第九十八話 解放された妖達

「柚月!?」


「大丈夫か?」


 突然、ふらつき、うずくまる柚月の元へと駆け寄る柘榴達。

 柚月は、苦しそうに肩で息をしている。

 相当、無理をしたのだろう。

 光焔も、柚月の元へと駆け寄る。

 自分よりも、苦しそうにしているため、心配になったのだろう。


「あ、ああ。大丈夫だ。少し、眩暈がしただけだ」


 柚月は、ふらつきながらも、大丈夫だという。

 眩暈がしたと言うが、そのようには思えない。

 眩暈だけで、あれほど、苦しそうに息をするはずがない。

 柘榴達も、わかってはいたのだが、何を言っても、柚月は、眩暈が原因だと嘘をつきとおしてしまうだろう。

 柚月は、そう言う男だ。

 柘榴達は、納得したふりをした。


「無理しないほうがいいよ」


「……そうだな」


 景時は、柚月の肩に手を置く。

 医者であるため、柚月の体の調子は、一番理解している。

 ゆえに、柚月が、無理をしていることも、眩暈で倒れそうになったのではない事も、気付いていた。

 柚月は、呼吸を整え、うなずいた。

 嘘をつきとおして。


「光焔、大丈夫か?」


「うむ。わらわは、平気だ」


「そうか、良かった……」


 柚月は、光焔の体を気遣う。

 光焔も、無理をしたと感づいていたのだろう。

 自分以上に力を使ったのだから。

 だが、光焔は、強くうなずく。

 無理をしているわけではないようだ。

 自分が、予想していたよりも、体調は良好のようであり、柚月は、安堵した。


「綾姫、朧は……」


「大丈夫よ。眠ってるだけだから」


「本当、無茶するんですから。気をつけてくださいまし!」


「すまないな」


 柚月は、綾姫に朧の事を尋ねる。

 綾姫曰く、朧は、眠りについているようだ。

 安堵する柚月。

 朧が、無事でよかったと。

 だが、初瀬姫は、かんかんだ。

 腰を手に当て、口をとがらせている。

 本当に、心配したからだ。

 初瀬姫の言葉は、柚月の心にも深く突き刺さる。

 柚月は、兄として、そして、無茶をし、綾姫達に心配かけてしまった事を謝罪した。


「九十九達を部屋へ運ぼう」


「え?でもさ……」


 柚月は、気を失っている九十九達を部屋へ運ぼうと促すが、透馬は、戸惑い、困惑しているようだ。

 彼らを部屋で眠らせていいのかと。

 破壊衝動は一時的に抑えられたとしても、また、抑えきれなくなる時がある。

 透馬は、それを懸念しているのだろう。

 だが、牢に入れるわけにもいかない。

 九十九達は、仲間なのだから。

 ゆえに、透馬は、どうするべきなのか、葛藤しているようだ。


「彼らは、もう、大丈夫みたいだよ。透馬」


「え?」


「殺気を感じない。完全に、破壊衝動は抑えられたみたいだ」


「そ、そっか。良かったぜ」


 不安に駆られ、葛藤する透馬の心情を気遣った和巳は、透馬の肩に手を置く。

 和巳は、気付いたようだ。

 九十九達の破壊衝動は、一時的にではなく、完全に抑えられたのだと。

 柚月と光焔のおかげで。

 ゆえに、心配する必要はないのだ。

 そう言いたいのだろう。

 それを聞いた透馬は、安堵しうなずいた。



 柚月達は、九十九達を運び、眠らせる。

 表情も穏やかだ。

 本当に、破壊衝動は、抑えられたのだろう。

 今は、ぐっすり眠ってほしいと柚月達は、願うばかりであった。

 しばらくしてから、九十九は、目をきつく閉じる。

 意識を取り戻したようだ。


「ん……」


 九十九は、ゆっくりと目を開ける。

 視界は、まだ、ぼやけてはっきりと見えない。

 九十九は、何度も、瞬きさせると、ようやく、視界がはっきりとしてくる。

 目に映ったのは、見慣れた天井だ。

 自分は、部屋にいるのだと、気付いた。


「気がついたか?」


「柚月!」


 柚月が、穏やかな表情を浮かべて、九十九の顔を覗き込む。

 目を見開いた九十九は、勢いよく起き上がった。

 眠りについたようで、体力は回復しているらしい。

 だが、九十九は、気になっていることがある。

 破壊衝動を抑えきれなくなってから、眠りにつくまでの記憶がないのだ。


「お、俺は……。もしかして、お前らを……」


 九十九は、柚月に尋ねる。

 どう考えても、自分は、理性を失って、柚月達を襲ったに違いないからだ。

 柚月の体には、包帯が巻かれてある。

 ゆえに、自分達が何をしたのか、察してしまった。

 柚月は、無言のままだ。

 

