断絶の宮家

*2*


「粗茶どす」


 向かい合った前に、女性の僧侶見習いが、お茶を並べてくれた。「婆、お茶やぞ」と京都弁のゆったりした口調。


「あー、マジ怖。道頓堀に沈められるかと思った、俺」とは王領寺。


 長柄は改めて、目の前の京都司代こと、将八郎を眺め賺した。僧侶服は、金襴緞子。その上で、背中には大きな家紋の入った□修多羅(しゅたら)と呼ばれるものだ。梵語の線・紐・糸という意味を持つ、SUTRAからの音写で、修多羅。


 ――袈裟をとめ結ぶ紐が七色。組紐として編み上げ、片方を珠をつけてだらしなく下げている。


「お洒落な坊主だな。颯真さんとはちょっと違う印象だ。さすがは京都の坊主」

「うん、なんとなく、違うね。――将八郎と言いましたか」


 将八郎はお茶を置き、「敵わんわ」と呟いた。


「みとーみー。うちを幼名で呼ぶさかいや。――穗積や。ここの寺の一字を亡き父より賜ってな。苗字を入れると長ぉなる。穗積でええ。標準語は難しくて使えへんよ」


「あ、何となく分かります。驚きました、お寺のお坊さんも、お洒落なんですね。あ、私、言い忘れましたが、桜雛八幡宮の巫女やってます」


「巫女やて?」


 一瞬穗積の顔が強ばったように見えた。長柄は首を傾げて、相手の坊主を再び見やる。


 髪こそ切り込んでいるが、襟足は長い。颯真と違って、ふわふわで、そのまま仏の伽藍に座らせたら、それこそみんなが喜んで参拝しそうな顔立ちだ。


 ――高貴って言うのかな……不思議な印象的な顔だ。


「飛騨高山から来た。――和宮の人形が盗難にあった時に、俺は真っ先に疑われたんだが。こちらには話は通っていない様子だな」


「なんだと?」と言わんばかりに、穗積の眉がぎゅっと下がる。


「知らんね。そんせいで、おとっつぁんが自殺どしたんはご存じか?今もお寺ん宝モンん盗難は相次いでおる。警察に言うたて、対応はへん。おとっつぁんん死は過労、そこん菩提に弔っとるよ。後で、手ェ合わせて帰りなはれ」


 聞くなり王領寺が動いた。


「この、菩提か」と大きな石の前で手を合わせる。


「――歴史を扱う者として、見逃せない悲劇だ。穗積さん、もちろんお線香上げさせていただきます」


(ちゃんとしてるんだな)と思いつつ、長柄も隣に並んだ。後ろでバアサンの笑い声。


 蜜柑のような丸い頬をしたこぢんまりした婆さんは「よっこらせ」と立ち上がったが、背丈は穗積の肩にも届かない。


「そりゃ、普通の庭石じゃ。――穗積、お客を騙したらあかんどすえ!」


 茶筅でスコーン! と息子住職の頭を叩き、シワァ~とした笑いを浮かべる。


「寺の住職が、自殺などせえへんでひょ。ま、跡継ぎがコレやから、雲の向かうでハラハラしとるに違いないでっしゃろが。穗積、ええお客や。手厚く持て成しィ。和宮の人形と言うたな、へぇえあんた、巫女かい。どうりで、綺麗な目ぇしてるわ」


 王領寺がちら、と長柄を見、長柄は自分を指した。頷かれて、嬉しくなって踏みとどまった。


 ――王領寺といると、調子狂う。


「おい、婆さん、足、捲れとる」と穗積が老婆の足をさっと隠す。


「――和宮の人形について、話しましょう。穗積どの、その上で、我々に情報を戴きたい」


 穗積は顔を強ばらせたままだ。指先が震えている。嵌めた指輪に湯飲みの淵が当たって、カタカタカタとなる音は、歯を震わせているように聞こえた。


「和宮の人形、どすか……知らんどすな」


 王領寺は息をついた。


「それなら、いいんですよ。――何か知っているはずだと思ったのですが。世間一般では、こちらの宝積寺(ほうしゃくじ)に和宮が愛した人形があったと聞いたので。それに、さっき、おばあさんが口にしたのを俺は聞いたがね」


 ――丁寧モード終わり。とばかりに、王領寺の声音がぐいっと低くなった。



「この俺の胸ぐらを掴んだくらいだ、覚悟、できてんな?」



 ――ちょ……。



「王領寺! 寺で何を言い出すんだよ!」


「甘く見るなよ? 歴史を掘り返す大罪人の覚悟を。――真実を知るためには、殺し、盗難も必要だろう。穏便にやってたんじゃ、敵はでかすぎる。頭を使って、法規ギリギリの橋を渡る。それが、知られざる歴史を暴くという行為だ。隠蔽が多いんでね」


 王領寺の目が壁に注がれ、止まった。

 ご大層に袈裟が下がっている。


「……穗積さん、あの、袈裟は貴方のですか」

「父の遺品や。――何と言ぉうと、父は自殺どす。過労死なんかやないわ。あれや、宝刀の盗難で殺されたんちゃいますか? ――あんた、歴史暴く、言いましたな? 王領寺さん」


 穗積は打って変わって好戦的な光を浮かべ、王領寺を睨み付けた。


「ならば、その力、見せてもらいまひょか。――和宮の歴史はわたしが護る」


 声が二重になった。まるで二人が喋っているような。どこかで、この声を聞いた覚えがあった。


「つまり、あんたの父親の死の真相を見つけてみろ、と……嫌だ。俺は謎解きが嫌いだ。分かった、あんたの父は、自殺じゃない。うん、なんらかの理由で殺された。そうに違いない」


 簡単に終わらせようとしている。――謎解きが苦手な教授の手綱取りは、巫女の役目。とばかりに、長柄は膝を勧めた。ところで、王領寺が腕で長柄を牽制した。

「……有栖川宮家については、知ってますか?」


「有栖川宮?」


「あの袈裟の家紋だよ。横見菊だ。菊を横に切り取って、三つ三角に並んでいる。あの家紋は有栖川宮の家紋。――滅んだはずの家紋……それに、オークションで出回っている糸巻き拵太刀だ。あれにも家紋があった」


 穗積が唇を噛みしめた。


「――人形と、太刀は、同じ場所にあった。それも、ここの寺に」


 王領寺は畳み掛けていく。可哀想に、穗積は青ざめて声が出せないほどになっていた。


「――勘弁しぃや」


 ようやく、か細い声で、「なんで、あんなもんがこの寺にあるんでっしゃろなぁ」と諦めたように告げた。


「――あんたは、さっき、苗字は名乗れないと告げた。俺が思い当たる理由がある。ま、教授の戯れ言と思え。歴史にちょいと悪戯を仕掛けたくなったんだ」


「へぇ、聞きますわ。多分、正解でっしゃろなぁ」


 王領寺はきっぱり告げた。


「――この寺は、滅んだはずの宮家の血を引いている。――だからこそ、和宮の人形の奉納寺になったんだ。歴史女性において、俺以上の先駆者はいない。和宮の出生なら、分かっている。幼少にこの寺で過ごした事実。極秘に奉納された人形――あんたの名前は?」



 穗積は蜜柑婆さんと顔を見合わせ、丁寧に告げた。



「――有栖宮穗積言います。断絶させられた、宮家の名を極秘に継いでおりますえ」

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