序章:境内のお人形

序章:境内のお人形

***


 ――なんだ、この白い包み。誰が置いたんだよ。


 剣道の朝稽古の後、雛長柄は竹刀で置いてあった包みを突っついた。どうやら、白い布に包まれた何か。

 布は汚れていない。雛長柄は竹刀をそっと廊下に置いた。


 八幡宮の敷地は、朝稽古にちょうど良い。今日もノルマの素振りをこなして、戻って来れば、境内にちょこりんと置いてあった。


 ――無視無視。面倒事には関わらないが、あたしのスタンス。お姉ちゃんみたいに問題に巻き込まれたくないからね。


 姉の嶋香は、先日も保険金のうんたらに巻き込まれたらしい。伴侶(予定)の天領准教授、悠斗義兄さんがいなかったら、多分今頃雑木林だろう。


 それに、変なさるぼぼをご神体の前に置かせてくれと、父に頭を下げていたな。


 ――そういえば。


 嶋香と天領は、夜、二人で蔵に入っていって、しばらく出て来なかった。


「…………ま、関係ないか」


 長柄は竹刀を構えると、肩でぽんぽんやって背中を向けた。

 二歩、歩いてまた振り返る。


(汗を流してからと思ったけど、駄目だ、気になる)


 桜雛八幡宮の初夏の朝。ひんやりとした梅雨の風が過ぎた。


 すたすたすた。また包みの前にやってきた。短い髪が額に貼り付く。珍しい。クールな受遺分が冷や汗だ。


(そりゃあたしもバカじゃない。境内に、動かない、白い包み――)


 白い包みの一部がひらりと捲れ上がる。ちら、と手が見えた。

 大きさは長柄の腕にちょうど収まるくらいだった。そう、ひょいっと抱けそうな。



【こちらの神社の境内に、朝、赤ん坊の遺体はそっと置かれていたそうです】


(思わずワイドショー、想像しちゃったよ。……ごく)


 息を飲んで、立て膝で包みの上に上半身を持って行く。恐る恐る、白い布端を抓んで、ゆっくりと広げた。


 包みの中のモノに指が触れた。


 ひんやりしている。朝の花冷えの影響だろうか。


 ――冷たい、ヒトガタのモノ。


 思いつくは、死体、遺体……ここは八幡宮だ。穢れならば断固祓わなければ。

 長柄も三人官女の三女でありながら、巫女だ。神道の世界に入りたい。それも、いつかは女神主になりたいと思っている。


 まだ十八歳だから、無理ですが。


「祓い給え、浄め給え。天照大明神さま」


 そっと手を差し込んでゆく。


 ――やはり冷たくて、つるつるしている。


 飛騨高山に朝陽が昇った。厳かなオレンジの光が、靜かに山の輪郭を削り始める。


 昇り始めた朝日が照らしだしたものは、日本人形だった。


「なんだ。死体じゃなかった。そりゃ、そうだよね」


 長柄はほっと胸を撫で下ろした。後で、じっと人形を見下ろす。



 ――なぜ、早朝の境内に?



***


 可愛らしい丸い頬に、垂れた目。真っ直ぐな黒髪に、一風変わった着物の柄。だらんと手足を落として長柄を見るは、大層良くできたお菊人形だった――。

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