第百十二話 静居と黄泉の乙女

「なぜ、貴様がここにいる!?貴様は、消滅したはずだろう!!」


 静居は、立ち上がって、声を荒げる。

 今まで、見たこともない表情を見せて。

 信じられないのだろう。

 黄泉の乙女は、柚月を救う為に、消滅した。

 ゆえに、彼女が、現れる事は、あり得ない。

 静居は、動揺しているのか、体を震わせていた。


「そうだね、私は、消滅した。けど、心は、彼の中に残してきたからね」


「なんだと!?」


 黄泉の乙女は、冷静に答える。

 なぜ、静居の前に現れたのか。

 静居は、未だ、動揺を隠せないようだ。

 心は、柚月の中に残してきたなど、信じられるはずがない。

 残せたとしても、静居達の前に現れるはずがない。

 どうやって、現れたというのだろうか。

 静居は、見当もつかなかった。

 神である夜深達でさえも。


「私が、静居の前に姿を表わせたのも、一種の術みたいなものだよ」


 黄泉の乙女曰く、術をかけた事により、姿を現したというのだ。

 おそらく、幻の類であろう。

 静居も、納得した様ではあるが、歯を食いしばり、形相の顔で、にらんでいる。

 まるで、黄泉の乙女を恨んでいるかのようだ。

 だが、夜深は、静居の心を落ち着かせるように、肩に手を置き、静居の前に立った。


「……聞きたいことがあるわ。貴方は、空巴達が、復活できた理由を知っているわね?」


「そうだよ」


 夜深は、黄泉の乙女に尋ねる。

 黄泉の乙女が、なぜ、空巴達が、復活できた理由を知っていると踏んでいるのだろう。

 いや、真実を明かすために、ここへ来たと推測しているようだ。

 黄泉の乙女は、静かにうなずく。

 やはり、夜深の推測通りのようだ。


「私は、柚月と話したんだ。夢の中でね」


 黄泉の乙女は、明かし始めた。

 柚月と夢で何を話したのかを……。



 黄泉の乙女は、思い返すように、語る。

 夢の中で、柚月の身に秘めた力の事や赤い月の事を明かした時の事だ。

 黄泉の乙女は、柚月に、何をするべきかを伝える。

 神々を復活させることと全ての地を奪還しなければならない事を。

 そして、神々をどうやって、復活させるかを柚月に明かした。


「光焔の力で復活する?」


「うん。彼が放つ光を見たことがあるよね?」


「ああ」


 黄泉の乙女が言うには、光焔の力で神々が復活するというのだ。

 柚月は、驚き、目を見開く。

 光焔は、神から生まれた妖であり、普通の妖とは、異なるとは、わかってはいたが、まさか、神々を復活させることさえできるとは、思っていなかったようだ。

 黄泉の乙女は、光焔が発動した光を見たことがあるか尋ね、柚月は静かにうなずいた。


「あれは、単なる目くらましや攻撃時に発動する光じゃないんだ。結界を張ったり、神々を復活させることもできる。神の光と呼ばれる力だよ」


 柚月達を幾度となく助けてきた光は、「神の光」と呼ばれているらしい。

 納得した柚月ではあったが、なぜ、光焔が、神の光を発動できるのかは、見当もつかない。

 黄泉の乙女は、その件については、詳しくは語ろうとはしなかった。

 それは、光焔の正体に関わる事だからなのだろう。


「綾姫達が持っている宝玉を神聖山で掲げ、光焔が宝玉に光を注げば、神々を復活させることができる。宝玉は、神々の一部だからね。神々とつながっているんだよ」


「つまり、光焔が、あの光を制御できれば、いいってことだな」


「そうだよ」


 綾姫達が、所持している宝玉は、神々の一部らしい。

 つまり、神々の力が宿っているという事だ。

 力と神々はつながっている。

 そして、神聖な力が宿っている神の山、神聖山で、宝玉を掲げ、光焔が神の光を宝玉にささげれば、神々は、復活するというのだ。

 だが、神々を復活させるには、光焔が、神の光を制御できるようにしなければならない。

 それでも、柚月は、希望が見えてきた。

 そう感じているのだろう。

 黄泉の乙女も、同じように、思っているようであり、穏やかな表情でうなずいていた。


「けれど、気をつけて。静居は、光焔をさらって、妖にしようとしてる」


「光焔をさらって、妖に?どういう意味だ?」


 黄泉の乙女は、衝撃的な言葉を口にする。

 なんと、静居は、光焔をさらうつもりのようだ。

 だが、柚月は、気になることがあった。

 それは、光焔を妖にするという言葉だ。

 光焔は、神から生まれた妖だと本人から聞かされている。

 妖にするという意味は、どういう事なのだろうか。


「彼は、妖ではないんだ。妖の姿をしているけれど」


「じゃあ、光焔は、何者なんだ?」


「それは、私からは言えないよ。きっと、聞こえないから」


 なんと、光焔は、妖ではないらしい。

 だとしたら、彼は、何者なのだろうか。

 柚月は、問いかけるが、黄泉の乙女は、首を横に振る。

 答えられないと。

 もし、答えたとしても、彼の正体については、きっと、聞き取れないだろう。

 黄泉の乙女は、そう推測しているようだ。

 つまり、まだ、彼の正体を知る時ではないという事だ。

