謎解き嫌いな考古学教授の推理


 京都の宝積寺の時間は静かに流れる。「長柄はん、暇そうどすな」と穗積がキューブパズルを貸してくれたが、どうにも面が揃わない。


 がちゃがちゃやっていたら、王領寺に奪われた。


「――あんたには、謎が分かってるんじゃないの?」


 王領寺は煙草を咥えたまま、サクサクとキューブを回していく。


「だとしたらどうなんだ。長柄。言っただろ。俺は謎解きが嫌いなんだっつーの」


 ウッドパズルの音が響く。


「人が死んでるんだ。あんたが見ぬ振りできると思わないんだよね」


「それは買いかぶりですねぇ」と王領寺はせせら笑った。「ほらよ」と全ての面が揃ったキューブパズルが投げられてきた。


「……和宮の替え玉説と、かぐや姫の替え玉説は似てんだぜ? 教授さまって言ったら、教えてやるが?」

「……教授さま」

「愛情込めて欲しいねえ」


(できるか!)長柄は言い返そうとしたが、ぐっと堪えた。


「……教授、さま?」


「長柄、かぐや姫こと、竹取物語っていつできたか知ってるか? ――答え。不明。作者も不明、時期も不明。文学界では謎とされている文学だ。『写本は室町時代初期の後光厳天皇の筆と伝えられる「竹取物語断簡」が最古』これが一番有力な情報。と、すればだ。明治初期の和宮が、愛読していたとも考えられる」


 ふむふむ。


「俺は仮説を立てて動くタイプだからな。かぐや姫を準えたのは、他でもない和宮。和宮が江戸に嫁入りに来るための。希望書簡。実はかぐや姫の求婚の下りに似ている。しかし、そこで、俺の大嫌いな謎だ。――昨今起きている殺人事件は和宮の亡霊の仕業」


「いや、それは分かったよ」


 長柄に教授の鋭い眦が向いた。


「分かってねぇな。俺は、〝和宮の亡霊の仕業〟と言ったが、姉貴巫女は憑依されただけだ。――詰まり、和宮の幽霊は、人殺しなんてできやしない。人形に乗り移る強い意志が、呪いとは限らん」


 ふい~と煙を吐いて、王領寺は声を潜めた。


「俺は、その犯人を京都に探しに来たんだ。和宮の遺品なんぞが目的ではないさ。しかし、理由が必要だった。――ほい」


 キューブが1行ずつ色を違えて投げられてきた。どういう頭をしてるんだか。


「断言してやろーか。……すんなり教えるのもつまらんね。長柄、ところで、どこまでを許す?」


 ――は? 長柄は突然の質問に目が丸くなった気がした。


「ど、どこまでって」


「犯人を教える。絡繰りもな。頭に置いておいても、邪魔くさいだけだ。俺は歴史を知りたいのであって、殺人事件の犯人を追い詰めたいわけじゃねえ。口に出すリスクを、おまえが受け止められるカタチで、負ってもらいたいわけだ。しかーし。俺と長柄では、淫行になっちまうから、どこまで? って聞いた」


 長柄は開いた口が塞がらなくなった。


「……黙ってやっちまえばいいじゃん、とか期待してる? しないよ。俺は常識人だから。世の中にはそういう男もいるだろうがな。高校生の若い芽を摘んでどーするよ。しかし、思った以上に、おまえが可愛くてなぁ」


 ニヤ、と笑った口元の煙草を引ったくった。


「煙草、嫌いなんだよ。なら、あめ玉のほうがまだまし。甘いもの苦手だけどさ」

「那智の黒飴ならある。――ふうん? 口移ししろって」


「……そこまでは言ってないだろ。でも、嫌らしい気持ちがないなら、淫行じゃない。そう思ったんだ。愛情があって、触れるならいいんじゃないかって……」


 ――謎が知りたい。


 ひとりだけ、ずるい。


 その感情がどこへ向かって、何の騒ぎを起こそうとしているのか。自分の中の、大反乱。クールなわたしはどこかへ行ってしまって、見つからない。


 王領寺が、高校生でも構わないって言ったら、長柄は多分好きにならない。


「ごめん、我慢させてる?」

「出逢って一週間で言う言葉じゃねぇなあ」


 王領寺は困り眉で、長柄の頬を撫で、額にキスした。


「おでこ……」

「そのくらいがちょうどいい。大人、ナメんなよ? 勃起して、コントロールできねえ准教授とは違わい」


 撫でると、ちょっと額があったかい。「へへ」と笑って、膝にすり寄った。


「精一杯の気持ちで、くっついていくから。――教えてよ」

「俺のパンツか? ――ブリーフ派ですが」


(誰も聞いてねぇよ!)と思いつつ、じ、と王領寺を睨んだ。


 はぐらかされている。


 ――「俺は、その犯人を京都に探しに来たんだ。和宮の遺品なんぞが目的ではないさ。しかし、理由が必要だった」――

 理由が必要。逢うために、和宮の人形の話や、遺品が必要……


(穗積さん……なの?)


 でも、そうすると、和宮と有栖川宮を護り続けていたという理由はどこへ行くんだ。


「もう分かっただろ。犯人は、穗積だ。多分、父親を殺したのも。寺には警察が介入しにくい理由がある。京都の老舗で、これだけの大きな寺なら、何が起ころうと密室状態。最初に分かった。あいつ、父親の話に怯えていたから。自殺じゃないって言い張ってただろ。ありゃ、俺に挑戦してきたんだ。――父親の殺しを暴いてみろ、とね」


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