第七十八話 力の差

 聖印京を脱出した時と同じように、柚月は、異能・光刀を発動して、一瞬にして、戦場を駆け巡っていく。

 九十九を憑依化させた朧も、身体能力が上がっているため、柚月の光速移動についていった。

 静居軍の隊士達は、柚月を止めようとするが、一瞬のうちに切り刻まれていく。 

 誰も、彼らを止めることなどできなかった。


――なるほどな、そういう事か。


 千里は、なぜ、二人が、聖印能力を発動したのか察した。

 手っ取り早く、静居の元にたどり着くためだ。

 確かに、柚月の聖印能力なら、一瞬のうちに静居の元へたどり着けてしまうだろう。

 これなら、朧も、憑依化させても、静居の元へ到達するまでに、負担がかからないはずだ。


――すげぇ!やるじゃねぇか!


「これで、二回目だからな!」


 九十九は、二人が、息を合わせて、光速移動をしていることに感心しているようだ。

 普通なら、柚月の素早さに、ついていけない。

 たとえ、憑依化させたとしてもだ。

 だが、朧は、ついていっている。

 二人の息はぴったりだ。

 さすがは、兄弟と言ったところであろう。

 朧も、自慢げに語る。

 柚月の光速移動に慣れたからであろう。

 静居軍を突破した柚月達。

 静居まで、もう少しだ。 

 だが、行く手を阻むように、妖達が、彼らの前に立ちはだかった。


――柚月、朧、来るぞ!


 千里が、危険を察知し、忠告する。

 大勢の妖達が、一斉に、柚月達に襲い掛かろうと、迫っていた。


「邪魔を、するな!」


 朧は、九尾ノ炎刀を発動し、九尾の炎の刃が、柚月の草薙の剣と光刀を覆い尽くす。

 これなら、千里にやけどを負わせることなく、発動できると考えたようだ。

 九尾の炎は刀を纏わせ、斬撃を放つことができるが、今、手にしている刀は、神刀・千里。

 これでは、千里は、火傷を負ってしまうだろう。

 だからこそ、朧は、これまで、餡枇を手にした状態で、九尾ノ炎刀を発動してきたのだ。

 だが、今は、柚月の草薙の剣を纏わせることで、光と炎の二重の刃を再現させ、妖達を切り裂きながら、燃やし尽くした。


「見えた!静居だ!」


 ついに、柚月達は、静居の姿を目にする。

 彼の隣には、神の姿へと戻った夜深も居た。


「静居!!!」


「ちっ!」


 朧は、次に、千里ノ破刀を発動する。

 闇の刃は、柚月の草薙の剣と光刀を覆い尽くし、光と闇の二重の刃を生み出すことに成功した。

 柚月は、光速で、静居に向かっていく。

 静居は、とっさに、柚月達の刃を受け止めるが、防ぎきれず、その身に刃を受けてしまい、右肩が引き裂かれる。

 静居は、右肩から流れる血を手で抑えた。

 顔色一つ変えずに。


「ほう、ここまで、たどり着いたか」


『仲間を見捨てて、人を殺してまでね』


 静居と夜深は、柚月達が、自分達の元へたどり着いたことに感心しているようだ。

 だが、彼らは、仲間を見捨て、自分達の同士である隊士達を殺した。

 犠牲を生み出したと罵りたいのだろう。

 だが、柚月達は、動じることなく、静居に刃を向けた。


『でも、あの坊やはいないみたいね。残念』


 夜深は、あたりを見回し、坊やがいない事を嘆く。

 「坊や」とは、光焔の事なのだろう。

 彼女は、光焔と因縁があるようだ。


「静居……よくも……」


『ふふ、怖い顔。でも、素敵よ』


「さて、どこまで、持つかな?」


 柚月は、こぶしを握りしめ、静居をにらみつける。

 許せるはずがない。

 このような残酷な大戦を仕掛けてきたのだから。

 彼の思惑のせいで、多くの命が消えてしまった。

 初瀬姫達も、かつての同士たちに手をかけることもなかっただろう。

 彼女達の心までも、静居によって傷つけられたのだ。

 ゆえに、柚月は、怒りを抑えられなかった。 

 そんな彼の表情を目にしても、静居と夜深は、笑みを浮かべている。

 まるで、柚月達をあざ笑っているかのようだ。


「なめるな!」


 柚月は、光速移動で、静居を斬りつける。

 静居は、とっさに、防ぐが、柚月の勢いは、止まらない。 

 光の速さで、刀を振るい、静居を追い詰めようとしていた。

 静居も、柚月の速さについていくのが精一杯のようだ。

 このまま、押し切れる可能性が見えてきた。


『後は、任せるわよ』


 静居が、追い詰められているというのに、夜深は、戦いを静居に任せ、空へと浮かび始める。

 この戦いに参加しないようだ。

 静居一人で彼らに勝てると思っているのだろうか。


「行かせない!」


 朧は、夜深を追いかけようとする。

 彼女を逃がすわけにはいかないと。

 しかし……。


――深追いするな!朧!


「でも……」


――相手は、神だぞ?冷静になれって!


