京都の鬼①

***


「冷えてくる。布団に入れ。俺は大人で、男だから、大丈夫だ。おまえに風邪引かせたら、嶋香巫女さんが大騒ぎ、俺が天領に頭が上がらん」


「いいよ。なら、こうしようよ。王領寺も、こっち。座って話そう。それなら足が冷えない」

「いい案だな」と王領寺はこっそり銜えていた煙草を消して、布団の上に近づいた。


「――穗積殿の心中を考えていた。ずっと断絶の事実を隠し、抱えているお人に、言い過ぎたかもな……あの後から様子がおかしい。穗積殿は、宝物を見せてくれた。だが、俺はそれを仇のように返したわけだ」


 鈴音の竹刀をぎゅっと握り、長柄は無言になった。


〝言い過ぎたね〟も〝大丈夫だよ〟も言えない。経験が少ない長柄には、どう人を慰めればいいかの判断がつかない。――高校生だ。それでも、巫女としての修行で、精神は鍛えられている。



〝甘く見るなよ? 歴史を掘り返す大罪人の覚悟を。――真実を知るためには、殺し、盗難も必要だろう。穏便にやってたんじゃ、敵はでかすぎる。頭を使って、法規ギリギリの橋を渡る。それが、知られざる歴史を暴くという行為だ。隠蔽が多いんでね〟



「うん……あれは、脅しっぽかったよ」

「だよなあ」と王領寺は頭を掻いた。だが、その前の穗積の「おんどれ」な態度を考えれば相殺……は王領寺に点が甘すぎるか。


「あたし、身内贔屓嫌いなんだ」言い切ると、王領寺は楽しそうに笑った後で「ちょっと失礼」とスマートフォンに魅入り始めた。


「――天領、苦戦してんな。長柄、見ろ」

 ――オークション最高入札額 370万――自動入札は一万ずつ増えている。


「もう、400万で落としちゃえば?」

「冗談じゃない。天領、ここぞとばかりに仕返しでジリジリ値を上げてるんじゃなかろーか」


 今頃姉も、「なになに? 刀? 買うの?」なんてすっとんきょうな邪魔をしているのだろうか。


(落ち着いたら、聞かなきゃ。そもそも、お姉ちゃんが天領さんに対して怒ってたところが原因なんだし。あ、でも、それで人形の本音が聞けたから、いいのかな)


「電話すれば?」王領寺はらしくなく、首を思いっきり振った。


「冗談じゃねえ。こんな亡霊一杯の地で電話なんか! 俺は、幽霊は平気だが、電話の向こうの霊障害はご免だよ。絶対、かけない。寺で電波なんか発したら、あの辺りからうじゃっと武将らが出て来そうで怖いわ」


 ――変な理屈。


 王領寺はスマホを投げた。


「天領を信じるしかない。なあ、長柄……。――俺はさ、昼間の話を聞いて、ここに人形と刀を還してやりたくなくなったよ」

「元在る場所に戻すべきだろ」


「現在、生きるべき人間を犠牲にしてもか? おまえ、断絶された一族の末路、知らないだろ。講義してやろーか? その辺りは俺以上に詳しいやつは」


「はいはいはい。わかりましたよ。想像もつかないけど、聞きたくなったら言うから。その時はちゃんと大学で聞きます」


「――おまえ、うち、受けるのか? 巫女だろ? 姉さんと同じく八幡宮に入るのかと。あ、もしかして、俺と婚約?……あ、それは早まりすぎだ、それとも、俺が大学で浮気しないか見張るとか」


「どれも違うから、落ち着けよ、おっさん」


 長柄はきっぱり言うと、また庭に目をやった。


 寺というのは、どうしても庭に目がいくものなんだ。


「あたしは八幡宮で一番の巫女になる。でも、思い知ったよ。あたしの世界は狭いんだ。だから、もうちょっと色々知らないと。それには、歴史……考古学……」


(何を言い出す)と思っても、頬はぐんぐん熱を上げてゆく。声もくぐもって行って……


 長柄は竹刀を握りしめた。



「やァっ!」

 微動だにしない王領寺に向けて、振った。


「――で?」と竹刀の先端を手で押さえて、微笑みを向けられた。


「う……」びくとも動かない。動かないなら、竹刀なんか握ってても仕方がない。投げ捨てた竹刀が、さっき王領寺が放り投げたスマホに当たる。


 広げた腕の中に飛び込んだ。

「淫行はしねぇよ?」としつこいからかい。



 ――な、待っててよ? ちゃんと。



 想いを込めて抱きついた。もう、彼氏なんだか、兄貴なんだか、親父なんだか、どエライ教授なのか、エンコーのおっさんなんだか、全部マーブルだ。


(あたしには、心で突っ走るしか術がないんだ。あんたを喜ばせる術なんて、知らない。お姉ちゃんのように、好きな人を動かす力もない)


