愛と自由への助走

 翌朝六時、省子は、目覚まし時計に喚び起こされた。朝日をしたたか全面に呑んでいた、カーテンをけると、窓の外には、朝光に輝く目黒の街が、まだ眠そうな顔をして平臥していた。そして、開放された窓から、一気に室内に流れ込んだ、清気せいきを纏う習慣が、省子のよそおいの端緒である。少しずつ、普段通りの岡野省子が出来上がってゆく。

 トイレ、盥漱かんそう、洗顔、歯磨き、そして、パジャマから部屋着のTシャツ、ショートパンツに着替える、朝食前の一連のルーティンを、手際良くこなし、階段を降りる。今朝は体が軽い。

「おはよう!」

 花のような笑顔を添えた、自身の挨拶に、我れながら漲るものを認めた。

「おはよう。今朝はやけに元気が良いなぁ!」

 忍は瞠目して、再び新聞に目を移した。

「女性の元気は社会のやる気だもんね! おはよう、省子」

 朝食の仕度をする真澄から、名言が飛び出した。それを賜る事もまた、省子の不定期的な朝のルーティンであり、精神安定剤の効能をうべなっていた。母から繰り出されるキラーパスに、更に笑顔の輪が波及して、リビングダイニングに澄明ちょうめいに遍満するのだった。真澄の手に成る朝食は、本当に美味しい。


〈親とは、かくもありがたいもの……〉


 三十代半ばの省子は、自身の年齢にも紡がれた、この感謝の念を、大切に、懐中時計のようにうちしまって、時折確認する癖も身に付いていた。生まれてから今日に至る省子を創り上げたのは、正しくこの両親、父、忍、母、真澄に他ならず、兄弟姉妹のいないひとり娘、岡野家の継嗣として、何不自由なく育てられて来た。

 地元の幼稚園、区立の小学校から、私立女子一貫教育の中学、高等学校、大学へと進み、良妻賢母たる女性の創造を理念に掲げる、学園の教育方針の下で、学生時代を謳歌した。いわゆる、箱入り娘のお嬢様であった。家庭とは、太陽の如き母親の笑顔を中心に回る、小宇宙空間であり、これこそが「幸せ」 であると考えていた。強くこだわっていた省子であった。

 朝食を済ませ、二階の自室に戻った省子は、Tシャツを脱ぎ、前合わせの半袖シャツを羽織って、ドレッサーに向かった。鏡の中に、既に、幸せ色の化粧に仕上がった、自身がいた。今度は、建前上の化粧を拵える番である。素顔とて美しい省子は、この何等造作のない、技巧を要しない作業に、大して力点を置いてはおらず、自身のナチュラリズムに従って、生活全方向において、シンプルな志向を持っていた。ファッションしかり、メイクもまたしかりである。人間のコア、いわゆる芯の部分が、しっかりと強いものであれば、そこには、虚勢なる概念は存在しない。省子のベースには、この意識が綿々と流れており、とかく鼻に付くようなプライドを、その柔らかな当たりが中和して、個性的な処世を可能にしていた。

 手早く化粧、着替えをし了せ、かくして、五反田、池田山に勤めるOL、岡野省子が完成した。その、父、忍が経営する、繊維関係の小規模ながら商社へは、電動アシスト自転車で通勤している。であるから、パンツスタイルが通勤着であった。今日はカーキのガウチョパンツである。革製の黒いバックパックに、社内着用の、今日はブルーのワンピースを持った。準備は滞りなく整った。

 部屋を後にし、小走りにテンポ良く、廊下、階段から玄関へ向かう。早くも父は出発していた。白い革製のスニーカーを履き、玄関にも常置してある、姿見の全身鏡を覗いた。白い歯を見せるように笑う顔を作り、基準こそ不明な、

