第百六十二話 救う手段

 葵は、本堂から出て、瀬戸に報告する。

 静居は、帝を恨んでおり、手助けしようとしないのだと。

 葵は、静居に失望し、自身の手で、平皇京を救うことを話した。


「そうか。静居様は、そのような事を……」


「うん。確かに、気持ちはわかるけど、今は、そのような事を言ってる場合じゃないと思う」


「そうだな……」


 葵は、静居が、帝を恨む気持ちもわかる。

 だが、平皇京に住む人々を見捨てていいわけがない。

 彼らと協力し合い、和ノ国を守っていかなければならないのだから。

 瀬戸も同意見のようだ。 

 どのような過去があったとしても、帝や人々を見捨てるわけにはいかないのだから。

 ふと、葵は、瀬戸に関して気になることがあった。

 それは、瀬戸が、静居の事を「静居様」と呼んでいる事だ。


「ねぇ、瀬戸、聞きたいことがあるんだけど」


「どうした?」


「君は、どうして、静居の事を様と呼ぶようになったの?静居が、大将だから?」


 葵は、瀬戸に質問する。

 今まで、瀬戸は、静居の事を呼び捨てにしていたというのに、なぜ、急に様とつけるようになったのだろうか。

 葵にとっては、違和感でしかない。

 いくら、静居が大将になったと言えど、同じ聖印一族だ。

 なぜ、静居に気遣うのだろうか。

 葵は、気になって仕方がなかった。


「……やはり、君は、何も知らないんだな」


「え?」


 瀬戸は、難しそうな表情を浮かべて、呟く。

 葵の問いに対して、確信を得たようだ。

 葵は、何も知らされていないのだと。

 そして、葵に話すべきかどうか、躊躇していたが、隠し通せるものではないと判断して、瀬戸は、葵に語り始めた。


「実は、一年前、私達、鳳城家の位は下がったんだよ。一番下に」


「え!?」


 葵は、驚愕する。

 なんと、鳳城家の位が下がったというのだ。

 しかも、一年前に。

 葵が、武官に任命された時期と同じのようだ。


「その位を決めたのは、まさか……」


「……静居様だ」


 葵は、推測してしまった。

 鳳城家の位を下げたのは、間違いなく、静居であろう。

 瀬戸曰く、皇城家が一番高い位であり、次に千城家、安城家、天城家、万城家、蓮城家、真城家、鳳城家となってしまったようだ。

 静居は、鳳城家の者達の事も恨んでいたのかもしれない。

 鳳城家は、皇城家の人間を罵り、冷ややかな目で見てきたのだから。


「皇城家が、一番、位が高いのはわかっていた。だが、位の低い私は、君に会うことさえも、許されなかったんだ」


「静居は、そんな事まで……」


 静居は、一年前、鳳城家の者に命じたようだ。

 今後、皇城家の人間と関わりを持つことを禁じると。

 もし、皇城家と話がしたいのであれば、自分の許可が必要となると。

 なぜ、自分達にそのような事を命じたのかは、不明だ。

 静居の命令により、瀬戸は、葵と会うことを禁じられてしまい、ゆえに、葵と会うことを避けてきたのだ。

 しかも、捨て駒のように扱われたものもいるという。

 葵は、愕然とする。

 なぜ、静居は、鳳城家にそのような仕打ちを行ったのだろうか。

 罵られてきたと言っても、このような行いは、非道でしかないと。

 葵は、静居の心情が理解できなくなっていった。


「ごめん、何も知らなくて」


「いや、いいんだ。知られたくなかったのかもしれないな」

 

