頑固な姉のラブシーンほど……

***

 ――八時。



「俺も行く!」と捨て台詞を置いて行った王領寺は戻って来ない。さすがに嶋香がそわそわと時計を気にし始める。


「先に戻っていい。教授は俺が連れて行くから。それでいいだろ。おまえさんたちは八幡宮に戻らないと、天照大明神がお怒りになるよ」


「それもそうね」と嶋香はさらりと躱して、もじ、と手を擦り合わせた。


「義兄さん」


 ヒト肌脱いでやるか、と長柄は吐息まじりに苦手なおべっかに挑戦する。


「姉は頑固なので、ちゃんと向かい合ったほうがいいと思います。いちいち喧嘩されると、見ているこっちが鬱陶しいので」


「大丈夫だよ」


天領は人の良さそうな笑みを浮かべると、「有り難うな」と長柄の頭を撫でた。


 ――うーん、素敵だが、ときめかない。


「嶋香、そわそわしていても教授は戻らない。八幡宮に戻れ」

「わ、わかってる……っ。でも、足が動かないんだもの」


 ――頑固。多分、姉は天領のそばを離れたくないと思っている。何かすれ違いがあって、離れると怖い……なんて、わたしには理解できないのだが。


「嶋香。おまえさんは、そんなに弱かった?」


「よ、弱くないもん。違うの。――駄目なの? そばにいたいって思っていたらダメ?」


「しーまか」



 ――おっと。



「あたし、廊下にいるね!」とスタコラサッサと研究室を出るに限る。ふと、ドア越しに見ると、姉は天領の大きな身体に包まれて、すり寄っているように見えた。


(ごふぅ)


 身内のラブシーンほど、罰の悪いものはない。ふと、廊下の自販機が目についた。


(変な呼吸しちゃった。落ち着け、あたし)


 カフェオレのパックを狙ったところで「長柄」と姉が顔を覗かせ、「買ってあげる!」と100円を自販機につぎ込んだ。


 どうやらお詫びのつもりらしい。


「さ、急いで! 今日も元気にお勤めよ!」


 くるっと振り向くと、嶋香はぱぱっと手を振った。もう仲直りしたらしい。変なカップル。


 時刻は八時二〇分。八幡宮開門は九時。信号に捕まらなければ、ぎりぎり到着する。




 優しき姉が道行くおばあちゃんのお荷物を気にしなければ……の話だった。

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