和宮の抜け道

***


 長柄にも分かるように、王領寺は応答を繰り返した。


 お陰で、なんとか理解できた。有栖宮とは、元有栖川宮の名を隠した隠語で、この寺の住職は代々秘密を引き継いでいること。


「え? じゃあ、滅んだんじゃなかったんだ……」


「滅んだ……という言い方が曖昧なんだよ。俺は言ったろ。人が人を完全に滅することができるとは思えない――と……。


『没落した宮家がどう、現代まで生き延びたかは興味があるな。――横見菊は公家・宮家の象徴。御所車の車輪がモデルだ。菊を使うなら、絞れるぜ。――三条だ。京都の三条の公家で、菊をもつ貴族を当たれば、いやでも見つかる』


 長柄はかつて、王領寺が口にした台詞を思い出した。


 ――確かに、辿り着いてるんだから、凄いとしか……。


「祖は、赤ん坊の出産を二月見送ったいいますわ。生まれた子供、親、じじばばに至るまで皆殺し。それが「断絶」。善いでしょ、見せまひょか。付いてきぃ」


 ちりん、ちりん、と下げた組紐を揺らして、穗積は静かな廊下を渡った。飛び石の道を渡り、領地をぐるりと回るカタチで、井戸に辿りつく。


「古文書の隠し場所かい」


「かつては、人間の逃げ道として利用された抜け穴や。巫女、スカート短いが、大事ないか? 先に降り」


 ばっとおしりを押さえた。長柄は頷いて、ごくりと井戸の隣の抜け穴を覗き込む。


 かなり、深そうだ。梯子があるが、ちょっと怖い。



「い、いいよ。あたし、最後で。王領寺、あんたが降りなよ」


「もちろん」とするすると王領寺は穴蔵に潜っていった。


 ――慣れてんのかな。しょっちゅう色んなとこ、潜ってそうだし。


「――下りきったら、左へ抜きや。その下は空洞や。そこに、お目当てのもん、あるで」


(しかし、躊躇せずに寺に潜っちゃって……なんか引っかかるんだけど)


「巫女さん、次行き。――不安そうどすなァ……うちは坊主や。騙しはしまへん」


 穗積は告げると、首から高級そうな首飾りを外した。


「信用してや。あの王領寺? 本物やな。まさか見抜かれへんとは思わおへんどした。絶対に公にできん名前どす。歴史に死んだ一族の名を継いだだけでも怖ろしゅうて。それだけやない。巫女さんなら、分かるでっしゃろ」


「あ、はい」


 にこっと笑って、穗積は頷いた。あとで、「うち、いけず坊主やから、笑顔で人を癒やすんですわ。下りたら、返してや?」と付け加えた。



***



 穴蔵は思ったほど深くない。それでも、この抜け道を、命からがら武将たちが使用したと思うだけで、壁に染みこんだ無念さが指先から伝わってくるようだ。


 ――ながえー……王領寺の声が聞こえる。



「すっごいね、ここ」


「おまえ、度胸あんなァ……昔の抜け道だ。まさか寺にこんなもんがあるとは。いや、城には多いんだが、寺にまで……エライやつってのは生きるための手段をこそこそ講じてるってこったな。なあ、長柄……」


 王領寺が狭い天井を小突き、考えこんだ。


「まさか、和宮女御もここを使った……なんてオチはどうだろう?」


 漆喰で塗り固められた壁を叩き、王領寺は顔を近づけた。


「この道、相当腐蝕しているが、銀が塗ってある。――ずっと不思議だった。和宮は、あの放火されまくった京都を抜けた……ここの山なら、喜んで有栖川宮と、和宮を庇っただろうし」


「お二人、無事どすか?」と穗積が現れた。


「狭くて敵わんなァ……こっちや。右行ったらあきまへんえ。亡霊の巣や。打ち棄てられた遺体がぎょうさん。……大丈夫、供養済みやから」


〝いけずやから〟な笑顔も暗がりで見えない。「腰屈めぇや」の声に土竜の気分で、じりじり進んで行くうち、穴蔵は広くなっていった。


「どうして俺を信用した、穗積殿」


「目や。――泥棒の目はな、曇ってるんどす。……真実を泥棒しようとする目は、歴史を見まへん。――あんたら、違うわ。婆が頷きよったでっしゃろ? 住職が信用したら、うちが疑うわけには行きまへんえ」


 ちょっと京都弁が優しくなった気がする。


「あ、穗積さん、これ、返します」と首飾りを外した。「へえ、預かってくれて、ありがとさん」と頭を撫でられた。



 ――あたし、子供じゃないんだけどな。

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