想いの坩堝

「湯上がりの狸みたいだな」


 鈴音が出て行ってしまった後。風呂上がりの長柄を颯真が待ち構えていた。


「……妹が済まない。あいつは、珍しく、妹巫女ちゃんを信用しているようだが……」


(シスコン坊主)の言葉を仕舞って、長柄はぽつりと告げた。


「苛められてたんだよ。鈴音は。あたしはそういうの見てらんないんで、竹刀持って突っ込んでったんだ。苛めグループに。ま、神社の巫女も似たようなもん。見えるから。つい、怯えたりして、変な態度取って、それが畏怖されるんだ」


「そうか」


 颯真は物静かに告げると、「桜雛の巫女ちゃんは、準備を済ませた」と静かな廊下をひたひたと歩く。


「今夜、人形の怨霊を祓う。今、照蓮寺の周辺には、注連縄を貼った。怨霊は寺からは出さない」


 僧侶服が揺れた。


「もちろん、王領寺教授、天領も同義だ。――僕たちは怨霊を解き明かす。歴史バカ共には分からないだろうが……あんたから言ってくれないかな。この二人に」


 長柄が顔を上げると、天領と王領寺が待っている姿が見えた。


「何度言ってもきかない。――想いの坩堝に、物欲の塊二つを放り込んでみろ。瓦解するっていうんだ。別室で待て」


 王陵と天領は聞かない振りをした。一瞬(王領寺、覗きか?)と思いつつ、歩み寄った。もちろん、姉を案じる天領ではなく。王領寺の手を掴む。


「あんたは、なんで来るの? 謎解き以上に面倒だよ?」


 王領寺はじっと長柄を見下ろし,目を細めた。


(また、そういうなんとも言えない顔をする)と困惑した前で、一言。


「おまえが心配だから」

「心配無用だ」


「じゃあ、言い換える。おまえを心配したいから――に訂正」


「教授が訂正すんなよ。……あんたの本心、分かってるよ。あたしの前では強がる必要ないだろ。ガキなんだし」


 王領寺は「いや?」と微妙な返答をした。


「おまえはいい女だよ」


 ――………………。


「俺のいい女センサーは凄いぜ? ただし、結果は結びつきませんが」


「俺は嶋香が心配なだけだ! 陰険坊主。あ、でも、タブレットは持ち込みます」


 颯真が頭を抱えた。


「――心強いんじゃない? お姉ちゃん。なんだかんだで、天領さんがいると安心するだろうし。多分、怨霊に勝てると思う。というか、姉が、自発的に抱き込んでいるから、頑固な姉の心を解かして欲しいってとこだよね」


 颯真がちらっと天領を見やる。


「――心に付け込まれるどころか、幽霊に荷担しているともなれば、天領が何かそういう行動のきっかけをつくったんじゃないか?」


「おまえは、なんとしても、俺を悪者にしたい様子だね、颯真」


「当たり前だ! 今からでも貼るよ「天領退散」。……天領?」


 天領は考え込み、はっとした顔をしたが、そそくさと眼鏡を押し上げた。

 覚えがあるらしい。

 そうだ、姉は余所余所しかった、どこか、怒っているような言動があったじゃないか。


「――責任は持てないからな。ったく……ついて来たまえ。本職のスゴさに腰を抜かせばいい」


 ――交霊などしたことがない。足が震えた。「おら」と王領寺が長柄の背中を叩く。


「――戻ってこい、嶋香」と天領は念じるように呟いていた。


「幽霊嫌いが、頑張るじゃねェか? ――これは、俺も見届けんとなァ」


 その言葉でわかった。


 王領寺は、本当は――……また言うとうるさがられるから、黙っていることにする。



 今夜、姉の人形の正体が分かる。



 和宮さまの幽霊か、それとも――……?

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