魂鎮めとオークション

 照蓮寺に戻ると、温かい夕餉の準備が整っていた。

 長柄の目の前には、小鍋と牛数寄の皿。


「うん、美味しい。精進料理、いけるじゃない」


 おかずの前を箸がひょいひょいと往き来する。ジャガイモのあんかけ、白菜の味噌汁、厚揚げ、茄子の煮浸し、しらずおろしに麦ご飯。お吸い物におから豆腐。

 富山のおすわいに、かまぼこ。いつも以上の姉の食べっぷりに長柄はぽかんと箸を止めて見守っていた。


 くす、と割烹着姿の鈴音がすり寄った。


「憑依されてますとね、お腹がすくのですわ。精神の消耗が凄いのですの。長柄ちゃん、お代わりいかが? お姉さんは大丈夫。あの注連縄、見て。御札が下がっていますでしょ? 取りあえず、怨霊さんにはお眠りいただいているの。――わかりますでしょ。神道でいう、魂鎮め」


 知っている。護摩の炎を焚き、悪意を鎮める「魂鎮め」憑依された人間と、幽霊を引き剥がす前の儀式でもある。


「お姉さんは巫女さんですもの。この後の水垢離も耐えられますわ」


 楚々としてお給仕役を買って出た鈴音が笑顔でごはんを差し出した。


「うん、元気ならいいんだけどね」

「さあ、長柄ちゃん。いっぱい食べてね。愛妻料理」


 姉の食べっぷりに目を奪われる隣では、王領寺が四個目のおにぎりに手を出し、天領は箸を銜えたままタブレットに夢中。


「おまえも食ったほうがいいんじゃねェのか?」と王領寺が天領を案じていたが、天領は箸を銜えたまま、読み物に没頭している。


「俺がもらうわ」と王領寺はひょい、と天領の前のお椀をかっさらった。

「よく食べるね」


「男と女じゃ、使う栄養素も体力も違う。それに、ちょっくら頭使って腹減った。長柄、お代わり」


「あ、うん」


 むっと鈴音が割り込んだ。


「あたしが! よそいます! 長柄だなんて、失礼な殿方ですわね! 怨霊喰らいたいの? いっそ毘沙門天の怒りでも受けてみます? 王領寺とやら」


 妹の暴言に兄の颯真がぴくっと動いた。しかし、当の王領寺は知らん顔だ。


「だって、こいつは俺が好きなんだぜ? 好意を持ってる相手なら、何しても許されるんだろ? なら、陰陽師ちゃんも」


 ポロ。天領の箸が口から落ちた。


「俺を好きになればいいんじゃない?」


 辺りがシンとなった。(こいつ、何考えてんだ)と長柄が頭を抱えた瞬間、「ぷっ」と小さな笑い声。注連縄に隔離されたままの姉が笑い声を上げた。


「あーはははははははははは! さ、さすが、天領先輩の知り合いね! あー、おかし!」


「一緒にしないでくれるかな。櫻雛の巫女ちゃん」


 颯真が爪先を立て、立ち上がろうと身じろぎをしたが、すぐに座り直した。


「あー、ごめん、ごめん。長柄がぼけっとしてる顔が面白くって。うふふ、いいね。こういうの。鈴音ちゃん、ありがとう。楽になった」


 久しぶりの姉の笑顔。嶋香の笑顔は、万人を幸せにできる、太陽のようだ。


「――強い怨霊がついているようですわね」


「うん。でも、なんでかな。あたしと波長が合ったの。振り向いた時には遅かった。でも、飛び込んで来たように感じたのよ。逃げ込んできた、というのかしら」


 颯真が口を挟んだ。


「――それは妙だね。恐怖とか、普通は感じるんだが」


「それを言うなら、白ノ城さんと向かい合った時のほうが怖かったわよ」と姉と颯真は秘匿会話を繰り広げ、鈴音は王領寺を御札で殴っていた。


 ――まだ、見てる。


 天領は一口も食べていない。長柄はひょい、と天領のタブレットを覗き込んだ。よくわからない使い方をしている。そもそも、右手でタブレット、左手でスマートフォンで情報を送り合っている状況がわからない。


「天領先輩、相変わらずね。……ねえ、ひ、悠斗さん? 何を見ているの?」


 スマートフォンのさるぼぼが揺れた。


(あ、名前で呼ぶと気付くのか)


 流水大学の考古学室の教授と准教授はこんな性格ばかりか。長柄は姉の代わりに天領に更にすり寄った。


 昼間の刀を見ている様子。確か、有栖川宮の遺品の刀――……。


「教授、間違いないですね」


 鈴音に貼り付けられた御札を剥がしていた王領寺が顔を上げた。


「――落札しろ。俺の名前でいい。底値で落とせ。やがては持ち主に繋がるだろう。引き摺り出してやるさ」


「それ、俺がやるんですよね……わかりました。オークション開始と同時に入札します」


「底値で」と念押しして、王領寺は一人で庭に出て行った。


「陰陽師たるあたくしを恐れないなんて! なんて、不貞不貞しい男なの! あー、もう。こういうときはお風呂よ、お風呂! 長柄ちゃん、うちのお風呂広いんですの。一緒に入りません? あたし、ちょっとおっぱい大きくなりましたのよ?」


 ――ぶっ。大人しく食後の茶を嗜んでいた颯真が吹いた。


「お兄様。あたし、準備して参りますわ」


 颯真は口元を拭いながら「分かった」と答え、全く食べなかった天領の膳を持って廊下に消えた。

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