桜雛の桃色御朱印帳 4

***


「どうした? 嶋香?」憑りつかれた張本人がやってくると、幼少の嶋香もやって来た。ふわり、と浮いて天領の肩に立った。


「先輩、何か感じませんか?」天領は首を傾げ、「今日は暖かいけど」と首のあたりを撫でている。


(うーん……どう説明したものか)


 そもそも、何故、御神体が出て来た? 嶋香ははっと桜インクを見詰めた。


(まさかと思うけど、わたしの力? さっき、二年前の桜に想いを馳せつつ、ハートなんか書いたから?! でも、それなら、二年前のわたしになるはず……いや)

 嶋香は頭を振った。二年前の嶋香はまだ、天領のプロポーズを受けていないから、奥手で何も進みやしなかった。今も進んではいないけれど……。

「嶋香? 浮かない顔だな」恐ろしいは、天領は見えないのに、小さい嶋香を肩車しているように支えている部分だ。見えないくせに、分かってるから性質が悪いが、嶋香はあることに気が付いて、天領をじっと見上げた。


 ――こども、似合う。こんな風に娘が出来たら抱き上げて桜を見せてあげるのかな。


「先輩、御朱印帳出してよ。もう一回書いてみる」見ていた嶋香がぴくんと動きを止め、ふっと桜を吹いた。途端に小さなつむじ風。御朱印帳は舞い上がって桜の木々の間に挟まってしまった。


「ちょっと! 悪戯しないでよ! せっかく描こうとしたの……に」


 幼少の嶋香は天領の首にぎゅっと捕まっていやいやを繰り返す。どういうことだろう?

 嶋香は1人で、桜を見詰めた。

(まるで、わたしがハートを描くを邪魔しているみたい)


「――分かったよ。もう、描かない」

「嶋香」

「――おまつり始まるから。先輩は、その子と一緒にいればいいじゃない! いつまでもいてくれるよ!」

「おまえさん、何言ってんだ……疲れてるなら、少し休めば」

「誰のせいかなっ? ……うん、ちょっとだけ、休む……」


 とぼとぼと歩いて、境内の裏手に腰を下ろした。ちょうど裏参道にあたるため、普段は封鎖されている。まだ、霜柱が立っているし、霊気も凄い。


 天領先輩にヤツ当たっても仕方ないのに。

 

 嶋香は桜を見上げた。――いつまでも、いじっぱりだ。だから、あんな御神体を讀んでしまう。あれは幼少のわたし。御神体なんかじゃないもん……。

 情けなくて、涙が出た。その時、遠くから、ちりりん、と錫の音がして、正門からひょっと菅笠を被った僧侶と、陰陽師の恰好をした女の子が近づいてくるところで。


「桜雛の巫女ちゃん? 久しいね」

「あ、嶋香お姉さま! お兄様と地方の桜祓いをして回ってますの! でも、こちらの桜は変わらずあでやかで……お兄様?」


 颯真はじ、と花弁と枝葉を伸ばす御衣黄桜を見上げ、錫を高く掲げた。


「主がいない? ご神木の本体が、行方不明のようだけど」

「本当ですわね。空っぽ。お出かけなんて珍しいですわ」


――飛騨高山屈しの陰陽寺、正連寺の次期住職、遠藤大谷颯真とその妹鈴音だった。これも仏の思し召し。ここは八幡宮だけど、天照が呼んでくれたのかもしれない。


嶋香は泣き顔を上げた。

「天領がまた祟られた?」

 

 聞いた颯真が声を上げる。天領は前も祟られて狐の仲間入りになりそうになった事件もあるし、女性の幽霊に祟られやすいらしく、女難も悪い。


「視れば分かるよ。多分、驚くと思うけど。二年前に頼んだ桃色インクでハートを描こうとしたら、媒介にして出て来ちゃって。先輩にべったり」


「ははっ……笑っている場合ではないね。鈴音、これは祓って良いものか?」


 桜を見上げていた鈴音は「祓ったら、御神体さまが戻れなくなりますわよ。嶋香お姉さま、泣かないで」

「泣きたくもなるっ! だって、わたしなんだもん! 分かる? 憑りついてるの、昔のわたしなの! 先輩に虐められて泣いてばっかりだったわたし!」


「ふむ」そこで感情などものともしない坊さんは、色気のある目元を細めた。


「つまりは、二年前の、巫女ちゃんの念を今の巫女ちゃんが呼び出した、と。きみも力が強いからな。何を願ったんだ。そんなに、具現化させるほどの祝詞?」


 ――至極、言いにくい。


「……と」


 嶋香はぼそりと告げた後で、短気を起こした。


「桜雛八幡宮ハートって描こうとして、ぶるぶるして来たから、強く願って描いた!」


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