「良し!」

 と一撃で頷き、

「行ってきまぁす!」

 元気な一声。かさず母がキッチンから、

「行ってらっしゃい!」

 穏やかな中にも、朝の生気が岡野家を包んでこぼれた。

 表に出ると、小ぢんまりとした庭の道路際に、一列に整列している、数本の灯台躑躅ドウダンツツジが、朝の光に応えて、濃緑の潤いを鮮やかに放射している。いつも門内に駐めて置く自転車を、門扉の外に移動させ、静かに閉扉すると、サドルに跨がり、胸一杯に凜然たる気を吸い込むように、勇躍出発した。今日も晴れ。暑い一日になりそうである。日焼け対策も怠りない。

 区民の生活道路である、からさき通りを東進し、目黒通りへ出た。目黒郵便局前の交差点の、横断歩道を渡り、片側三車線の、広い目黒通りを横切らねばならない。今は赤に灯るその信号が、青に変わろうものなら、向こう側から学大駅へ向かう、通勤通学の人達の厚い波に逆行して、東進を続行する。この僅か数分の一時停止で、省子の額には薄っすら汗が浮かんでいた。

 交差点の向こう岸の角には、実直な信号機の動作を見守る、交番が設置されていた。併せてNTTも、この十字路を包囲せんとばかりに建っており、地域のライフラインを支える拠点群の、公務員的な、一般市民に安心を与えるアトモスフィアが漂うエリアである。

 青に転じた。人の波濤をけ、その端に逸れて流れに抗い、徐行して進む。対岸に辿り着くと、見覚えのある、若い男性警察官と目が合った。座ったまま、目深まぶかに警帽を被っていた。

「おはようございます!」

 と一緒に、省子は軽い会釈を添えると、黙礼で応えてくれた。こんな何気ない、自然なやりとりの中に、この上ない平和と、限りない幸せの嬉しさが込み上げて、踏み締めるペダルも軽やかに、いよいよ二十六号通りを、目黒本町五丁目方向へ直進するのであった。片側一車線対面通行の都道である。

 日の角度の上昇に合わせるように、速度も乗って来た。額の汗の乾きも知った。坂の多い目黒では、やはり電動アシスト自転車が大活躍する。道の先に、朝日影に映えかしぐ、月光原げっこうばらの緩やかな上り坂が見えている。しかしその手前の、区立目黒本町図書館を、右手に制するように、歩道橋をくぐった直後、左斜めに入る小径へ折れた。

 一転して、民家の軒先が迫る、細い道が出現したのだが、こことていつも来る道、ルートである。忽ち突き当たってしまうのは、何も視線だけにあらず、されどそんな窮屈な道も、慣れっこの省子はゆく。引き留められそうで引き留めてはいない、それぞれの朝を守る静かな住宅街を、流れ過ぎる。

 この辺りは、もう品川区ではあるまいか? 区境に至っていた。やや幅員も拡がり、左手に、《林試の森公園》 の、グリーンベルトの展開が始まる。車の往来も疎らなこの区間は、路程のほぼ中間点、束の間の息抜きを容易にする。葉陰に憩うが如く、弾むまでもない呼吸のまま、滑り巡る。

 しこうして、品川区立小山台こやまだい小学校前交差点に達した。左折し、かむろ坂通りへ進入する。再び、二十六号通りの如き、片側一車線対面通行の、広い道路へ出た。ここまでは至って順調、いつも通りである。省子は、気持ちを引き締め直した。

 前方を見る視界の焦点が、おもむろに収斂しゅうれんされ、一点に集中するその対象物の、燃え上がる深緑のアーチが、省子を優しく浸潤するべく掛かって来た。品川区小山台一丁目の信号、ここから先、山手通りに突き当たるまでの区間が、《かむろ坂》 である。直進し、およそ五百メートルのダウンヒル、下降遊覧走行の始まりである。

 折しも赤信号で小休止する、省子の眼前には、まるで緑炎の城門が、むしろ手招きをして超然と座していた。良く知る道とはいえ、ここへ来ればいつも、こころがくような、踊るような、名状し難さを抑える。青の点灯を待った。少し息が弾んでいる。昨夜と同じ、待ち遠しさが蘇る。数を数えた。

