流水大学の教授と准教授

***


 飛騨高山屈指の国立大学。流水大学は桜雛八幡宮から南方に位置している。日本海側気候で、一部地域は中央高地式気候、全域で内陸性気候という冬は寒く、夏は暑い。ヒートアイランド現象のど真ん中に突き落とされたかのような、日本でも市町村の面積が一番大きいのどかな山地。


 山岳には地層や、化石も多いので、考古学のメッカにもなるだろう。姉、嶋香の婚約者の天領悠斗准教授は、流水大学の考古学専攻に所属している。


「巫女さん、こっち向いて!」


 流水大学の正門を潜るなり、生徒が長柄と嶋香をはやし立てる。そりゃそうだ。巫女の正装は目立ってしかたがない。


 長柄は嶋香の袖を掴んだ。


「お姉ちゃん、いきなり天領さん、驚くって!」

「だって! 気味が悪すぎるのよ! 見て貰おう! あれ、歴史的な何かが宿ってるのよ。こういう謎は、天領先輩が喜んで解決してくれるわよ!」


 走り慣れているらしく、嶋香はまっしぐらに奥の流水キャンパズに向かって行く。


「管理人さん、おはようございます!」と管理人のおじさんへの挨拶まで。


(いいんだけど。なんで、あたしまで……)


 嶋香の緋色の袴を羨ましく眺めながら、階段を登った――ところで、嶋香が足を止めた。


「もしもーし?」


 嶋香は振り返ったが、なぜか泣きそうな表情。


「あたし、先輩と喧嘩してるんだった。……うっかり来ちゃった」


「仲直りすれば? どうせくだらない意地の張り合いでしょ」


「イヤな子ねぇ」と嶋香は「んー」と考え込むと、長柄の手を引いた。ドン、と背中をおした。「あんたが行って」との合図らしい。


「あたしはいないっていって」


 ――何をやっているのやら。長柄は吐息をつくと、《日本考古学・研究室》のプレートを確かめた。間違いない。ここだ。


「すみません! 失礼します!」


 剣道をやっているお陰で、声だけはよく通る。「長柄ちゃん?」と天領の声に「こんにちは」と言った後で(義兄さん)と付け加えるべきかを悩んだが、まだ婚約と聞いている。長柄の前で、天領はにっこり笑った。


「義兄さんと呼んでいいよ。――嶋香がなんと言おうと、俺は結婚するよ」


 ――面倒事は嫌だな。果てしなく面倒な気配がする。


 長柄は取り合わず、「お暇ですか」とだけ確認した。天領は見目が良い。今風のふわふわの髪もお洒落だし、知識もある。腕っ節は戦ってみないとわからないが、槍投げの選手だったなら、それなりに強いだろう。


 それに、姉一筋の猪突猛進(に見える)な愛情の持ち主だし。姉は何が不満なんだか。ごうつくばりの姉巫女め。


「――嶋香は?」


 長柄はしれっと答えた。「し、しー」と背中を丸めている嶋香の声は多分聞こえている。


「廊下にいます。逢いたくないって。……あの、迷惑なんで、喧嘩とかしないで欲しいんですけど」


 天領はむっと目を吊り上げた。


「……好きなら当然だろ」とか何とかのぼやき。やっぱり恋愛のイザコザには巻き込まれたくない。顔を背けたところで、奥から男が一人「なぁにやってんだぁ」とばかりに姿を現した。


 ぼりぼりぼり。

 足で足を掻く。


手には薄いファイルバインダー。男は長柄を見て、首を傾げた。


「俺、巫女コス頼んだかな。いいねえ、ショートカットの巫女。モエモエだ」


「教授。――セクハラで追放になりますよ。俺に教授のポストが転がってくるから構いませんが。で、長柄ちゃん、どうした? お姉さんはそこでしゃがんだままでいいよ」


 誠実そうな瞳に安心して、説明を始めた。嶋香がすくっと立ち上がった。


「境内に、怪しい人形が置いてあったんです」


「人形?」


「はい。朝露に濡れた、白い布に包まれた物体で、最初死体かと思ったら、人形でした。それが、さっき、動いて」


 克明に説明するうち、天領の顔が青白くなって来た。


(急に腹が痛くでもなったのかな……)


「――で、人形が笑ったんです。姉がすてーんと転んだ瞬間、クククって」


「……それは、怖いね」


「あたしには聞こえたんですけど〝あの子にしよう、後ろの正面、だぁ~れ……〟と」


「ストップ」と天領は片手で顔を覆い、無言になって壁に寄り掛かった。嶋香がひょこっと顔を出した。


「あ~ら、准教授さんともあろうものが、幽霊が嫌いですかぁ?」と皮肉を吐いた。


「嶋香、おまえさん分かってて嫌がらせに来たね」


「……長柄、考えたら天領先輩、オバケ、幽霊苦手だったわ。父がどこから持って来たのか聞きましょう」


 睨み合った二人に、先ほどのボサ男が割り込んだ。


「恐らく、庭。それも、多分見つからない場所に置いてあるのを、神主が保護した」


 なんだよ? と言わんばかりのだるそうな目が、虚空に向く。


「詳しくは人形を見てみないとわからんが……八幡宮に置き晒したお菊人形か。興味があるな。見れば時代が分かんだろ。目が動いたのは、錯覚だ。目が動いているように見えるよう、虹彩――アドレッセンス――を使用すれば、目が輝いているように見せるが可能だ」


「あんた、誰」


「教授の王領寺静。ああ、静御前の静、な。天領の飼い主」


 教授らしい。長柄は突然現れた斑ヒゲの男を見上げた。


「アドレッセンスってなに」

「目の中に、わざと傷を入れんだよ。光が反射し合って、動いたように見せかける。天領、行くぞ。巫女さんがわざわざ二人で来てくれたんだ。俺は人形の専門家ではないが――」


 天領が明かに(まずい)という表情をした。

 王領寺は恍惚とした表情を浮かべた。


「理想の女性、卑弥呼、藤原薬子を初めとする、歴史の各々の姫、皇后とくれば、当然貝合わせや、文学、そして愛でし人形の数々! かつての豊臣の3姉妹は人形を愛し、大奥の孤独な女性は、人形で心を宥めた。八幡宮に置かれたなら、そういった類いだろうな。俺としては、皇后の――」


「教授、講義の準備の時間です」


 腰を折った天領を睨み、教授はしぶしぶと立ち上がった。後で、くるりと長柄に向いた。


「八幡宮に俺も行く。行くったら行くぞ!」


「人形、歴史女性のマニアなんだ」と天領が頭を抱えた。

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