「やっぱりかよ……」


 言わなくとも九十九には、わかってしまった。

 いや、予想通りと言ってもいいだろう。

 自分達は、柚月を傷つけてしまったのだ。

 九十九は、後悔した。

 もし、牢に入っていれば、このような事には、ならなかったのではないかと。


「なぁ、柚月、やっぱり、俺、牢に入るわ。その方がいい」


「その件なら、心配はいらない」


「なんで、そう言いきれるんだよ」


 九十九は、牢へ向かうため、立ち上がろうとする。

 これ以上、ここにいれば、柚月達を傷つけてしまうだけだ。

 いつ、また、破壊衝動が自分達を襲ってくるかは、不明だ。

 今は、良くとも、再び、自分達は、柚月達を傷つけてしまう。

 九十九は、それを恐れたのだ。

 だが、柚月は、九十九を制止する。

 心配はいらないと言いきって。

 なぜ、言いきれるのか、九十九には、理解できなかった。


「光焔が、お前らに宿る破壊衝動を浄化したらしい」


「え?そんな事できるのか?」


「みたいだぞ」


 柚月が、心配ないと言い切った理由は、光焔が、破壊衝動を浄化したのだというのだ。

 抑え込んだのではないらしい。

 しかし、破壊衝動とは、妖の中に眠る本能そのものだ。

 力とは、また、別のものに当たる。

 その本能を浄化したのだというのだ。

 さっぱり、意味が分からない。

 九十九は、あっけにとられるが、柚月は、うなずいた。


「それ、本当なんだよな?」


「ああ。高清さんが言ってたんだ。間違いない」


「……わかった。信じてやるよ」


 九十九は、柚月に問いかける。 

 疑っているようだ。

 破壊衝動を浄化するなど、聞いたことがない。

 いや、九十九でさえも、そんな事、不可能に等しいとわかっているからだ。

 だが、柚月が言うには、高清達が、言っていたらしい。

 彼らは、研究者だ。

 ある程度の事は、わかるのであろう。

 高清達が言うには、妖達には、心臓の周りに、妖気の塊が渦巻いているのだという。

 それが、破壊衝動の起源らしい。

 長年の研究により、それを知ったのだという。

 その妖気の塊を光焔が、浄化したことにより、九十九達は、破壊衝動から解放されたようだ。

 しかも、妖気の全てではなく、塊だけを浄化したのだという。

 ゆえに、九十九達は、妖気を失ったわけではない。

 力を失ったわけではないのだ。

 何とも、恐れ多いことだろうか。

 光焔の力に九十九は、脱帽していたが、納得はしているようだ。

 ゆえに、九十九は、柚月を信じると告げた。


「今は、眠ってろ」


「おう。ありがとな」


「ああ」


 柚月は、九十九に眠るよう促す。

 目覚めたとはいえ、体調は、万全ではないはずだ。

 自分も休めと柚月に言いたい九十九であったが、柚月は、頑固者だ。

 おそらく、自分が言ったところで、柚月は、休もうとはしないのだろう。

 それに、まだ、体が重く感じている。

 ゆえに、ここは、休まさせてもらおうと考え、柚月に感謝の言葉を告げ、再び眠りに入った。



 九十九の予想通り、柚月は、自分の部屋にはいかず、朧の部屋にたどり着いた。


「朧、入るぞ」


「うん」


 柚月が、御簾を上げると部屋にいたのは、朧だけでなく、千里もいた。

 朧は、未だ、床に臥せっている。

 当然であろう。

 朧は、重傷を負ったのだ。