 そして青を告げた。省子は、満を辞して走り出す……

 およそ百三十本が坂の両脇二列を成す、桜並木が奏でる、叙情的なトンネルをくぐり抜けて、ゆく。花開く芳春なれば、目に映るもの全てが、一面の桜色の装いで、溜め息をく程に美しい、情緒豊溢たる世界を堪能出来るのだが、盛夏の今の時季は、真緑に幾許いくばく厚く折り重なる枝振りが、夏の興趣に富む空間世界を創造する。

 いささか、傾斜角度が増して、惰性もそれに準じよう、最早、ペダル操作は必要ない。俄かに、薫る風を感じていた。耳元で何かを言い聞かせて、想いのこして、忽ち後方へ流れていった。

 ……限りなく、目には見えない風圧の壁に挑み続ける、省子のその疾走する生身の肉体の後方には、省子の素顔の、ありのままの、等身大の姿に型抜かれた、透明のフォルムが、幻の如く、ひらめく奇跡を延々とのこしていた。その瞬間、その瞬間にひとつ、またひとつ壁を突き破り、そして型抜かれ、過去の自身を脱ぎ棄てるように、放置したまま、透き通った色のない実体の連続写真が、際限なく繋がってゆく……たてがみを振り乱すようになびく髪も、目元や口元も、その先、その端から悉く、強さと、優しさと、更には深い愛が溢出し、今尚惜しみなく流れていた。さても婉美えんびな段幕が、十重二十重とえはたえに棚引いてき過ぎる、一巻の歌絵は、省子なる生きた化身が、体一杯の舞踊を披露しながら、駆け降りて見せている……

 桐ヶ谷通りとの小さな交差点の、幸運な青信号を、適宜ブレーキを使いながら、減速して通り越す。ここは、右折すれば斎場、左折なら、目黒不動瀧泉寺りゅうせんじに通じる四つ角であり、やや交通量が増える為、注意を要する。そして、回廊が一時途切れ、明順応に一際まばゆい白日が、一瞬、現実を喚び戻す。

 再び、蒼天を覆い尽くす、万緑の回廊に突っ込んだ。天井からは、緑色に煌めく粒子が、その間隙からは、光色に輝く粒子が、共に強かな雨脚で省子の全身を濡らし、体に当たるや否や、艶やかな飛沫しぶきを上げて砕け散った。加えて、路面に跳ね返って飛散する、影の破片をも、併せ纏った省子は、色彩の擾乱たる衣を翻しながら、ただ揺曳するだけである。されば路肩には、路面から流れ着いて行き場を求めた、群緑ぐんろく鏡葉かがみばわだかまっている。省子は、今や迷いなど、微塵みじんも、ない。

 右手に、区立第四日野小学校の、茶色い校舎が見えている。省子は、緩やかな左カーブが描く、小さな遠心力に働く、認められそうもない、反作用の力を利するかのように、歩道寄りを走った。すると、どうであろう、今度は、センターラインに蹌踉よろめいた。だが、またしても、内側に近付く……後続車両はなく、気持ちが膨らんだ所為せいかして、蛇行走行して戯れた。そして、正に遊覧気分を満喫する省子に、木洩れ日が……不条理とも言うべき、乱れ過ぎるまだらな影を投げ掛け、おぼめきが止まない。それぞれの樹の枝が、無条件に伸びるも幸い、期せずして風任せの接近、相渉あいわたり、葉身が擦れ合いさやぐ、その音、その匂い、そのさまは、さながら自然の揺籃ようらんを呈し、日中であるにもかかわらず、薄暗がりを成す程に充実した、この並木道の造形に、生きとし生けるもの全てに宿る、普遍的な性質、そしてその素晴らしさを、何のてらいもなく受容し、また、分かち合う事、すべからく、伝えられる事……一個の人間としての、基本に立ち帰ったような想念が、省子を満足させるのである。この、かむろ坂には、旺盛な自由の気が横たわっている。いつまでも、どこまでも、果てしなく永遠に、想いは尽きる事なく……。


