epilogue:手紙に込められた未来へ

桜雛八幡宮の三人官女

*1*



 ――後日談。




「長柄、蔵に変な太刀置いてあるんだけど。あれ、何?」


 いつも通りの朝の掃除。父は「犬の不浄なるもの」を抓み、姉と長柄は正門から、神殿までを丁寧に掃き清める。


「捨てちゃだめだよ、お姉ちゃん」


「あんたは、何もお姉ちゃんに説明しないよね。――いいんだけど。あんな置き方じゃ、痛むんじゃない? 人形に抱かせて、何なのよ。あの人形も、うちに奉納するって、京都のお寺さんからお手紙来て、驚いたよ」


 姉は(秘密事、しちゃだめよ)とばかりに、じとっと長柄を睨んで、さかさか、掃き掃除を進めていく。



 ――京都から戻って、二週間。



 あまりにも、高校生には濃すぎた出来事で、今だに夢に見る。夢では、三条大橋で、大抵王領寺が殺されてしまうんだ。


 それほど、あの瞬間、太刀が振り下ろされた瞬間が怖かったのかも知れない。



 ――京都のお寺さんから、お手紙?!


「お姉ちゃん! その、手紙、どこやったの?」


 嶋香は思い出して、にこっと告げた。


「読んでいた時に、天領先輩がいたのよ。で、「凄い高級和紙! お父さん、調べてみたいんですが」と父に断ってささっと借りてった。手紙だったし、父が許可したから」


(……あのさあ!)いやいや、怒るまい。あたし宛なはずがないんだから。


 穗積さんは、きっと元気だ。蜜柑のおばあちゃんと、あの怨霊だらけの寺を走り回っているに違いない。


 それに、天領さんから、王領寺に渡ってくれることを祈ろう。


「なに、あの手紙必要だった? 大丈夫よ。端っこないかもだけど。……ソロソロ御神酒、足りなくなるかも知れないね」


 いえ、樽いっぱいあります。


「お姉ちゃんが「御神酒足りなくなる」って言うから、酒樽が増えちゃうんだよ。素直に呼べばいいじゃん! あ、聞きたいことあったんだ! お姉ちゃん、そもそも天領先輩……」


「さーって。お掃除しないと、太鼓が鳴るぞぉ~」


「お姉ちゃん!」


 姉を追いかけて行くと、姉は竹箒を抱え、新しくなった蔵の前に立っていた。


「長柄、あたしも、内緒事してるの。――あんたが捨てろ捨てろうるさい黄色いさるぼぼちゃん。うちの新入り守り神。御輿がいつか、開けられる日が来たら――」



 そういえば、御輿の前にボロさるぼぼが置いてある。捨てようとして、姉と喧嘩になった。


「竜巻から、半年だね。季節も変わるわよね。暑いったら。換気しとこう」



 姉が蔵を開けた。

 真新しいモルタルの匂いが広がる。宝物たちの新しい家だ。


「便利よね。換気扇までついてるの。白ノ城さんってどういう人なんだろうね」

「お姉ちゃん、人形と太刀、移動してもいい?」


 和宮の人形と太刀を持ち上げた。


 ――もう、ここから離れることはない。二人がどんな会話をするか分からないけど。


「お姉ちゃん、この太刀ってね」

「天領先輩が騒いでたヤツでしょ? へ~立派ね。なんでこれがウチに?」


 ――こんなもんか。


 長柄はふっと笑みを浮かべた。知らなければ、重みも、苦しみも伝わらないから。


 だから、王領寺や天領が必要なんだ。


「天領先輩が頭抱えてたな~。結婚式出来ないって言ってたけど、恥ずかしいからしたくないって言ったら、むっつりよ。――婚約届、どうしようかな」


 まだ持ってたのか。

 姉のマイペースさと、王領寺のマイペースさは良い勝負だ。


「やっぱり、御神酒、足りないな! うん! 夏には皆さんに振る舞うんだし! エイ★」


 スマホ使うにも、いちいち理由が必要な恋人同士も珍しい。



(王領寺も、今頃たまった仕事で悲鳴あげてるころかな……逢いたいな)


 長柄はぼっと頬を熱くして、パァンと叩く。

 ごんごんごん。と柱に頭を打ちつけていると、姉がにんまりした。


「先輩? 御神酒と、教授、お願いしま~~~~す!」



(ちょ)


