謎を仕立てる和宮の末裔、穂積の悲しみ

***


 しっかりと味の染みこんだ鯛のむき身を上手に解して、九条ネギ。時雨飯と言って、とろろ状の山芋と和えて食べる。かっ込んだ時より、山芋のコクが足されて、美味しい。


 鰻の小さな白焼きも、葉わさびを載せて、ほんのちょっとの醤油で。煮こごりにもちゃんと九条ネギと百合根を載せて。お椀に至っては甘鯛(ぐじ)の骨を溶かした出汁に、車麩。細切りのネギ。


 食べ方、って大切なんだろうな……美味しいご飯に頭を下げた。ちゃんと考えられている作法や、食べ方。きちんと護って、美味しい思いができる。


 お詫びがてらの給仕をこなして、お椀を差し出す。指先が触れる瞬間が嬉しい。


「ごめん。取り乱して……驚いたよ。あたし、取り乱すなんてないのに。上の姉二人がバタバタするから、じっと一人で物事考えなきゃで、甘えたこともなくて。迷惑かけてごめん。甘えるのがヘタで、迷惑かけてる」


 王領寺は笑った様子だ。


 ――良かった。ぎすぎす、無くなった。


(あたしは、こいつのそばでなら、素直でいられる)


「食べたらお願いがあるんだ、王領寺」



 ――膝に乗ってもいい? だっこして欲しいな――……



 また脳裏のスウィート長柄を箒でたたき出して、箸を手にした。


「そ、それより! 事情、聞きたいし、あたしもあんたに合わせて、見つけたもん言うから」


「穗積の性格を考えてみたんだが。……長柄、その皿、重ねてOK? 机を広くしてくれ」


「OK。あ、パソコン置くの? ちょっとまって」


 てきぱきと机を開けると、王領寺はどん、とノートパソコンを置いた。


「さっき買ってきた。――で、ネットを繋げるのに時間かかったのと、京都の図書館を走り回って、新聞と、――穗積の親父さんに死亡確定だした医者と病院を突き詰めた。研究に必要と銘打って、メールで死亡診断書について聞いたが、答は得られなかった」


「――穗積さんのためだね? 親父さんの真相」


「俺の大切な和宮を愛した男の末裔だからね。ま、助ける義理はあるだろーな」


 ――また強がって。


(いいよ、あたしは突っ込まないし、否定もしない。何だかんだ言い訳、難癖つけて優しく考えるとこ、すっごーく〝らしい〟から)


「地元の新聞には、出ていた。――自殺。寺だから、一般とは違う扱いになる。だが、俺はここで違和感を感じた。何故、穗積は「自殺である」ことを否定させるんだ。普通は逆だろ。それに、坊さんが憑依して自殺のほうが、分かりやすい」


「人形を奪った奴らへの復讐したくて、犯人を作りたいとか?」

「それなんだよ。長柄」


 ――わからん。


 王領寺は鱧の煮こごりを一口で片付けると、口元を親指で押さえた。


「穗積は「犯人がいないと困る」から、親父の死を掘り返させているんだ。俺は最初、穗積に有栖川宮の霊がついていると思った。――次に考えたのが、穗積自身が殺人を犯した可能性だ。親父を殺したのは、穗積。だが、ここで疑問が出て来る。俺への挑戦の内容が「俺が犯人だ、見つけてみろ」では、あまりにも、穗積らしくねぇんだよ」


 王領寺は長柄がよそったご飯を手に、目を澄ませた。


「さすが坊さんだよな。目を見てると、数多の感情が素通りするんだ。多分、感情を封じ込める術を持ってるに違いない。まず、整理する」



1、 和宮の人形を流したのは、穗積ではない。これは恐らく、父親のほうだ。

2、 穗積が俺に「父の死は自殺じゃない」と言い切ったのは正しい。

3、 有栖川宮の太刀を保持しているのは、穗積


「ここまでが確定で、以下は不安要素だ」


4、 父の死は自殺と断定しているのに、どうしてほじくり返すのか。

5、 人形を奪った連中が死したのは、和宮の呪いか

6、 どうして、八幡宮に人形が置かれ、あまりにもタイミングが良く、太刀をオークションに掛けたのか



「謎だらけじゃん!」

「な、面倒くさいだろ? だから、謎解きは嫌なんだ。だから、直接聞いたほうが早いと思って。金が目的なら、目的は達成された。――できれば、俺の老後の金で外国でバカンス、なんてオチはやめてほしいが」