 私は

 今を生きている

 ありのままの

 自然な姿形で生きている

 素顔のままで

 充分に通用する能力を持っている

 だからこそ

 虚勢など必要ない

 ありのままの

 素直なこころさえあれば

 それでいい

 きっと

 大切な事に気付く

 排他的な 盲目的なプライドなど

 全く役に立たない

 根拠がない

 プライドは

 諸刃の剣

 ひとつ

 その扱い方を誤れば

 中途半端な結果に終わる

 それを

 自惚れという

 間違いに気付かせてくれるのは

 他者である


 省子は、かつて自らが書きしるした詩を想い出していた。つい最近まで、自身の将来像の輪郭さえはっきりせず、真剣に想い悩んでいたのだ。時に、涙も流した。しかし、時間の経過が、存外に沈んだこころを洗って、復活が兆した矢先の、慎一との出逢いであった。運が運を喚び込んだのかも知れない。なぜかしら、予感があった。今までとは違う、新しい何かが、確かに、自身の内部で脈拍みゃくうっている。ゆっくり熟成された人格が、愛に触れ、夢見てばかりではいられない、苛立いらだちを知り、その先を望んだのだ。そしてそこに、本物の自身の存在を、信じた。


〈……夢のままに、したくない……〉


 かむろ坂下、山手通りまで、一気に下って来た。今朝も、あっという間の走破であった。一変して、夏の盛りの日射しの掃射に、目に触れるもの全て、くらみそうである。そして、この環状六号を横断すれば、池田山まではすぐである。振り向けば、坂下の翠緑のアーチの城門が、大いなるリフレクションをふるっている。清々すがすがしさに、期待が寄り添う省子であった。長い信号待ちの間に、喉を鳴らして水を飲んだ。

 青信号を受け、やおら走行を再開した。かむろ坂に別れを告げ、ここの突き当たりの交番の警察官にも、黙礼を供して、もうひとつの楽しみ、目黒川方向へ急ぐ。《市場橋》を渡って、池田山に至るのが常であり、今朝も同所を目指す。昨日の中目黒の出逢いからは、更に下流域の、川幅も拡がり、高層ビル群に見下ろされる、河口部の港湾的な佇まいが、中目黒のそれとは異を唱えていた。

 そして、五反田の川面の、同じ目黒川の水先にも、さればこそ、慎一の面影を映すだろう。正に、慎一の胸に飛び込まんばかりに、かむろ坂の、愛と自由への助走を引き連れ、馳せ参じたのだ。水先案内人を探して……そのこころを、待っていたかのように、復活の手掛かりを、かむろ坂は語った。




 周藤家でも、夫婦それぞれが、出勤の時間を迎えていた。慎一は、全ての仕度を終え、自室を出ると、由美子が、トーストとサラダの朝食を摂っていた。まだパジャマ姿のままの妻の様子に、引っ掛かっている慎一の面相から、取った由美子は、力なく、

「具合いが悪いから、今日は、会社休む……」

 微温ぬるめのホットミルクを飲みながら、呟いた。

「ゆっくり、休んでて……」

 夏バテ気味なのは、慎一とて同じである。四十代に入り、体力には自信がある慎一にしても、やはり、年齢なりの衰えは否めなかった。夫婦共々、悲しいかな、年齢を実感していた。

 かくの如く、由美子の月に一回程度の、体調不良による欠勤を、別段いたわるでもない慎一は、ほとんど料理をしない妻の、無言の見送りを背中でかわしながら、玄関へ出ようとした。が、想い出したように、

