仏像と穂積の父親

***


 宝積寺。たくさんの武士や、人々が眠る場所――。


 本殿からは大きな螺鈿細工の塔が見える。穗積は粛々と葬式をこなし、蜜柑婆と長柄は、寺の僧に混じって、手伝いをした。

 ――八幡宮とは違う。空気が重い。




「ったく、逃げちゃって! 王領寺! 帰って来たら、とっちめてやるんだから!」

「長柄はん、お茶。広間に四十人分や」


 はいはいはい。急須を片手に、手早くお茶を淹れてゆく。抹茶と違って、簡単だからこそ、味に違いが出やすい。


 京の玄米茶は、独特の香りだ。


「――王領寺はん、姿見ぃひんな。力仕事頼も、思ってたんどすが」


「手伝いたくないんじゃない? どっかで歴史の欠片でも見つけて、しゃがみ込んでるんだよ」


 長柄は数個の湯飲みを揃え、手伝いの環から顔を出した。「目に見えるわ」と穗積はまた、僧衣、いや、法衣を揺らして、本殿へ。かつん、かつん、とやっぱり珠の音がする。


「――よう、頑張りよるねえ」と僧衣の一人が長柄を褒めた。


「巫女なんですけど」


 考えれば、八幡宮の巫女が、お寺のお手伝い……似合わない。


「飛騨高山から、来たんですよ。和宮さまの研究で」

「ほんなら、宝鏡寺でっしゃろな」


 京訛りの女性同士が顔を見合わせ、頷いた。


「――この寺も、宮家所縁やねんけど、幕末で、宮家の色など、塗り潰されてしもうたわ。あの塔も、この寺も、全て宮家のはずが、眠っているは武士や志士ばかり。――宮家の遺品なら、この道を真っ直ぐ。三条に入ったところにある宝鏡寺に行きなんし。宮さまの遺品や孝明さんの愛した人形があるどす」


「この寺は別名大黒天宝寺(だいこくてんぽうじ)言うてな。お金のお寺どす。前住職も、そりゃあ金の亡者でねえ。よく、穗積上人と言い合いしてたわ。折り合いが悪くてなぁ、みな、和宮の祟りではないかと」


 ――和宮の祟り? 折り合いが悪かった?


(めんどくせぇな。いいよ。俺が知りたいのは和宮)と王領寺は言うだろう。しかし、長柄はきゅっと唇を引き締めた。



(あたしは、知りたい。――続いた宮家、絡みまくった殺人事件、その中心にいるであろう、穗積さんの抱える謎、――八幡宮に置かれた人形……)



〝なんでやねん!〟の手つきで、おばさん同士がどつきあった。


「ちょっと、あんた、巫女さんに祟りの言葉はいたたけまへんでしょ!」

「いえ、構わないです。――住職は、自殺ではないんですか」


 女性たちは顔を見合わせ、身震いした。


「看取ったのが、穗積上人だからねぇ。死亡診断書を見れば、はっきりするでっしゃろ。でも、一番早いは、穗積さんに聞いたらどうやねぇ。葬式は出せへんで、密葬になった。地元の新聞に載ったはず……検死も許さず、打ち棄てるように埋葬しよってな」


「そりゃ、寺の住職が自殺やねんて。――奥方も行方知らず。うちなぁ、あの伽藍入りとうないわ。――湯来(ゆき)さんには悪いねんけどなあ」


(あの、仏像……)


 長柄は忍びの気分で、廻りを窺った。穗積はこれから葬式の続きに入り、恐らく「精進落とし」の会食まで、付き合うことになる。



 ――チャンスは今しか、ない!


「ほんに嫌な事件やったねえ」

「このお寺、平安から続いてるから、怨霊もしつこいやろねぇ」


 雑談から抜けだして、早足で廊下を進んだ。


 無人の伽藍は静寂に埋め尽くされている上、電気が控えめにつけられていて、明るいとは言い難い。

 雨が降っているせいだ。

 ちょっと、暗い。


 長柄は爪先を滑らせて、伽藍中央に向かってそっと歩く。


「――これだね」


 仏像は長柄ほどの大きさ。近寄ると、異様な臭いが鼻を掠めた。三体あるうちの、一体の内部から、臭いは漂っている。


 仏像はしっかりと仮止めしてある。台座からは外れない。


 ――やっぱり、埃が溜まっていない。足元と台座の隙間。漆喰が剥がされている。


「やっぱり、最近誰かがこじ開けてる」


 後光を指した仏像は、なんとも言えない顔をしていた。ガコ……押してみると,台座が動いた。やっぱり、誰かがこの仏像を開けている。


 それも、最近。

 ごく。

 唾液が胃に流れ込んだ。長柄は強く目を瞑り、仏像の頭に触れた。


(天照さま! ――真実を知りたいの。……罰当たりなんて言わないでよね)


 ゆっくりと頭を持ち上げようとして、背後に気付く。


 蜜柑婆だった。

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