 葵は、瀬戸に謝罪する。

 だが、瀬戸は、葵が悪いとは、思っていない。

 むしろ、静居の気持ちを理解しているようだ。

 葵にだけは、知られたくなかったのだろう。

 もし、葵が、この事を知ってしまったら、軽蔑されると恐れていたのかもしれない。


「そんな事よりも、今は、鬼の事をどうにかしなければ」


「そうだね。でも、平皇京に行くには、時間もかかるし……」


 瀬戸は、自分の事よりも、西地方の問題を解決しなければならないと葵に促す。

 葵も、位の事は、気になるが、まず、鬼をどうするか、対策を練らなければならない。

 だが、平皇京まで行くには、最短で一週間かかる。

 それよりも、前に、鬼が襲撃してしまっては、彼らを救うことはできないのだ。

 自身が神懸りを発動して、瀬戸を抱えていくことも可能だ。

 だが、鬼を討伐するには、戦力が足りない。

 それに、平皇京に到達したとしても、力を使っている為、体に負担がかかってしまうだろう。

 となると、効率の良い手段が無く、葵達は、頭を抱えた。

 しかし……。


「私に、いい考えがある」


「え?どうすればいい?」


「私に、ついてきてくれるか?」


 光黎は、何かいい案が浮かんだようだ。

 葵は、藁にも縋る思いで、光黎に尋ねる。

 すると、光黎は、葵と瀬戸をある場所へと連れていった。



 そこは、聖印京から遠く離れた場所。

 天利堂が、建てられている場所であった。


「ここは……確か、天利堂だったよね?」


「そうだ」


「天利堂は、真城家が管理していたと聞いていたが、なぜ、ここに?」


 天利堂の事は、葵達も、知っている。

 いつ、建てられたのかはわからないが、由緒正しい建物である事は聞かされていたのだ。

 神が授けた建物だと言われているらしい。

 ゆえに、真城家が天利堂を管理していたのだ。

 だが、なぜ、光黎は、葵達をここへ連れてきたのだろうか。

 葵と瀬戸は、見当もつかなかった。


「天利堂は、仮の姿だ」


「仮の姿?」


「まぁ、見ておれ」


 光黎は、力を発動する。

 すると、天利堂は、共鳴するかのように、見る見るうちに、変化し、一回りも巨大化し、城へと姿を変えた。


「わっ!」


「変化した!?」


 葵と瀬戸は、驚愕し、目を見開いている。

 まさか、天利堂が、変化するとは、思ってもみなかったのであろう。

 だが、驚くことは、これだけではなかった。


「それだけではないぞ」


 光城は、さらに、力を発動する。

 すると、大地が大きく揺れ、葵も、瀬戸も、ふらつきそうになるが、互いを支え合う。

 城へと変化した天利堂は、ゆっくりと、浮かびあがり始めた。


「「う、浮かんだ!?」」


 葵と瀬戸は、声をそろえて、驚く。 

 城が浮かぶなど、誰が予想できたであろうか。

 まさか、天利堂にこのような仕掛けがあったとは。

 葵と瀬戸は、あっけにとられた様子で、城を見上げていた。 

 光黎は、嬉しそうに城を見上げていた。


「真の名は、光城。かつて、創造主から託されたものだ。それを天利堂に変化させて、神の一族に守らせていた」


「そういう事だったんだ」


 光黎曰く、光城は、古き時代に、創造主から託されたものらしい。

 おそらく、聖印一族が神の一族と呼ばれていた時代なのだろう。

 その時から、真城家が管理していたのかもしれない。

 葵は、納得していたが、やはり、驚きは、隠せない。

 目を瞬きさせながら、光城を見上げていた。


「さあ、二人を乗せよう」


「え?」


 光黎は、二人を光城に乗せると告げたのだ。

 葵も、瀬戸も、動揺を隠せない。

 あの浮かんだ城へとどうやって、乗るというのだろうか。

 困惑している二人を見て、光黎は、何も説明せず、突如、光を発動する。

 葵と瀬戸は、光に包まれ、一瞬のうちに、光城へと吸い込まれていった。


「ここって、光城の中?」


「そうだ」


 光城の中にたどり着いた葵は、すぐさま、自分達がいる場所は、光城の中である事に気付く。

 光黎は、うなずき、答えた。

 今、葵と瀬戸がいる場所は、大広間と呼ばれる場所であり、広い空間となっている。

 何十人も入れそうな場所だ。


「すごいなぁ」


 瀬戸は、あっけにとられた様子で、大広間を見回している。

 光城が、浮いている事も、光城の中が思っていた以上に広い事も、信じられないくらいだ。


「ここからなら、すぐに、どこにでも行ける。平皇京も行けるぞ」


「なるほど、これなら、すぐに、行けるね!瀬戸」


 光黎は、光城にいれば、どこへでも移動できる。

 つまり、時間をかけずに、すぐに平皇京にたどり着けるというわけだ。

 葵は、目を輝かせ、瀬戸に語りかける。

 瀬戸は、顔を赤らめて、葵から、目をそらした。


「そ、そうだな」


 瀬戸は、思わず、目をそらしてしまったが、なぜ、自分が、顔を赤らめてしまったのかは、見当もつかない。

 葵が、満面の笑みを浮かべたからなのだろうか。

 だが、葵は、男だ。

 男に惚れるはずがない。

 瀬戸は、自身が、どのような感情を抱いているのか、理解できず、困惑していた。


「ねぇ、瀬戸。君の部下をここに呼び寄せられないかな?彼らの力が必要となると思う」


「そうだな。だが……」


 葵は、瀬戸に懇願する。

 彼の部下をここへ呼び寄せてほしいと。

 鬼と戦うのだ。

 自分達だけでは、不利になってしまう可能性があるからであろう。

 だが、瀬戸の部下が、来てくれれば、心強い。

 瀬戸も、そうしたいところではあるが、勝手な事をすれば、武官と静居に知れ渡ることになってしまうだろう。

 部下にも迷惑をかけることになる。

 討伐隊の武官が、それを許可するとは、到底思えず、瀬戸は、躊躇してしまった。


「武官の事なら、問題ないよ。私が、話をつけてくる。もちろん、静居には内密で」


「すまいなぁ」


 葵は、自分が、武官と話すと瀬戸に告げたのだ。

 もちろん、静居には、知られないように。

 瀬戸にとって、ありがたいことではあるが、葵に頼らなければならないことに関して、瀬戸は、申し訳なく思っており、情けなくも感じていた。

 それでも、葵なら、説得してくれるであろうと確信を得た瀬戸なのであった。


「さあ、共に行こう!」


 こうして、葵達は、鬼を討伐するために、動き始めた。

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