第六十九話 脱出

 柚月達は、深淵の界を駆けていく。

 進めば進むほど、揺れが大きくなっているように感じている。

 深淵の門が、閉じられようとしているのだろう。

 柚月達は、ますます、焦燥に駆られるばかりであった。


「急げ!こっちだ!」


 妖達は、前に出て、柚月達を急かす。

 彼は、もはや、柚月達の協力者だ。

 柚月達を信じ、認め、導こうとしている。

 柚月達も、妖達を信じ、彼らの後を追うように、走った。


「笠斎、深淵の門は、まだ、閉じられてねぇんだよな?」


「まだ、大丈夫だ。間に合うはずだ」


「信じるぜ、てめぇの言葉」


 九十九は、笠斎に問う。

 不安に駆られているのであろう。

 間に合うかどうか。

 笠斎は、落ち着いた様子で、答える。

 今の状態であれば、確実に間に合うと予想しているようだ。

 九十九は、笠斎を疑うことなく、にっと、歯を見せて、笑っていた。

 彼を信じているのだろう。

 しかし……。


「待て!」


 千里が、柚月達を制止させる。

 気配を察知したからだ。 

 柚月達は、立ち止まり、構える。

 すると、柚月達の前に妖達が出現した。


「妖!?まさか、静居と夜深が、召喚したのですか!?」


 美鬼は妖達の正体に気付く。

 今までの妖達とは、明らかに、気配が違う。

 おそらく、静居と夜深が召喚したのであろう。

 柚月達の行く手を阻むために。

 確実に、柚月達を深淵の界に閉じ込める為に。


「こんな時に!」


 瑠璃は、焦燥に駆られた様子で、構える。

 今は、妖達の相手をしている場合ではない。

 だが、ここを突破しなければ、深淵の門にたどり着くことができない。

 致し方なしと言ったところなのだろう。

 だが、柚月達の前に深淵の妖達が、前に出る。

 柚月達を守るように。


「ここは、私達がやる!お前達は、先を進んでくれ!まっすぐ行けば、たどり着けるはずだ!」


 深淵の妖達は、ここで、召喚された妖達を食い止め、柚月達を先に行かせようと決意したのであろう。

 目的は、柚月達を脱出させること。

 自分達が、永遠に閉じ込められたとしても、問題はない。

 そう、判断したのだろう。


「……すまない!」


 柚月は、申し訳なさそうに、謝罪する。

 妖達を巻き込んでしまった事を悔いているのだろう。

 だが、妖達は、気にも留めていないようだ。

 なぜなら、彼らに和ノ国を救ってほしいと願っているのだから。

 妖達は、一斉に、召喚された妖達に向かっていく。

 妖同士の戦いが始まったのだ。

 その間に、柚月達は、妖達の間を潜り抜け、深淵の門を目指す。

 だが、その時であった。

 一匹の妖が、瑠璃の背後から迫ってきたのは。


「瑠璃!」


 朧が、殺気を感じたのか、妖の気配に気付き、瑠璃の元へ駆け付け、瑠璃を押しのけ、左腕を顔の前に出す。。

 妖は、爪で朧の左腕を引き裂いた。


「っ!」


「朧君!」


 朧の腕から、鮮血が飛び散る。

 朧は、苦悶の表情を浮かべながらも、瑠璃と共に走りだした。

 今は、戦っている場合ではない。

 逃げ切らなくてはならないのだ。

 たとえ、敵に背を向けることになっても。

 それでも、妖は容赦なく、朧に襲い掛かろうとした。


「このやろうっ!!」


「よくも!」


 朧を傷つけられ、怒りを露わにした九十九と千里。

 二人は、同時に地面を蹴り、妖を斬りつける。

 妖は、悲鳴にも似た奇声を上げながら、消滅していった。

 その間に、柚月達は、先を急ぐ。

 朧は、痛みをこらえながら。


「朧……」


「大丈夫だ。先を急ごう」


 瑠璃は、申し訳なさそうに、朧の身を案じている。

 悔やんでいるのであろう。

 もっと、早く、妖の気配に気付いていれば、朧は、怪我を負うことはなかったのに。

 朧は、平然を装って、走り続ける。

 瑠璃に悟られないようにだ。

 だが、朧の左腕からは、血が流れ続けている。

 痛々しく。

 柚月も、瑠璃も、ただただ、朧の身を案じながらも、助けることができない事に対して、歯がゆさを感じていた。

 しかし、綾姫が、朧の元へと駆け寄り、結界・水静の舞を発動しながら、走り始めた。

 移動しながら、朧の治療を試みたようだ。


「綾姫様!」


「ごめんなさい、今の状態だと、応急処置しか……」


「いえ、助かります」


 綾姫は、朧に謝罪する。

 走りながらの治療は、容易ではない。

 しかも、急がなければ、閉じ込められてしまう可能性があるのだ。

 そのため、応急処置程度しか、治療ができない。

 朧の治療に専念したいところだが、それが、できないのであろう。

 だが、朧にとっては、ありがたい事であった。


「出口に着くぞ!」


 柚月が目にしたのは、あの青、白、黒が入りまじった光。

 間違いなく深淵の門だ。

 とうとう、出口までたどり着いたのだ。

 早く、早くと、足早に駆けていく柚月達。

 だが、その時であった。

