鬼の准教授の危ない橋とアバウト教授の断定推理

「教授、ご無事で何よりです」


天領の声に、王領寺が缶コーヒーを自販機で買う音が重なる。手には二本。


「……ご無事ですがナニか」


厭味の応酬に慣れている口調で、天領に言い返し、車のフロントガラスを下げた長柄に、缶コーヒーを一本差し出した。


「間違いねェな」電子煙草に厭きたらしく、本物の煙草を咥えて、火を点けて車に寄り掛かる。長柄側の下げた硝子の隙間で喋る度に大きな背中が上下した。


「間違いないって?」

「和宮の人形の盗難があったと言ったろーが」


 背中越しだと声がくぐもる。天領が親指で外を示した。


 雨は降っていない。頷いて車を降りて、王領寺の正面に回る。


「――和宮の遺品は京都の宝積寺にあるんだが、数年前、皇后の展示会で一体が出された。その人形は忽然と消え、行方不明のままだ。天領、おまえの見解は?」


「そうですね。あの着物、江戸末期に流行った絣織、それに人形の着物の帯留めの家紋は有栖川三つ寄せ横見菊。旧称は高松宮で、家紋は三つ寄せ横見菊の 中央に十四菊花紋。家紋は有栖川宮は、かつて存在した宮家の一つ。伏見宮、桂宮、閑院宮とならぶ四世襲親王家 のひとつ。しかし、横見菊は、本物……とすると、あの和宮の人形は有栖川宮側ということになる。1987年に断絶しているはずですが――」


(凄い)と長柄は天領を尊敬の視線で煽ぐ。姉は、こういうヒトと謎解きをしていたのか。


(あたしは、帯の家紋なんか、あることにすら、気付かなかったのに)


「断絶してる宮家が、現代に甦ったとでも?」


「いえ、可能性としてです。教授、俺の論文覚えてませんか? 俺、家紋の断絶について卒論出したんですけど」


 王領寺は「んー」と思い出す振りして、「忘れた」とばっさり切った。


「どこかに、有栖川宮家の亡霊がいるということか。しかし、なぜ、八幡宮に和宮を返した? それも、朝だろ、長柄」


 突然話に引きづり込まれて、長柄は大きく頷いた。


「早朝だったよ。人形の髪は朝露を吸ってた。あと、赤ん坊のように包まれて置かれてたんだ。前日の夜にはあんな人形なかったけど」


 天領が珈琲を飲み終えた。


「密室殺人のトリック。実は犯人は中に潜んでいた……八幡宮はお客様の記録は」


「取らない。そっとお参りに来る人がほとんどだ」


 黙って聞いていた王領寺が「脱線してるぜ」と話を閑話から本題に戻した。


「和宮人形は全部で五体だ。しかし、ここからが重要。和宮人形を展示するはずだった博物館の館長が殺されているそうだ。それと、八幡宮の敷地内で、死体が見つかっている。

 従って、八幡宮では忌みの神事を行い、穢れを祓い始めるそうだ。そこで、疑われたのが巫女二匹」


 ――げ。


 長柄は王領寺を不安に駆られて見詰めた。


「当たり前だろ。人形は八幡宮にあったと、神主が伝え、おまえらが持ち出したところまでバレてる。当然、アホな警察はこう考える。『人形を奪う為に、殺した』簡単な思考だ。だが、穴に気付いてねェ。――で、俺の出番」


「教授! まさか、事実を言ったんじゃないでしょうね」


 天領の訝しげ満載の言葉に、王領寺は、ふー、と煙を吐き付けた。


「それがてっとり早いが、面倒の種になる。

悪いが、天領。きみの巫女への愛を利用した」


 天領が首を傾げた。前で、王領寺は煙草の吸い殻を踏み潰し、ハンカチに拾った。


「二番目の巫女と天領准教授が駆け落ち。俺は二人を連れ戻そうと三女と共に行方を捜している……おまえは警察が落ち着くまで、姿を見せるな。なーに、巫女さんと一緒に祓ってもらえばいいだろ」