 だからこそ、彼女は、神の光についても、詳細を明かさなかったのだろう。


「光焔が、妖になってしまったら、彼は、元に戻れなくなる。だから、気をつけて」


「わかった。だが、なぜ、貴方は、それを知っているんだ?」


 黄泉の乙女は忠告し、柚月はうなずくが、なぜ、黄泉の乙女は、静居のたくらみを知ったのか、尋ねた。

 おそらく、柚月の中で、見てきたからと言うわけではなさそうだ。

 彼女も、何か、秘密を抱えている。

 柚月は、そう思えてならなかった。


「私には、未来が見えるんだ。ほんの少しだけどね」


「そうか……」


 黄泉の乙女は、未来を見ることができるらしい。

 それゆえに、静居が、光焔をさらって、妖にすることも知ったのだ。

 黄泉の乙女が、静居のたくらみを知っている理由を聞いた柚月は、納得する。

 やはり、彼女は、秘密を抱えていたのだと悟って。


「しかし、これから、どうするかだな」


「うん。静居から、光焔を守らないといけないしね……」


 さて、問題は、ここからだ。

 やらなければならないことや、警戒しなければならない事は、わかった。

 だが、どうやって、光焔を守りながら、光焔の覚醒を促すかだ。

 静居は、どうやって、光焔をさらおうとしているのかは、黄泉の乙女も、見ていないらしい。

 ゆえに、問題は、山積みと言っても過言ではなかった。

 思考を巡らせる柚月達。

 だが、簡単に、いい案が思い浮かばない。

 その時であった。


「その事なら、問題ないのだ」


「っ!」


「驚いたな、まさか、貴方まで夢の中にいたとはね……」


「うむ、わらわも、よくわからないのだ」


 どこからか、光焔の声が聞こえてくる。

 柚月と黄泉の乙女は、視線を移すと光焔が、ちょこんと姿を現した。

 これには、黄泉の乙女の驚いているようだ。

 つまりは、黄泉の乙女が、呼び寄せたわけではない。

 偶然、光焔が、現れたとみて間違いなさそうだ。

 なぜなら、本人も、なぜ、夢の中で柚月達に会えたのか、わかっていないのだから。


「黄泉の乙女、わらわは、静居に狙われているのは、本当か?」


「……うん。本当だよ」


 光焔は、黄泉の乙女に尋ねる。

 どうやら、柚月と黄泉の乙女の会話を聞いていたようだ。

 黄泉の乙女は、答えるべきか否か躊躇し、口ごもんでしまう。

 だが、一呼吸し、心を落ち着かせ、答えた。

 光焔に、本当のことを教えるべきだと判断したようだ。

 自分は、狙われている。

 自分が、今後、危機的状況に陥ろうとしていると悟った光焔は、うつむく。

 やはり、恐怖が光焔を襲っているのだろう。

 と、思っていたのだが……。


「ならば、好都合なのだ」


「え?」


「光焔、何を言ってるんだ?」


 光焔は、予想外の言葉を口にする。

 自分が、静居にさらわれるのは、好都合だと言い始めたからだ。

 柚月も、黄泉の乙女も、驚きを隠せない。

 光焔は、強がっているわけではない。

 本当に、自分がさらわれるのは、都合がいいと思っているようだ。


「わらわは、さらわれる。と言う事は聖印京に行くという事だな」


「確かにそうだけど……」


 光焔は、静居にさらわれるという事は、聖印京に行くと察したようだ。

 確かに、そうなる。

 だが、なぜ、都合がいいのだろうか。

 聖印京で何をしようとしているのだろうか。

 柚月も、黄泉の乙女も、見当がつかなかった。


「なら、夜深から、深淵の鍵を奪う事もできるのだ」


「まさか、お前……」


 柚月は、察してしまう。

 光焔が、何を考えているのか。

 光焔は、ふっと笑みを浮かべていた。

 無邪気な少年のように。



「そ、そんな……嘘よ!?」


「深淵の鍵を奪うために、わざと、さらわれたなど、誰が信じられるか!!」


 静居も夜深も、気付いてしまった。

 光焔は、深淵の鍵を奪還するために、わざとさらわれたのだ。

 だが、二人は、現実を受け入れる事などできない。

 まさか、自分達のたくらみが、利用されていたなど信じたくないのだろう。


「嘘だと思うなら、深淵の鍵を出してみなよ」


 黄泉の乙女は、二人に、深淵の鍵を出すよう、挑発する。

 夜深は、手から深淵の鍵を出現させようとするが、深淵の鍵は、出てこなかった。

 何度やっても。


「で、出てこない!?」


「まさか、本当に……」


 深淵の鍵が出現しない事がわかり、静居も、夜深も、驚愕する。

 深淵の鍵が出てこないという事は、あり得ないのだ。

 夜深が、所持している限りは。

 しかし、出現しないという事は、夜深が、所持していないことになる。

 ゆえに、彼らは、信じるしかなかった。

 黄泉の乙女の話は、真実なのだと。


「そう。光焔は、あえて、さらわれたのさ。深淵の鍵を奪うためにね」


 黄泉の乙女は、笑みを浮かべて、静居達に告げた。

 まるで、勝ち誇っているかのように。

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