京都は宝積寺へ

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【宝積寺(ほうしゃくじ)】


 大山崎の宝積寺(ほうしゃくじ)は、天王山(270m)南麓の中腹にある。

 第43代・聖武天皇の夢枕に立った竜神がもたらしたという寺宝の打出と小槌の伝承により、宝寺、宝山寺大黒天宝寺とも呼ばれた。山号は、古くは補陀洛山(ふだらくせん)、天王山、江戸時代以降は銭原山ともいった。

 真言宗智山派。本尊は十一面観音。

 宝寺とも称されることから、福財、金運の信仰がある――……



***



 いつの間にか、車が止まっていた。

 盆地の光が射し込んでいる。長柄は掛けられた王領寺の上着に気付いた。助手席には長柄だけ、むくりと起き上がると、時計を見る。


 ――十一時ちょうど。飛騨高山からおよそ三時間。


 飛騨高山のひやりとした空気はなく、盆地の優しい不思議な風が車に入り込んでいる。


「起きたか。あとで、俺の太腿揉めよ。まあ、無理もないよな。優しい俺に感謝するなら、あそこで缶コーヒー買ってくれる?」


 頬にくっきりと王領寺のズボンの後が付いている。頬を押さえ、長柄は車を飛び出した。

 山麓の風だ。

 旧式の自販機には、見た事もない「ミルクコーヒー」しかない。お子様甘味珈琲だが店と戻ると、王領寺は「俺、ブラック嫌い」と旨そうに煽った。

 相変わらずBluetoothを嵌めたまま、車をロックすると、歩き出した。


「ここは、和宮に所縁がある。住職に電話しておいた。「人形寺」とも称される寺で、もうちょっと先にゆくと「宝鏡寺」がある。京都の和宮女御はどちらにも所縁があるが、長州攻め込みで焼け落ちた。知ってるだろ、京都は江戸末期に、焼け野原になったんだ」


 王領寺は教授の顔になった。


「――あちらこちらで、火の手が上がった。寺という寺は攻め込まれ、ほら有名な新撰組、彼らもほとんどが命を落としたが、京都だ。その最中、幕府と天皇家が和解するために差し出されたが、孝明天皇の妹、和宮。――だが、暗殺説があってな」


 相変わらず歩くが速い。王領寺はスタスタと歩くと、寺の前で足を止めた。

 大きな石階段と、鳥居がある。


「寺なのに、鳥居だ……」

「もとは一つだったからな。天王山。奇しくも和宮の幼少時期の土地が、一番歴史に巻き込まれてる。和宮が「悲劇の女御」と言われるきっかけは、この土地だったかもな。

 安土桃山では、豊臣が、江戸では蛤門の変で、攘夷志士が、――長州藩が逃げるために放火した。たくさんの志士が焼け死んだ。その遺骸は、怒った江戸の手で暴かれて、捨てられたって話。だから、歴史の男共は好きじゃないんだよ。野蛮過ぎる」


 目をぱちくり、とする長柄に「俺の専門は、女御・皇后だから」と付け加えると、王領寺は階段を昇り始めた。


「ここも真言宗。照蓮寺と同じだな。長柄、御守りを買ってやる。参拝しておこう。また次の怨霊に取り憑かれては敵わねぇから」


 小さな売店の向こうは、参拝客で賑わっていた。


「打出の小槌があるんだぜ。――さて、住職に会いたいんだがな」

「ねえ、歴史の女御や姫を追うのって」


 王領寺は足を止めた。



「……可哀想だろ。男たちの影で、何もできず死んだんだ。少しでも、偉業を見つけてやりてぇ。夫を殺され、すると、そいつは夫を殺した武将の妻にさせられる。和宮のように、歴史や政治を優先させられ。化けて出たところで、そいつらは全員いない。そりゃ、文句も言いたくなんだろ。そう思わん?」



