第21話 新しい関係ができました

 そうして落ち着くと、思い出を消した人はここへは来なくなるらしい。

 役目を終えた冊子は、念のためしばらく保管した後、燃やしてしまうという。


「でも、普通ならありえない事ですから、やっぱりビックリしました」


 素直に感想を伝えると、記石さんが笑った。


「超常現象ですからね」


「確かにそうですけど……。記石さんが操ってるんですよね?」


 なのに、人ごとみたいだなぁと思ってしまう。


「操るというか、取り決め通りにしているのですよ」


「取り決めですか?」


 鬼と約束をしているというだけで、私には驚きなのだけど。


「相手は欲を優先する代物ですからね。決め事をしておかなければ、制止できないものもありますから。それでも予想外の行動をすることもありますしね。美月さんの感情をつまみ食いしたことのように」


 つまみ食い……と言われると、私の感情っておやつみたいだなと思う。するとそこに、あの鬼がふわりと現れた。


「なんか美味しいんだよね、この子の感情」


「ヒャっ!?」


  記石さんの姿で現れた鬼は、私の背中に触れて、うっとりとした表情をみせる。


「だからもう少し、つまみ食いしても良いだろう?」


 そう言いながら、背中にまわした手を動かす。

 くすぐったい、逃げようとする前に、記石さんがその手をはたき落として、私の手を引いて自分の方に避難させてくれた。


「感情を食べられすぎると、美月さんが無感情になってしまいます。長くお世話になりたいなら、美月さんに許可をもらって一日一度までにしなさい」


「無感情!?」


 だから記石さんが止めたのかとわかった。 さすがに無感情というのは困る。

 お母さんや芽衣達にびっくりされてしまうし、日常生活に支障も出るだろう。


「い、一日一回までで!」


 慌ててそう言うと、鬼がうっとりするような笑みを浮かべた。


「そう決められたのなら仕方ないな。……でも、そう言ったのだからここに通ってきてくれるんだよね?」


「え?」


 毎日ここに通うの? 問題が解決したのだし、さすがにそれは……と思う。

 お金は有限だ。週に三回ぐらいならまだしも、毎日はきつい。


「おこずかいが足りないと思うんです……」


 恥を忍んでお金不足だから、毎日は無理だと言えば、鬼は「それなら」と提案してくる。


「俺が君のところに行こうか。どこへだって俺ならついて行ける。学校へ行けばいいか? 人が集まる場所なら、色んな感情が浮かぶはずだし、その一つをもらっても問題ないだろう?」


 学校はちょっと……と考えたけれど、確かに感情が一番発生しやすいのは学校かもしれない。記石さんが誰にも姿を見られないのなら、と思ったけど。


「待ってください美月さん」


 記石さんに止められた。


「こういう妖怪変化を、安易に招き入れる約束をしてはいけませんよ。それにこの鬼は、私の言うことは聞かざるを得ませんが、美月さんとの約束は破ることができるんです」


 油断してはならないと言われる。でも毎日通うのは難しいし……と思ったら、


「それなら、ここでアルバイトをするということにしますか?」


 記石さんの提案に目を丸くする。


「アルバイトですか?」


「それなら学生でも、無理なくここに通えるでしょう。あと、週に三日ぐらいでかまいませんよ。なにせ私は、一日一度とは言いましたが、毎日与えてもらいなさいなどと、この鬼と約束はしていないのですから」


 記石さんはにっこりと微笑んでみせた。

 ほーと、私は感心する。確かに毎日つまみ食いさせて下さい、などとは言われていない。

 それにアルバイトなら、お金を使わないどころか増えることになるし、そろそろ一つぐらいしてみたいと思っていたのだ。

 だから。


「アルバイトでお願いします」


 私はそう言って、記石さんに頭を下げた。


「そろそろお手伝いしてくれる人が欲しかったんですよね。これで僕の問題も解決しました」


 と記石さんは喜んでくれて、私のアルバイトは決定した。


 その日家に帰って、アルバイトをしたいとお母さんに話すと、


「いいんじゃないの? 勉強さえおろそかにしなければね」

 と、こちらも軽く許可をくれた。

 たぶんお母さんならそう言うとは思っていた。成績があんまりにも下がったら、止められると思うから、そこだけ気をつければ今後も大丈夫だろう。


 そうして翌日、学校へ行った私は、亜紀の様子を確かめた。

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