 体力が、完全に回復するには、少々、時間がかかるであろう。


「千里、いたのか」


「ああ。朧が倒れたって聞いてな」


「そうか」


 千里は、目覚めた後、瑠璃達に尋ねたらしい。

 その後の事を、瑠璃は、朧が倒れた事は話したようだ。

 もちろん、九十九を憑依させて重傷を負ったことは、伏せて。

 千里は、朧の事が心配になり、朧の様子を伺いに来たようだ。

 柚月と同様に。

 柚月は、千里の左隣に座った。


「どうだ?痛むところはないか?」


「うん、大丈夫。ごめん、心配かけて」


「まったくだ。もう、無茶はするなよ」


「それは、どうかな」


「朧」


 柚月は、朧に尋ねる。

 痛むところはないようだ。

 これも、綾姫達のおかげなのだろう。

 兄らしく、忠告する柚月であったが、朧は、弟らしく、茶化してみせる。

 だが、柚月は、強く朧の名を呼んだ。

 忠告から警告に変わったと言ったところなのだろう。


「兄さんだって、無茶してばかりじゃないか」


「まぁ、それは……そうかもしれないが……」


 朧は、柚月に反論してみせる。

 柚月は、言い返せなくなり、しどろもどろになってしまった。

 朧の言い分は、当たっているからだ。

 二人のやり取りを見ていた千里は、思わず吹き出してしまい、二人から視線を向けられたのであった。


「すまない。そう言うところは、そっくりなんだなと思ってな」


「血はつながってないけどな」


 千里が、思わず、吹きだしてしまった理由は、柚月と朧が、似ているからだ。

 無茶ばかりするところが。

 もちろん、二人は、血はつながっていない。

 柚月も、朧も、知っている。

 だが、それでも、千里は、本当の兄弟に見えたのだろう。


「これから、どうしたらいいんだろうな」


「わからない。赤い月の事も、調べないといけないしな」


「うん」


 今後の事は、手詰まりと言ったところだ。

 静居の事も気になるが、赤い月の事も調べなければならない。

 このまま、赤い月が続けば、間違いなく、和ノ国は、滅んでしまう。

 柚月達は、危機感を感じていた。


「今は、二人とも休んだほうがいい。無理しないようにな」


「ああ。わかった。そうする。だが、お前も、自分を責めるなよ。今回の事は、お前達のせいじゃないんだから」


「見透かされたか……わかった。ありがとう」


 千里は、柚月と朧に、今日は、休むよう促す。

 二人は、無茶してばかりだから。

 おそらく、柚月は、赤い月の事を調べるつもりなのだろう。

 だが、今は、休むべきだ。

 千里は、そう判断したのだろう。

 うなずく柚月であったが、千里に、自分を責めないよう忠告する。

 千里が、朧の様子をうかがったのは、自分達のせいだと、責任を感じたからであろう。

 柚月に、心情を見透かされた千里は、苦笑いしながらうなずいた。



 朧の部屋を出た後、柚月は、自分の部屋に戻り、眠りにつく。

 だが、その時だ。 

 柚月は、夢を見た。

 その夢は、ただの夢ではない。

 なんと、柚月は、夢の中で黄泉の乙女と再会を果たした。


「やあ、また会ったね。柚月」


「黄泉の……乙女……」


 黄泉の乙女は、こうなる事を推測していたようで、落ち着いた様子で、柚月を出迎えた。

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