 ちらっと王領寺を見上げた。やっぱり動揺一つしない。こいつが驚く、なんて顔を見たいと思う。


 ――動かなそうだな、コイツ。腹でくすっとやって、長柄は一度だけ、ぎゅっと首筋に絡まった。ぽん、と王領寺が頭を撫でる。


「俺は、育てる気はねェからな。勝手に育って、勝手に走って来るのを待つと言った。長いだろうが……ま、和宮の怨念ほどじゃねェから」

「怨念って酷くない? あはは、でも近いか……も……」


 ぱしん。

 ぱしん、ぱしん。



「長柄?」


 長柄は王領寺から離れた。ひたひたと廊下を歩く音。


「何か、音がする。水のような……ほら……」



〝〝長柄ちゃん、霊がいるとね、どこからかお水が現れてくるのですわ。わたしたち、霊能者は、その水を見つけて、調伏と言って、そのお水に、お帰り願うの。だから、わけなく濡れていたら――〟



 長柄は竹刀を握ると、廊下に歩み出た。「度胸があるにも程があるってのに」と王領寺が前に進み出た。むっとしてまた前に小走りになったが、王領寺は背が高い上、耳がいい。


「――草を踏み分けてんな。あの音は、草だ。草履で、草ッパラを歩くと、ああなる」


 さわさわさわ。


 王領寺は作務衣のまま、庭に下りた。すぐに正体を見抜いて、振り返った。


「なんだ、穗積さんだ。――散歩でもしてるんだろ。眠れないほど追い詰めたか、俺」


「こんな夜中に散歩? 丑三つ時だ。魑魅魍魎を恐れ、見知っている坊主が出歩くはずがない時間だ。八幡宮でも、絶対に出歩かない。京都のお人がか?」


 顔を見合わせた。



***



「あたしが先に行くんだ!」

「俺だ。かっこつかないだろが」結局じゃんけんぽんで、王領寺の勝ち。長柄は竹刀を構えて、王領寺の後に憮然として続く。


 ぱしん。ぱしん。


「やだなあ、五寸釘でも打ってたりして」

「いや、止まったぞ。夢遊病か」


 穗積の姿は月の真下。寺にはお決まりの大きな赤い橋の中央。時折僧衣が揺れて、さわっと音。それに、揺れた組紐が、背中を打っていた。


「ぱしん、ぱしんの元凶だ。あいつのヒモ。珠つけてただろ。くそ、天領がいればな。あの珠がどういうものかくらい、あいつには見抜けたはずだが」


「露店で買ったものかも知れないじゃないか」


「いや? さるぼぼからとんでもないものを導いたんでね。あれ? 姉巫女さんから聞いてない? 白川の話」


 長柄は首を振った。


「さるぼぼ、と言えば、姉が変なさるぼぼを飾ってたけど。汚いヤツ。あたし捨てようとしたら、「うちの神さま捨てちゃだめよ」って言われた。あれ、単なるビー玉だろ」


「いや、時代が見える。うちの天領は歴史小物オタクでね。ヒモにしても、一つみると二十は考察入れてきて、面倒くさいが、知識は凄いよ」


 穗積は王領寺より背が高い。じっと月を見上げ、動こうとしない。それより手が気になった。

 穗積の手は、何かを抱えているような格好だ。しかし、見たところ、何も抱えて要る様子はない。


「様子が変だな。――あいつ、毎晩あんなことやってりゃ、そりゃ顔色も悪いし、声も出ないほど、青ざめるわな」


「ねえ、まさかだけど……似てるんだ。姉の時と。あんな宝物を抱えて、断絶の名前を引き継いでる。憑依じゃないの? ああ、鈴音がいればな」


 二人で無言になった。長柄が竹刀を握り、王領寺が拳を作る。背中合わせになって、互いに地面に一撃をくれて呻いた。


 怒りを地面にぶつけて、一緒に立ち上がる。


「~~~天領がいればな、だと? この俺が……」

「鈴音がいればって! ……あたし、そんなに弱くないからなッ!」


 二人で立ち上がって頷いた。


「穗積さん!」


 不思議そうに、振り向いた顔に、息を飲んだ。

 顔は穗積の優しい顔ではなかった。誰かは分からない。

 唇が動いたが、何を言っているかは聞き取れない。

 ザアア……夏なのに、霞が長柄と王領寺を取り巻いた。


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