第二章 三つの愛の交差、流るる時に置いたままの恋遊び

恋の誓いに王領寺、思ふ

*1*


 うとうとしているうちに、夜が明けた。のそっと王領寺がやってきた。


「――寝てねェんだろ。……居づらくって。ここ、いい?」


 驚く長柄に構いもせず、王領寺は長柄の隣に腰を下ろす。


「鈴音が離さないんだ。……かと言って起こすのも忍びないし」


「すげぇ陰陽師ちゃんだな。こいつ。精力使い果たして……いや、すげーもん見たわ。なんつーか」


 王領寺は髪をかき上げた。


「ちょっと価値観変わった。人の念や想いって凄いな」

「王領寺。もしかして、ショック受けてる?」


 王領寺は端正な眉をピクリと動かし、口端を上げて頷いた。手足を冷たい床にのばして、まだぶら下がっている大きな注連縄を見詰め続ける。


「――歴史を漁って、早十年。俺は何を見ていたんだろうなぁ。いいや? 何も見てなかったんだろうな。――真実なんか、どーでもいい。そんなてきとーな生き方すんのに、考古学は都合が良かったんだ」


(鈴音、起きないかな)と思いつつ、膝をゆっくりと王領寺に向けた。


「あんな風景、見せられちゃぁな……綺麗だったぜ。ありゃ、京都の夜桜か。人似も、ヒトガタにも、想いは宿る。長柄、おまえはすごいよ。姉さんも、鈴音ちゃんもだ。女って強いよな」


 ちら、と王領寺は長柄を窺い、ごほ、と咳祓いした。


「――嶋香の巫女さん。今、必死に天領と仲直り中。寺でもどこでも一生懸命かよって。颯真もそそくさと逃げた。……全く、あいつらは」


 ……王領寺がここに来たわけが分かった。


「……俺はもっと、この事実が知りたくなったぞ。長柄、この後京都に行くんだが」


「行く」


「言うと思った。――桜の季節は終わったけどな。……京都の宝積寺。和宮の遺品を多数預かっている由緒ある寺だ。そこで、盗難の事実を知りたい。それに、視えた夜桜の景色。美しいもんは、俺みたいな男の心にも、何かを呼び起こすんだな」


 ――らしい吐露に、長柄は吹き出しそうになった。


「ん……」


「あ、鈴音、起きた?」


 ぱち、と鈴音の綺麗な黒檀の瞳が開いた。気がつかなかったが、瞳には、うっすらと靄が走るような虹彩が混じっている。


「重かったぞ」とおどけて見せて、寝ぼけている額に手を当てた。「長柄ちゃんの手、冷たい」と鈴音は笑い、ちら、と王領寺を横目で睨む。


「――別に奪うつもりはない。そう、俺を「天敵」という視線で射貫くなよ」

「奪ってるのに気付かないからですわ」


 鈴音は寝起きと思えない動きで、びょん、と立ち上がった。


「良いですわね? 貴方は、わたしから長柄ちゃんを奪った。そのことに目を背けるから鈴音、腹が立つんです。長柄ちゃんの心は痛いほど分かりますわ。わかります? あんたが」


「――俺と、陰陽師ちゃんが諍いを起こすと、傷付くのが、長柄だから……分かったよ」


 あれ? と鈴音は拍子抜けしたようだった。

 王領寺は肩を竦めた。


「言っただろうが。人の想いってすげぇんだな。俺は何を見ていたのやら……と。二度も言わせるな、苦痛なんだからよ」


 鈴音は嬉しそうに頷いた。ほっとした矢先、びし! と王領寺に向けて指を向けた。


「――では、誓ってもらいますわ! 今、ここで!」


 王領寺がずっこけた。

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