと、何度苔で滑ろうと関係ない。彼は森を駆け抜けた。


3年過ごした小さな小屋。これともお別れだ。三着の服とズボンと三枚の銅貨を麻袋に詰めて肩に担ぐ。解体ナイフを腰に短い槍を手に持って、念のため家の前の土に足で「もう帰りません」と書いて走り出した。


書いた文字はそのあと吹いた強い風で土が吹き飛ばされて読めなくなっていた。

彼がいなくなったことは村の誰一人として気がつかなかった。

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