 ――らしい。長柄は笑顔になった。



「そこ、笑うとこ? ――ま、いい。賛同戴けたと言うことで。追儺式「鬼くすべ」が終わった時期だし、鬼もいねぇだろ。悪鬼を煙で燻だし災厄を払う儀式。おまえのところでいう」


「神嘗祭・御忌祀だね。――王領寺、あそこ」


 僧衣を着た坊主を見かけ、長柄が指した。


「すいません。連絡した王領寺ですが。――ええ、こういうものです」


(どうでもいいけど、こいつ、外面いいんだよね)と思いつつ、長柄もぺこりと頭を下げた、


「ああ、飛騨高山の? 少々お待ち下さい」


 僧侶が引っ込んだ。大きな三重の塔がある。観光ではないから、写真は駄目かと思ったら、堂々と王領寺が撮影した。


「幽霊が映ってたらすげぇな」……流水大学には歴史に恐れる、という言葉はないのか。


「祟られるよ」

「構わない。話が聞ける。が、俺が祟られるとしたら、誰だろうな。俺の男っぷりに近い武将というと……」


 歴史に目を細める教授はそっちのけで、長柄は寺を歩き回った。地面から、煙が立ち上っている。


(さすが、霊山。あたしが巫女だって分かるのかな)


 たくさんの慰霊碑が建っている。――そうとう過酷な争いが繰り広げられた京都。

 碁盤の目の寺は悉く焼け落ちた。寺の中に、「焼失目録」があったが、凄まじい数だ。



 ――これを知ったら、長柄だって、多分江戸へお嫁に行く。自分が苦労することで、和解できるなら。きっと。


 ……心なんか、捨てる。火だるまの故郷を見た和宮は、どんな思いだったのか、なんとなく、分かる。


「この時代に産まれなくて良かったよな」


「……うん。すごい数……みんながどうしてこんなに京都に集まったんだよ?」



 王領寺は焼失目録を目で追いながら、続けた。



「京都は昔から天皇の地だった。そこに、武将が攻め込んだ――というよりは、呼び寄せられたんだろうな。京には鬼が住む。長柄、人形の展示があるぞ。俺らの目的は和宮。命果たして散った男へ感情移入は要らんよ」


「でも……!」


「精一杯やった。今も昔もそれでいいんだ。本当に和宮の呪いか? なら、もっと死人が出るぞ。分かってる? あの人形を拾ったの、おまえだろ」


 肩を叩かれて、王領寺を煽ぐ。


「話、聞こうぜ。蜜柑みたいなばあさんが出て来た。おい、話通じるんか」

「おばあさん、こんにちは」


「…………」


 婆は無言。

「ぼけてんな。どうしろってんだ」と王領寺がぼやいた瞬間、


「おいでやす。飛騨高山方どすな」


 愛想良さそうな僧侶姿の男が出て来た。

 良かった、これで話が聞ける。


「わてん和宮ん人形をお持ちやとか。どないなことか、話を聞いてさしあげまひょ。つつがなくどすえ」


 笑っているが、怒っているが分かったが、方言が酷くて理解不能。また王領寺が青ざめた。


「俺……いや、わたしはこういうものです」と名刺を二枚差し出した。


「まだ名前は明かせまへん。そうどすな? 京都司代とでも読んでもらえればよいか。おや? うちの言葉、わからへんか?」


 王領寺が冷や汗で、コクコクと頷いた。前で、司代(仮)はこりこりと頭を掻いた。颯真さんよりは年上だが、着ている僧衣は高貴なものだ。


「参いますなァ……標準語、言えるかな、困りますなァ。この土地しか知らんものでね。んでは、言い換えますわ」と気さくに告げて、京都司代は声を凄めた。


 ぐい、と王領寺の前で胸ぐらを掴みあげた。にーこり笑った。



「わてん人形が殺人起こどしたなんぞ、吹きよったん。おんどれか。仏の炎ん鉢に入れてやるぞ、コラ」



「将八郎! お客の前どすえ! 坊主がなんちゅう有さんどすか」


 蜜柑が喋った。「幼名で呼ばんといてや」と坊主が項垂れた。

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