横見菊の家紋

***

【横見菊】

 横向きに断罪した菊の花芯の部分。栄華を示し、かつては天皇帝の家紋と呼ばれる。


「あ、凄い刀」

「どれだ? 有栖川宮家紋要りの刀? 贋作だろ、それ」


 長柄はとんとん、と画面を指して、運転中の王領寺に翳して見せた。


『本作は江戸時代初期から中期にかけての極めて保存状態の良い有栖川宮家紋入の本歌本時代の重要刀装具級の入手し辛き名品。極上なる金梨地に有栖川笹の高蒔絵に加えて総太刀金具も有栖川笹唐草人物金具一作であり金梨地鞘の余白部分に僅かな解れが一処のみ見られるのみで、部分補修も可能な範疇となっています』


「天領~~~~~」


 首を振って、情けない声で後部座席の天領を呼ぶ。


「おまえなら、わかるだろ。この刀の種類はなんだ。国宝かよ」


「どれですか」と天領が椅子の合間から顔を出した。


「時代糸巻太刀拵。保昌貞宗極メの大磨上無銘太刀が付属……諸事情により同時別出品とさせて頂いており、合わせて御覧頂ければ幸いです……? ちょっと、これ!」


 王領寺のスマホを奪って、「落札したいなァ」と呟いたあと、王領寺と天領は顔を見合わせた。


「――人形と家紋が同じです。横見菊の三文。教授、これは」


「盗品だろうな。人形と抱き合わせで流されたか……おい、長柄、お手柄! 後でご褒美をやろう」


 さっぱり分からない長柄に、天領が説明してくれた。


「数年前の和宮遺品盗難で、奪われたうちの一つの可能性がある。和宮の人形は、本物の可能性が高い。強いては和宮替え玉問題をひっくり返すような事実が見えるかも知れない」


 車は八幡宮を遠く離れ、竹林に差し掛かった。


「表門でいいんだよな。それとも、天領だけ、裏門に捨ててくか」


 照蓮寺に張り巡らされた注連縄の数が増えている。一斉に行燈に照らされ、半紙が揺れる寺は、現実から離されたあやかしの宿に見えた。


「坊さんも、ナニか感じ取ったらしい。長柄、姉ちゃんがとりつかれた人形は、一筋縄じゃ行かなそうだ。仕方がないから、付き合ってやるよ」


 ぎゅ。

 ハンドルに片手を置き、王領寺は長柄の小さな手を握った。


「おまえの手、ごつごつしてるな」

「あ、剣道やってるからだよ。竹刀タコができてるんだ」


 王領寺はニヤと嗤った。


「強い女はいい。高校生、さっさと卒業しろ。淫行になっちまうわ」


 ――どういう意味だ? 


 顔に「分からない」と書いてあったのか、王領寺は肩を竦めた。


「俺とちゅーしたことは、口外するな? ――教授の仕事、好きなんで」


 聞いていた天領がすすっとタブレットを顔の前に持ち上げ、視界を遮断した。


「――だから、秘密にするなら、大人のキス、教えてやるよ」


 長柄は慌てて首を振った。逃げようにも、シートベルトががっちりと身体を押さえつけている。見れば王領寺は、スイとシートベルトを飛ばし外して、長柄に近づいていた。



「知りたいだろ?」とはからかっているのか。


「お、大人になったらで! あっち行け、淫行教授っ……!、それに、ここ、お寺!」


「坊さん怖かったら、考古学教授なんぞやってられませんて」


(もういや、こいつ! 話聞かない!)


 覚悟して、身体を強ばらせていたが、王領寺はそれ以上、手を出そうとしなかった。


「嘘だよ。――大人になったら、か。老後の楽しみだ」



 老後。

 長柄はぷっと吹き出した。



「お姉ちゃん、大丈夫かな。昔からすぐ、幽霊に好かれるんだ。こまったもんだよ」


「――大丈夫だろ。腹ぺこだよ。あの陰陽師ちゃん、牛鍋とか言ってたな。肉喰いてェ。おっにっきゅ」


 おどけてはいるが、さっきの王領寺は本気だった。もし、あの時「いいよ」って言ったら……考えれば考えるほど、頭が熱くなる。



 ――和宮の謎も謎だが、あたしにとっての謎は、あんただ、王領寺静。

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