 ちょうどお櫃が空になった頃、デザートが来た。ニッキの載ったミニあんみつと、オリジナルの甘味。柚のシャーベット。


 文句なく、京料理を満喫した。時計は夜七時。ぽう、ぽう、とお店の障子も行燈で明るくなり始める。昔ながらの家屋は提灯に照らされて、夜に浮かび上がった。



「うう、この夜に三条大橋~? 穗積さん、お寺で渡せばいいのに。だいたい、ここまで太刀持って来たら、銃刀法違反――……」



 長柄ははっと口を押さえた。

 何かを忘れている。――なんだっけ。王領寺の言葉がふいに甦る。



「人はね、憎しみ逢うより、護ろうとした殺人のほうを隠すんだよ。――憎しみは抱えていられねえ」



護るために、殺す。

――護りたいから、殺す――……



「あああっ! 胸騒ぎ!」

「なんだよ、急に!」



 ――蜜柑婆だ。あたしに、ご神体を見せたことを、穗積が見抜かないはずがない。ずっとひっかかってたのはこれだ!


〝穗積はよほどあんたたちに信頼を寄せたんやな。……この婆も、最後に孫の――……〟


(あたしは目を瞑っていた。あまりに、和宮さまの……が哀しくて。でも、この時の婆の言葉は聞こえていたはず)



 婆は、何と言った?


 ――孫の手にかかるなら、本望――……



「お、お寺、お寺戻ろ! み、蜜柑おばあちゃん、殺される前に! 穗積さんは、多分秘密を知らせたおばあちゃんを許さない。愛してるものを、手にかける性格なら、尚更。自分で雁字搦めにして、孤独になるように、ああ、もう、上手く言えないけど! か、和宮さまは」


「おまえ、落ち着け。俺を見ろ。落ち着くまで、付き合うから」


 ――うん。



 長柄は、身震いを繰り返して、真剣に見詰める王領寺の目を見続けた。

(和宮さまの手がご神体。知ったら、哀しむかな)とか、(こんな大きい事実、ちっぽけなあたしだけが抱えるのつらい)とか。



「――和宮さまの左手がね……祀ってあるんだ。あの寺。多分、あの手を護るために、ずっと断絶を免れて、引き継がれて来たんだ。――でも、穗積さんは独身だ。血が途絶える。だから、残すは自分の手で終わらせる。――蜜柑のおばあちゃん、全部知ってたよ」


 王領寺は一瞬顔色を変えたが、財布を開けた。


「今は、和宮の手じゃない。――想いは受け止めた。今夜十時に受け取る。――そろそろ三条大橋に戻ろう。穗積は京中から来る。さ~て、お勘定、お勘定……」


「蜜柑おばあちゃんが!」


「俺は俺の考えを信じる! ガキは黙ってろ。俺は、俺の感じたものを信じるんだよ」


「それって……穗積さんを信じてるって……?」


「女性なら理由なく信じるが、男の場合は理由次第。ま、大人はずるがしこいんで」


 王領寺の声が震えていることに気付いた。

 やっぱりな。泣いてるじゃん。



 ――和宮さまのことになると、子供。母親恋しがっているように見えるんだよ。



「大人になっても、恋い焦がれる子供の心持ってンの、素敵だと思うけど」


 ごほっと咳祓い。やったぞ、こいつの図星、当てたよ。


 ――ちょっと溜飲が下りた。これで、騙していたことは許そう。


(優しいあんたの話だ。穗積に信頼を貰って嬉しいと、あたしは言った。そりゃ言えないよね……)


「何の真似だよ。ガキ」


 大きな背中に抱きつくなり、飛んできたいつもの皮肉にほっとした。



 ――いいよ、あんたも、あたしも、らしくいられるなら。


 言えばまた、「ガキが」と言われるから。この言葉が似合うまで、取っておこうと思った。



 ――どうなるんだろう。長柄は王領寺と少し離れて、橋に手を掛けた。

 落ち着くために、今までを想い返す。いま長柄がやれることだった。

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