「あの話、どうする?」

 と、由美子に問い掛けた。

「うん……」

 答えを出せずにいるのは、わかってはいたが、結論を先回りして慎一は、

「上手く、断わって置くよ……」

 この件の落着を宣した。由美子は、黙って俯いた。

 低いボリュームのテレビの天気予報が、夕方の通り雨を知らせていた。窓と一緒に締め切られた、レースのカーテンが、虚ろに揺れていた。慎一は自宅を出た。

 学大駅まで歩く道すがら、ひとりの男は、胸に去来するものの性質上、拡大を許してしまった、ある〝問題〟 の解答を思案した。


 ……最早ベテランの域に達し、会社でも責任のあるポジションに就く、その男は、一目置かれる存在であった。幼少時より野球を愛し、地元のリトルからシニアリーグに所属して、スポーツ名門校である高等学校の野球部で、心身共に鍛え上げられた。卒業後は、大学へは行かず、家業である小さな印刷会社を、家族で営んでいたが、折からの不景気の煽りを受け、累積赤字の膨張を見越した、代表取締役社長の父、吾郎ごろうの英断によって、その機を捉えて廃業した。慎一、二十代前半の転換期であった。その後、父と長兄は、大手の印刷会社に再就職し、母は専業主婦となり、自身は警備会社に転じた。慎一は、異業種にて、こころ新たに自慢の体力と、スポーツや営業で学んだ、丁寧な接遇態度、加えて、親しみ易い人となりが人望を集めて、サラリーマンとして信頼を築くに至っていた。

 そして、警備員の仕事にも慣れた、二十代半ば、派遣されていた都心のオフィスビルに、店子たなことして入居していた、小さな企業に勤めるOLと結婚した。それが由美子であった。ひとつ歳上の、物静かで真面目な、やや硬い印象の女性であったが、実際に話してみると、なかなかはっきりした物言いの、気の強い一面の隣りに、上手に甘えられない、羞じらいを守るような、でも触れて欲しい、融けそうな気位きぐらいが寄り添っていた。余計な事は口にしない、普段の由美子の姿勢からは、実に意外であった故に、そこに魅力を感じた。互いに、仕事の骨折りやらをこぼしている内に、いつしか恋愛感情が芽生え、慎一のプロポーズも、涙で受け容れてくれて、入籍したのであった。あれから十六年……慎一は、あの時の由美子の涙が、今でも、瞼の裏に鮮明に焼き付いて、離れなかった……。


 ……しかして、デリケートな問題提起である。

 いうまでもなく……省子には、既婚者である事は告げてはいない。数年前から、結婚指環も嵌めていない。言い出せなかった……カフェのひと時が愉しくて、幸せで、温かいこの流れに、由美子の存在が引っ掛かりもせず、流れも淀みさえ成さずに、一途に走ってしまったのだ。女性の感性、そして勘は先鋭である。たとえば、「わからないけど、そうじゃない……」 というような。その固定概念に、畏怖の念が微妙に絡まり、杞憂に終わる事、つまり、自らに都合良く、我田引水的な思考に偏りそうになる。身も蓋もない状況だけは、招いてはいけない。

 朝一番から、様々な想念が慎一の中を駆け巡っていた。昨晩、なかなか寝付けずに、何度も寝返りを打って考えあぐね、


〈……やはり、社会的な体裁を損なわず、維持しつつ、要するに、夫としての義務と責任を履行する一方で、水面下にて……〉


 という暫定案が堂々巡りするばかりで、その先に進めない事は、最初からわかっているだけに、良い歳をして、大の男が切なさをを知ったのである。

 なぜなら、慎一は、この成立への前提条件を、十二分に充たしている意識に目覚めていた。「省子が好き」 と、判然たる自覚を持ったのだ。今朝、目覚めた時、既に泰然とこの想いに支配されている自身がいた。しかしそれは、核に据える事で、同時に表出した暫定案の実行なる、言わば自家撞着を抱える事を意味する。社会人として、夫として、瑣砕細膩ささいさいじを務めねばならない。充分、困難が予想されよう。省子が好きであるが故に、自身のこころの深奥に、一片の痞えが生まれた。