 千里が、とっさに、朧を引き留める。

 だが、朧は、立ち止まるが、納得していないようだ。

 このままでは、夜深は、逃げてしまうと。

 ここで、九十九が、説得を試みる。

 相手は、神だ。

 いくら、朧が、自分を憑依させたとしても、勝ち目があるとは到底思えなかった。


「……そうだったな」


 朧は、冷静さを取り戻し、餡枇を鞘から引き抜く。

 静居に勝つために、全力を出すつもりだ。

 そうでなければ、静居に勝つことは適わないからであろう。


「燃えろ!」


 朧が、九尾ノ炎刀を発動して、柚月を援護する。

 静居は、九尾の炎に焼かれ、左腕に傷を負う。

 だが、度重なる裂傷と重度のやけどを負っても、静居は、顔色一つ変えやしない。

 まるで、痛みを感じないようだ。

 静居は、後退するが、柚月は、容赦なく、一瞬にして、間合いを詰める。

 確実に、静居を追い詰める為に。

 ここで、朧は、憑依を解除させ、千里を人型の姿に戻させた。 


「千里!」


 朧は、千里を憑依させ、跳躍する。

 千里を憑依させた事により、朧は、空中戦を可能とするが、その刃は、夜深に向けてではない。

 静居に向けて振るうようだ。

 地上からと空からで一気に、静居を追い詰める作戦なのであろう。

 九十九も、静居の元へと向かっていく。

 これで、三対一だ。

 さすがの静居も、苦戦を強いられることになるはずだ。

 柚月達は、そう、推測していた。

 空中から、降下し、静居に突きを放つ朧。

 だが、静居は、かろうじて、それを回避し、続けざまに、柚月と九十九の斬撃をはじく。

 朧は、千里ノ破刀を発動するが、静居は、それをいとも簡単に、切り裂き、打ち消してしまう。

 だが、それは、単なるおとりだ。

 隙を作るための。

 柚月と九十九は、地面を蹴り、九十九が、九尾の炎を発動して、柚月が、突きを放つが、静居は、それをも、かろうじて、はじき、柚月達は、後退し、距離を取った。


「ちっ。やはり、手ごわいな」


 柚月は、舌打ちをする。

 多数で、静居に斬りかかったとしても、静居は、自分の光速移動についていく。

 朧の憑依化による身体能力にもだ。

 連携をとって、追い詰めているはずなのだが、どうしても、最後の一手にまでつながらない。

 静居も、息を切らしているようだが、まだ、刀を構えている。

 一筋縄ではいかないと、改めて思い知らされた柚月達であった。


「こうなったら、一か八かだ。行くぞ、朧」


「うん!九十九!」


「おうよ!」


 柚月は、ある賭けに出る。

 これで、静居に勝てるかどうかは、定かではない。

 だが、やってみないとわからないものだ。

 朧も同様のことを考えていたようで、憑依化を解除させ、千里を神刀に変える。

 そして、九十九は、朧に従い、憑依し、再び、柚月は、朧の腕をつかんで、異能・光刀を発動させ、静居に向かっていく。

 だが、それも、静居に防がれたはずだ。

 自分には適わない。

 静居は、そう推測し、刀を前に出す。

 それでも、柚月と朧は、向かっていく。

 その時だ。

 朧が、九尾ノ炎刀と千里ノ破刀を同時に、発動したのは。

 九尾の炎は、柚月が手にする草薙の剣に纏い、光刀を身に纏った千里は、闇の波動を光刀と組み合わせていく。

 柚月達は、三重の刃を静居に向けて放とうとしたのであった。


「はああっ!」


 柚月達は、そのまま、静居に向かっていく。

 静居は、刀で、柚月達を防ぎきろうとした。

 柚月達と静居が激突する。

 だが、三重の刃を前に、静居は、防ぎきることができず、その身に刃を刻むこととなった。


「ぐっ!」


『静居!』


 ついに、静居が、うめき声を上げてうずくまる。

 傍観者であった夜深が、静居の元へ駆け寄り、静居を支える。

 柚月達は、息を切らしながらも、一旦、聖印能力を解除した。

 それほど、全力だったのだ。


「やったか!?」


 とうとう、静居に、一矢報いることができたと悟った柚月達。

 静居は、深手を負い、今も、うずくまっている。

 夜深も、心配そうな表情を浮かべている。

 柚月達の力を見誤ってしまったからであろう。

 もし、自分の戦いに身を投じていれば、このような事はなかったと後悔しているのかもしれない。

 しかし……。


「ふふふ、ははははは!」


 静居が、高笑いをし始めた。

 夜深も、耐え切れなくなり、笑みをこぼし始める。

 柚月達をあざ笑うかのように。


――何がおかしいんだよ!


「すまないな。これで、勝てると思われたのが、おかしくてなぁ」


「何?」


 九十九は、苛立ちを隠せず、吼えるように、叫ぶ。

 静居は、笑うのを止め、顔を上げた。

 その様子は、痛みを感じていないようだ。

 先ほどまでのは、演技だったというのであろうか。

 しかも、静居は、柚月達が、勝てると確信したことを気付き、嘲笑っていた。

 柚月は、眉をひそめ、静居をにらみつけた。


「本当に、傷をつけられたと思っているのか?」


 静居は、柚月達に問いかける。

 すると、深手を負っていた傷は、見る見るうちに、ふさがれ、癒えてしまったのだ。


「なっ!」


「傷が、ふさがった!?そんな、あり得ない!」


 柚月達は、愕然とする。

 特に朧は、信じられないようだ。

 傷が、一瞬にして、癒えてしまったのだ、愕然とするのも無理はないだろう。

 それでも、夜深は、妖艶な笑みを浮かべている。

 まるで、傷がふさがれた理由を知っているかのように。


「だろうな。だが、これさえあれば、私は、無敵だ」


 静居は、刀を地面に突き刺し、柚月達に見せる。

 その刀は、なんの変哲もない普通の刀に見える。

 だが、その刀から発せられる力を柚月は、感じ取った。


「それは……神刀なのか!」


 柚月は、気付いてしまった。

 静居が、手にしている刀は、柚月が手にしている刀と同じ、神刀なのだと。

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