「……は~い。え? 蔵? ……いいけど、御神輿壊さないでね。巻物持ってかないで。え? 婚姻届? 今夜出しに行こう? 無理――っ!」


 額を真っ赤にして、振り返ると、姉がまたぷりぷりしてスマホを投げたところだった。



「お昼に来るわよ。御神酒と教授」

 どや顔で「お姉ちゃんにお礼は?」とふんぞり返られて、背中を向けた。


「王領寺さん、いいと思うよ? ――天領先輩ったら! あたし、朝の挨拶終えたら、ちょっとだけ家に戻る。婚姻届書こうって! もう、勝手なんだから。あの時も、ぶつぶつ」


 浮き足だった姉に、聞いて見た。


「あの時って何?」


 嶋香はしまった! というように唇を噛み、「いいわ。姉のお話してあげる」とばかりに顔を火照らせた。


「富山でね、夜、あたしその……一緒に寝たの」

「お姉ちゃん、あたし高校生なんですけど」


「そうじゃない。こう、ぎゅっとされてね。あれ、幽霊が怖かったからだろって! そんなはずないでしょ! あたしだって人並みに、ぬくもり欲しかったりするの! そもそも先輩が! 畳引っ掻いて驚かせて「捕まえた」なんて古風なコトするから! って言い返したら」


 嶋香はぎゅっと箒を握りしめた。


「――俺、密室でいちゃつくの好きって! ここは御神輿があるの! 嬉しいけど、そういう見境がね!」



 ――王領寺、大当たりである。



「それで、なんで……」げっそり疲れたところに、嶋香は留めを指してきた。


「人形さんが「寂しい」って聞いてきたから、「そうですね! 好きな人が悪さしてくるし、甘えれば甘えるで、天の邪鬼。やってられません!」って。


 ――お借りします。はいどうぞ……って感じで。あたし、めっちゃ怒ってるの! ほら! 太鼓鳴った! 長柄、走って!」



「お姉ちゃん、鍵、鍵!」



 ――九時、桜雛八幡宮開門である。




***




 その日、あたしは王領寺から、京都のお寺のお手紙を受け取った。


「おまえ宛が入ってた。准教授には後で、罰ゲームさせる。――読め」

「一緒にいてよ。あ、お姉ちゃんの話、やっぱり当たってた」


 王領寺は微妙な顔をした。


「今、論文まとめてて、俺、汚れてるけど」

「かまわないよ。――読むね」


 京都の高級そうな和紙に、京の匂いがする。金粉撒き散らした、和紙だ。二枚重ねで、包み折り。丁寧な小筆に墨で、便せんは二枚だけ。




『長柄はん、元気か?

 その節は世話になりました。――坊さんが情けない。しかし、ぐっすり眠れるようになって、不思議な夢を見たんや。

 三条大橋でな、二人がちゃんと出逢う夢や。和宮さんと、有栖川宮さん、幸せそうやった。夢は、次元を渡る。夢渡りっちゅーもんがあってな。うち、そんな能力に目覚めたっぽいんやで。

 それとな、朗報。

 蜜柑ばあばが、元気になりよった。――怨み辛みで生きて来た。我らに光が与えられること。和宮の手が求め続けたもんは、愛やない。

 ――救いや。

 誰かに、手を掴んで欲しいんやないな。我らに手を差し伸べておったんよ。あんたらが来て、ちゃんと、見た。

 ――存在は、見てやってこそや。どんなん酷い歴史でも、事実でも……。

 うちな、ぞっとすんで。王領寺はんを殺していたら……一生が闇の中やったと。ほんに、親父の血が錆び付いたせいや。日本刀の血はすぐに錆びさせる。王領寺はんは、全部見抜いてたんやなあ。

 うちを許すと、太刀を、打ちつけて二度と抜けなくしよったわ。

 ――うちな、やっぱり、親父を殺したんやで。自殺だと断定させたんは、ばあばや。落ち着いたら、太刀を売り払って、全部明るみにすると同時に、命落つつもりやったけど――生きて行きたくなったわ。

 夢の中で、和宮たちが言い寄るんですわ。

 ――わたしたちを護ってと。歴史はそういうもんなんかも知れませんどすなあ。

 みょーとな鯉、目指し。――京都から、あんさんらの幸せを願い、祈祷しとくわ。



 みなが、同じ幸せは手に入りまへんさかい。



 自分なりの言葉で。

 自分なりの、幸せ、見つけてや――。


 蜜柑ばあばが元気で、敵わんわ。飛騨高山まで、祈祷届くさかいな?

                          有栖川宮 穗積――』



 今日もいい天気になりそうだ。ちょっと、歪んで落ちそうだけど。



【了】

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いちゃジレほのラブー桜雛八幡宮物語🌸弐 末っ子巫女と教授も歴史と恋に突っ込みますが! 結愛みりか@新連載夏頃準備中 @Drimica

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