 釈然たる想いが、今はまだ痞えの形をして、慎一に多様な何ものかを投げ掛けているのである。ただ切なく、弱気の虫がうごめきもしよう。


〈……由美子に対する、背信のやましさ、揃って同じ地域住民であるだけに、その露見の恐怖……そして、三つの家族、六人の親達への謝意……〉


 そこまで考えざるを得なかった。何からクリアすべきであろうか?……


〈そして……省子に対しても、既婚者という、裏切り……それを如何にして、嘘から出たまことの如く、説明すべきだろうか?……許して欲しい……〉


 ……全てを失う、タイトロープの危険が、その男をえぐる……


 学大駅に着き、自動改札をタッチして通り抜け、エスカレーターでホームへ昇る。朝の雑踏に埋め尽くされていた。今朝は、何とも時間が長く感じる。そう言えば、昨日、ここで……


〈省子を初めて見たのだ……もう、かれこれ十年、この学大に住んでいるのに、こんなに大勢の人達が、駅を利用しているのに、なぜ今まで出逢わなかったのだろう?……〉


 感慨が湧く。生涯忘れまじとして、急いで懐中にしまった。妻も持ち家もある、ひとりの中年男の腐心の旅が、壮途に就く。

「渋谷方面行き各駅停車、間もなく到着……」 の構内アナウンスに、警備員、周藤慎一の顔が出来上がった。派遣現場である、都心の某一流企業の本社ビルに向かう。一号施設警備員として、同ビル内の防災センターに勤務して四年、そろそろ副隊長昇格の噂も、仄かに慎一の耳にも届いていた。中堅どころのリーダー格として、評判の良い警備員であった。

 定刻より五分遅れて、電車が入って来た。降車の人は極めて少なく、押し込まれるように乗車する。冷房が効いた車内は、満員電車に我慢を強いられる都会人の、モラリズムに満ちた顔がひしめいている。すぐさま発車し、人間の肉感が創り出す熱気が、飽和状態のまま、揺られるばかりである。モーター音が唸りを上げて、専ら加速する。人の壁を車体が跳ね返し、前後左右に圧迫する。足蹠そくしょに生えた根が、筋張る。

 祐天寺ゆうてんじ、中目黒と停車し、ますます以てすし詰め状態がきつくなった。そして車両の中程、両側のドアからは中間の位置で踏ん張り続ける慎一の目が……乗客の群れ越しに……一瞬昨日の……日の出橋辺りの深碧しんぺきの燃焼を捉えた。

 ……省子とて、今頃、この緑燃える河畔の辿る筋道の先、五反田にて、等しく呼吸し、目を輝かせ、この緑のように、盛んにほとばしっているに違いない。ただ、すこぶる遥かな絆を教えるような、夢を観ているのだろうか? まだ生まれたての絆ではあっても、この、目黒川というひとつの動線が、省子なる一点と、慎一なる一点を結んでいるのだ。相渉る想いの象徴が、真にこの川にこそある。意識の源流として、決して忘れてはならない。大切なものとして、覚えて置く事……想い出す事……つまり、過去を熟成するという事を……。


〈……今を生きている人は、みな両親の愛を受け継いでいる。過去そのものを、歴史を引き継いでいる。愛され、大切にされた、楽しい、美しい記憶がある。子供ごころに、この幸せがいつまでも続いて欲しいと、願った経験がある。今は、忘れてしまっているかも知れない。でも、想い出して、忘れずに覚えて置く事。たとえ同じ事でも、いつでも、何度でも想い出せば、それは新しい記憶のように、生まれ変わる。人はみな、愛の遺伝子を持っているのだから。ここからスタートして来たのだから。きっと、何かに気付く。道端のそこかしこに、幾らでも落ちている、幸せの芽に気付く。幸せとは……冬の日溜まり。仄かに灯る、暖かい希望の光……その小さな光、ひとつさえあれば、人は生きられる。幸せを感じられる。幸せの芽を拾って育む事。それが愛……愛とは、過去の熟成、そして、最大の自由である。それを実現する為に、手の届く、身近な、小さな自由を辛抱し、時に諦める事も必要である。大きな自由の為に、小さな自由を犠牲に供する事。それが自由である。大きな自由、つまり目標、あるいは理想。幸せになるという目的意識を設定する事……それ以外に、何もない。人生は、複数回ある訳ではない。人生は、一度切りである〉


