未来なんか見えない。なら進もう。

***


 天領と王領寺は嶋香の縄を颯真と共に解き、足の水も片付けられ。別室に行った。


「――あとで謝ってよね」と姉は頬を膨らませていた。


「長柄ちゃん、毛布」と颯真が毛布を二枚持って来た。鈴音が寝込んでしまったので、長柄は動けずに膝を貸している。


「――おーおー。あどけない顔。あんたを信用してるんだなア……膝枕くらい、ぼくがするのに」


 シスコン坊主、再び、である。長柄は苦笑いを零すと、鈴音の頬を撫でた。


「あとで、お礼言わなきゃね。……頑固な姉がすみませんって」

「それなんだが」

 颯真は僧侶服でゆっくりと長柄のそばに座る。

「伽藍に封じた御札を取り出し、もう一度、桜雛の巫女ちゃんに受け入れて貰う。「魂鎮め」は終わったが、解決にはならない。実際に、聞くんだ。お姉さんを通して。巫女ちゃんの素質は凄いよ」


「姉は、受け入れると思います。しかし……」


 颯真と顔を見合わせた。


(本当に、お姉ちゃん、何をあんなに怒ってんだろ……天領さんも「謝る」って言っていたし。しょうがない姉夫婦だよ)


 それにしても、視えた世界は美しすぎた。

 哀しみがあんな世界を創るのなら。姉はずっとあの景色を見ていたのかも知れない。


「我らはただ、追い払うだけではないよ」


 颯真は大きく障子を開け放った。


 空には朝に近づいた月がまた還るところで。


「それでは解決にならない。声を聞き、考えるも僧侶の仕事だ。心の奥底の煩悩を突きつけ、正しい道に戻す。人も霊も変わらぬさ」


 颯真の髪が夜風に揺れた。

 さわさわとした春風。先程の出来事が、幻想のようだよ。


「しかし、強い念を感じたよ。あれにズカズカ近寄って声を掛ける天領は変だ。いや、元からあいつは鈍すぎる。それとも、強いのか? 巫女のためか?」


「多分、お姉ちゃんのため。幽霊も乗り越えちゃうって凄い愛だよね」


「坊主に愛は不要だが……呆れた男だ。何があったのやら」


 袖で颯真はくくっと笑うと、長柄の肩に毛布をかけてくれた。



 ***



 膝にずっしりと鈴音の重み。


「おつかれちゃん。あんた、凄いよ、鈴音」


 長柄は鈴音の頭をそっと撫でた。


 手がむずむずと動くので、握ってあげた。


「あたしは巫女だぞ。力、分けてあげるよ。あの時みたいに――」


 別室で目を閉じた嶋香の傍で、天領もまた、優しい視線と、多分、ずっと手を握り続けているに違いない。


 姉はきっと穏やかな心を取り戻すだろう。


 しかし、姉の霊力は強すぎる。姉こそが、一生八幡宮で暮らしたほうが良いのではと思うほど。いや、未来は分からない。



 進むんだ。王領寺が待っているから。鈴音と共に。

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