 ぶるぶるぶる。背の高い天領が背中を丸め、小刻みに震えている。


(なんっつー。アバウト……)


「あのですね。教授、どんな危ない橋を渡らせるつもりですか!」


 同感。


 王領寺は「うるせえなあ」とばかりに小指を耳の穴に突っ込んだ。



***



「ともかく、殺しは警察どもに任せる。俺たちは、歴史の謎解きと、巫女さんの解放。それに、警察に知られずに和宮の人形をお返しする。いささか難しいがやってみよう。天領、さっきの宮家の家紋の話、題材は悪くないが、ツメが甘いんだよ。俺たちは探偵じゃない。歴史の全貌を暴く極悪人の覚悟をしろよ」


 いつになく強い口調で告げると、王領寺は「な?」と長柄に向いた。


「没落した宮家がどう、現代まで生き延びたかは興味があるな。横見菊は公家・宮家の象徴。御所車の車輪がモデルだ。菊を使うなら、絞れるぜ。三条だ。京都の三条の公家で、菊をもつ貴族を当たれば、いやでも見つかる」


「王領寺」


 呼び捨てなどどうでもいいらしい。鷹のような視線が長柄を射貫く。


「あたしにも、できることない?」


「――なに? 俺たちの間に入れるのかよ。長柄、歴史の成績はAか?」


 ――うっ。


「……Bです」と小さく答えると、王領寺のスマートフォンが飛んできた。かなり画面が大きい。きょとんとして見上げると、王領寺はすいっと顔を近づけて教えてくれた。


「俺のスマホ、歴史の文書用のアプリ入ってんの。おまえはそのスマホで、横見菊についての情報を集め、天領はタブレットで和宮の情報収集だ。俺は愛車を運転する」


「わかりました」と天領が後部座席に座り,長柄も隣に乗ろうとして、「おまえは助手席」と腕を引かれた。


「急いだほうがいいな。ふん、警察と、考古学。真っ向勝負してやる。あちらさんが死体から和宮の残党に辿り着けば大したもんだがな!」


 ――和宮。


 長柄はエンジンのかかった車内で、まず「和宮」「遺体」で検索を始めた。


(気になるんだよ。左手のない、埋葬と遺体。……人形にまで同じ細工を施すなんて、狂気染みてる気がして)


 それに、その狂気染みた人形を、姉はじっと抱いている。一刻の猶予もない。


「……長柄、Yahoo!ニュースなんか見てるんじゃねーよ。……シートベルト」


 車が走り出したが、王領寺の運転は乱暴だ。王領寺は表情こそ穏やかだが、中身はとんでもない怪物な気がしてきた。


「論文、上がってたか……?」


ハンドルを切りながら「ま、いいか」と暢気な独り言。天領は黒縁眼鏡を押し上げて、必死にタブレットを操作し、しきりにメモを取っている。


 真面目なお兄さん。心には、姉が住んでいるのだろうか……。


「ああなったら、話しかけても無駄だ。長柄。鬼の天領准教授には触らぬが吉だぞ。一生懸命な顔は悪くない」


 王領寺は誇らしげに告げると、ギャン、とハンドルを急激な速度で回した。


「横見菊のネタが出て来たら俺に知らせろ。家紋か。生きて在った証だからな。お偉い方というのは、生きた証を遺したがる。しかし、もしもだ。本当に断絶させられた「旧宮家」だとしたら、報復か? それとも、和宮の人形を取り返したかった……?」


 謎解きは嫌いだ、王領寺は確かに告げた。

 長柄は膝を抱え直す。


 それでも、誰かのためになら、謎を解くのだろう。多分、憐れなり和宮さまと、姉、嶋香のために。



「よろしくお願いします。……教授」



 王領寺は目を細め、静かに微笑んで見せた。



 ――見透かされてる。やっぱり、大人は狡猾だ。

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