 慎一は、むちの如くしなひた走る、電車の振動に任せて、ふと、こんな想いにふけていた。理想であった。実は、まだ続きがあるのだが、今朝の所は句点を打った。

 代官山を経て、もうじき渋谷である。地下鉄半蔵門線に乗り換え、更に都心を目指す。浅草鳥越とりごえの実家の両親へ、何時頃に直電ちょくでん(直接電話する事、略称) を入れようかと考え出すも、渋谷駅の混雑振りが、先ずそれを遮るだろう事もまた、東京らしい、いつもながらの朝である。

 まだ、朝食を受け容れていない胃袋が、かすかな声で鳴いていた。



 慎一は、午前の勤務を終え、休憩室に入った。今日は日勤のシフト、夕方までの勤務である。

 日勤者は一日二名。警備業界では、時間表示の慣習が二十四時制であり、十三時から十四時の一時間が、日勤者の昼休憩として当てられていた。警備員総勢男性ばかり十八名で、シフトを回すこの現場は、中規模であると言え、日勤者を除く五名全員が、二十四時間、当日の朝から翌日の朝までの、泊まりの勤務である。

 業務内容は、この本社ビル内と、その辺縁部の、速やかな安全確保の為の、管理体制の維持である。主に、消防、防災用設備に係る、監視、操作を、防災センター内に設置されている、総合制御盤を睨みながら、集中的に行うもので、非常用エレベーターや、排煙、空調、照明設備等の遠隔操作を担っていた。監視というからには、カメラが送信する画像を受信する、モニター画面を目視する業務。《立哨りっしょう》といって、実際に警備員自身が、正面出入口横に直立して見張る業務。そして、全館を徒歩にて目視確認する、巡回業務があった。更に、平日の日中は、受付に常駐している、総務部の女性社員の、業務の円滑化を補助するべく、その出社前と退社後、及び休祝祭日の受付業務も兼ねており、入退館者チェックの重要な任務を、受付に座りながら行う、《座哨ざしょう》という形で執っていた。頭よりも気を遣う、体もそこそこ動かす、〝記録〟 の仕事である。

 慎一は、冷蔵庫に保管して置いた、朝、出勤ついでに買った、コンビニの弁当を開けて食べた。もうひとりの日勤者、蒔田まきたという後輩とふたり、罪のない四方山話よもやまばなしをしながら、体を休めていた。スマホを取り出そうと、バッグの中を探ると、朝、制服に着替える時に急いで食べた、朝食のパン類の空袋やらが、棄てずにレジ袋ごと、入れっ放しのままであった。ゴミ箱に入れてから、スマホを手にし、

