教授、人形の正体を見抜く


 天領たちがやって来たは、正午近かった。


「お言葉通り、やってきたけど」

「お参りようこそ。……遅かったね」


「――俺の講義にイチャモンつけた学生をやり込めていた」と天領は苦虫を噛み潰して、王領寺は腕をまくると、「人形は?」といそいそ聞いてきた。


「あ、境内の隅っこに置いてあるけど……足が不自由で、一人で座れないみたいなんです。あと、左手がないんだ。


 王領寺が振り返った。


「左手がない? ――巫女妹、それは本当か? いや、この目で見たいな」

「構いませんよ。外に出して、境内に置いたので」


 と王領寺を連れて、回廊を歩いて、人形のところへやってきた。


 人形はクタクタしていて、ペレットが詰まっているように見えた。回廊の影で、ぐったりと背中を持たれかけさせている。


「ちょっ、長柄! なんていうところに置くの」


 暗がりにぼうっと見えた人形に、嶋香が天領の腕にしがみつく。


「雰囲気ばっちりじゃねェか」と王領寺が嬉しそうに告げた。


「――人形ってェモンは、呪いだからなァ……どれ、お顔を見せて頂戴な」


 膝をついて、人形を抱き上げた。足がくたっと降りた。王領寺は何度か足を弄り倒すと、両手で姫だっこのように人形を抱きかかえ、裾を捲った。


「足のパーツが切れてんな。……ちょっと失礼」

「教授、人形相手に何をするんですか」


「ばっかやろ。俺は女に不自由してねェ。――型番がねぇな。……普通フィギュアなら、型番が見えないところに彫り込まれているはずだが、それに、この人形、可動式にしてはパーツが古い。これは、そうとう昔の人形……」


 王領寺はじっと人形の顔を覗き込んだ。


「どっかで見た顔だな……」と呟いたところで、天領が嶋香を指す。


「嶋香に似てるンですよ。丸い頬、目、つんとした唇まで。おまえさん、丸いよな」


「むか」と口に出した姉の顔を見比べた。



(おかしい。姉と人形が似ているんじゃなくて、姉が人形に似て来たのでは……憑依されると顔が似る。そうだ。あの言葉……)




 ――(あの子にしよう、後ろの正面、だぁ~れ……)――



 ぞっ。


 長柄はもう一度、自分の考えを繰り返す。


 ――姉と人形が似ているんじゃなくて、姉が人形に似て来たのでは。


「――ホント、どっかでこの顔知ってんだよな。おい、天領。おまえはこの人形から何か見つからないのかよ。ったく。発掘現場の髑髏は掴むくせに、なんで人形が苦手なんだか」


 天領は喧嘩を売られたと思ったのか、ぼそっと「着物ですかね」と参加してきた。


「着物?」嶋香が質問すると、にっこり笑う。結構ないけずだと思う。


「その着物は西陣織だ。京都の染め着物の総称なんだけどね。――帯ヒモも、長襦袢も、人形とは思えない。誰だったかな。【着るとても 今は甲斐なき 唐ごろも 綾も錦も君ありてこそ】辞世の句を詠った女性がいたんだ」


 歴史のことになると、幽霊や人形の恐怖を吹っ飛ばすらしい。天領はいつものペースになった。


「応仁の乱で西陣という構えができ、それにちなんだ織物だから西陣織。江戸より、京都で流行った着物で、高級品だ。この人形が身につけている着物道具はどれも本物。鑑定に出せば、数百万の値打ちがあるに違いない。 ――教授?」


 王領寺は口を開けたまま、目を見開くという、器用な表情だ。


「喉が渇いたんですか?」きくと王領寺が顔を上げた。顔が真っ青だった。



「謎がわかった」

「いつもながら、早いです!」


 天領に「俺は面倒な謎解きは嫌いだ」としてやって、王領寺は早々に口にした。



「和宮――。間違いない! この顔……足がおぼつかない……徳川第十四代徳川家茂に降嫁した、天皇の和宮親王だ!」

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