「ねえ蒔田君、ちょっと電話して良いかな?」

 と、まだ食事中の同僚に求めた。

「あ、どうぞ」

 快い返事を受け、早速、実家の固定電話に直電を入れた。数回の呼び出し音の後……

「はい、周藤でございます」

 十日振りの、いつもの電話越しの、母、幸子さちこの声であった。

「あ、俺……」

 慎一は、何となく気羞ずかしい。

「あら、こんにちは、現場?」

「うん」

「それはどうもお疲れ様」

 悪戯いたずらっぽい、お決まりの社交辞令である。

「この間は、心配掛けちゃって、ごめんね、お母さん」

「いえいえ。で、由美子さん、何だって?……」

「うん。あのね……時間の都合が付かないから……遠慮したいって……」

「あ、そう……」

 母の残念そうな顔が、慎一の目に浮かんだ。ただ、申し訳ない気持ちで一杯であった。そばに、父、吾郎がいるのであろう、受話器の向こうの空気が伝わって来た。

「ただね、由美子さんの笑顔が見たいだけなの、それだけ……」

 親子で、もう続く言葉が見付からなかった。


 ……来年揃って喜寿を迎える、年金暮らしの両親とて、次男夫婦の潤いのない関係が、最大懸案事項であった。義理人情に厚い、浅草ッ子のふたりにしてみれば、息子である慎一は勿論だが、由美子が不憫でならなかった。子宝に恵まれず、慎一は、むしろ母親にしてあげられない自身を責めた。夫婦の絆をより深めたいと、由美子の実家、横浜へ同じ東横線で一本の、学大にマンションも買った。しかし、三十五歳を過ぎ、そろそろ四十の坂が見えて来た。三十七歳辺りから、ほとんど会話も消え、元々料理は得意ではなかったが、先ず、慎一の分は作らなくなってしまった。泊まりの多い慎一の勤務形態が、そうさせたのかも知れなかったが、拘束時間が二十四時間と、極めて長いだけに、女房の温かい手料理程、癒されるものはない訳で、こころの御馳走を頂けないのには、正直、相当応えていた。もう、お互い、完全にこころの扉を締め切って、必要な事以外は話さず、故にセックスレスであった。

 双方の両親は、お陰様で健在であり、関係修復の手立てを、陰に陽に示してくれるのだが、如何とも埋められない。今回の鳥越の提案は、慎一のこころの故郷、隅田川の水上バスデートであった。下町の人間にとり、正しく、〝母なる川〟 としての、その存在の大きさは計り知れない。慎一が子供の頃は、水質汚染がひどく、橋を渡る事さえ、勇気が要る時もあった事を覚えている。であるが、この三十年は、もうすっかり地元民の憩いの水辺として、見事に復活を遂げた事は、周知の所である。直近では、墨田区押上おしあげに、《東京スカイツリー》 も登場して、すぐ隣りの浅草界隈を従えるように、威容を誇り、隅田川沿岸地域は、ますます人出が増加していた。

 ふたり切りの水上デートの後、鳥越の家でみんなと一緒に食事を、との誘いであった。慎一個人的には、別段、拒否の理由などない。が、実家の二世帯住宅に同居している、長兄、正志まさし夫婦の子供達への対応に、とみに近頃、由美子は強い難色を示していた。子供が苦手なのだ。為に、自然と兄達とも疎遠になってしまっていた。


〈……あんなにも仲が良かったのに……親は、いつまでもいる訳ではない。それを考えると、鳥越の一家や親戚達にも申し訳なく、ただ、ふた親の心中如何ばかりかと……〉


 胸を痛める慎一であった。


〈……ごめんね、そして、ありがとう……〉


 もう幾度、こころで詫びた事だろう……


 父の口癖である、「辛くても笑ってろ、自分が悪くなくても、頭を下げろ」 の言葉が、この年齢になった慎一の胸に、深く沁み込んでいた。


 ……虚しく、電話を切った。朝の青雲の志は、どこへ行ってしまったのだろうか?……


 沈んだまま、無為に時を補って、今日の勤務を終えた。休憩室で蒔田と着替えながら、由美子の反応を想像もしたが、例によって、無言で俯くだけであろうと断じた。自宅の空間識を、止まったまま切り離されたように感じていた。慎一と由美子にしか、見えない空間の。

 帰途に就き、電車を乗り継ぎ、学大駅に降り立つ慎一であった。

〝みはる〟で夕食を摂り、自宅に戻ったのが午後八時であった。由美子は自室にいるらしかった。ゆっくり浴槽に浸かって、思索にふけた。風呂から上がると、ソファーで洗濯機の運転終了のブザーを待った。鳥越に断わった旨のメモを、ダイニングテーブルに遺し、洗いたての洗濯物を持って自室に入った。午後九時半であった。

 今夜の目黒は、予報通り驟雨しゅううである。

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