 突如、牛鬼が柚月達の前に出現したのは。


「っ!」


 柚月達は、思わず、立ち止まってしまう。

 牛鬼は、柚月達の行く手を遮るように立ちはだかっていたからだ。

 おそらく、静居と夜深が、召喚したのであろう。

 牛鬼は、柚月達の倍以上の大きさだ。

 体格も、がっしりとしている。

 逃げ切ろうとしても、彼が行く手を阻んでしまうだろう。

 これでは、牛鬼を倒さない限り、先に進めない。


「待ち伏せか。あの男、本当に、俺達を閉じ込めるつもりだな」


「くそっ!あともう少しだって言うに!」


 千里は、歯ぎしりをし、こぶしを握りしめる。

 静居は、どこまでも、卑劣な手を使おうとしているのかと。

 柚月も、悔しそうに声を荒げる。

 本当に、あともう少しだったのだ。

 だが、門が閉じられようとしている。

 今は、目の前にいる牛鬼を殺すしかないのだろう。

 柚月達は、即座に構え、一斉に、地面を蹴って、牛鬼に向かっていった。

 幸い、牛鬼の動きは、わずかに遅い。

 このまま、押しきれば、討伐することはできるだろう。

 そう思いっていた柚月達であったが、柚月が、草薙の剣で斬りつけるが、皮膚が刀を通さない。


「ちっ!こいつ、しぶといぜ」


「まずいな……」


 予想外の固さのようだ。

 牛鬼の皮膚が固すぎて、押し切ることすらできない。

 柚月は、焦燥に駆られ、歯噛みをし始める。

 もう、深淵の門の光が、縮小されていく。

 光が、消えたら、門が閉じられたことになるのだろう。

 このまま、強引に突っ切るしかない。

 柚月は、そう判断した。

 だが、その時だ。


「はあっ!」


「笠斎!?」


 笠斎が、前に出て、牛鬼の腕をつかみ始める。

 これには、光焔も、驚いているようだ。

 牛鬼は、もがくように、暴れまわるが笠斎は、決して、腕を放そうと話しなかった。


「時間を稼ぐ。お前達は、先へ行け!」


「だ、だが……」


「急がぬか!」


 笠斎は、自分がおとりとなって、牛鬼の動きを封じようとしているようだ。

 柚月達を深淵の界から出すために。

 だが、光焔は、ためらってしまう。

 もし、このまま、深淵の門に閉じ込められてしまったら、笠斎は、あの牛鬼と死闘を繰り広げることになるだろう。

 たった一人で。

 光焔は、それを懸念していたのだ。

 だが、笠斎は、焦燥に駆られた様子で、声を荒げる。

 このままでは、間に合わなくなってしまう。 

 そう感じたからであろう。


「……急ぐぞ!」


 柚月は、苦渋の決断をし、光焔を連れて、走りだす。

 朧達も、柚月の後に続き、深淵の門を潜り抜け、和ノ国に戻ってきた。

 牛鬼の動きを封じてくれている笠斎を残して。


「笠斎!」


 深淵の界から脱出した光焔は、振り返り、笠斎の身を案じる。

 だが、笠斎は、牛鬼の腕をつかんだままであった。

 

「すまぬな。光焔。お前を傷つけて」


「そんな事、気にしていない!早く!」


 突如、笠斎は、謝罪する。

 後悔したのだろう。

 光焔を傷つけたことに。

 だが、光焔は、そのような事を気にするわけがない。

 早く、深淵の門をくぐるように、急かすが、笠斎は、牛鬼の手を決して、手放そうとはしなかった。


「まさか、残るつもりか!」


 朧は、察してしまう。

 笠斎は、このまま、牛鬼を閉じ込めるつもりなのだろう。

 外へ出すつもりはないようだ。

 深淵の界に残り、牛鬼と死闘を繰り広げるつもりであった。


「後は、任せるぞ。必ず、神を……」


 笠斎は、柚月達に、和ノ国を託した。

 柚月達なら、和ノ国も、人も、妖も、救ってくれると信じて。

 ついに、光は、小さくなり、笠斎の姿さえも、見えなくなってしまった。


「笠斎!」


「待て!」


 光焔が、笠斎を助けようと手を伸ばすが、柚月が引き留める。

 すると、光は、消滅し、門は、完全に閉じられてしまった。

 笠斎がどうなったしまったのか、わからないまま。


「あいつ、俺達の為に……」


「……なぜだ。もう、会えぬのか」


 九十九は、悔しそうに、うつむいている。

 助けられてしまったのだ。

 笠斎は、自らおとりになって。

 そう思うと、やるせないのだろう。

 自分の無力さを呪いながら。

 光焔は、呆然としている。

 深淵の門は、完全に閉じられてしまった。

 となると、門を開ける事は、不可能だ。

 深淵の鍵がない限り。

 それは、笠斎に会えないという事。

 光焔は、悲しみに打ちひしがれていた。

 しかし、そんな光焔の心情を察してか、柚月は、優しく、光焔の肩に触れた。


「柚月……」


「深淵の鍵は、確か、静居達が持ってるんだったな」


「う、うむ」


「なら、それをとり返せば、深淵の門は、開けるよな?」


「そ、そうだ」


 柚月と朧が、光焔を励ます。

 深淵の鍵のありかは、わかっている。

 静居か夜深のどちらかが、手にしているのだろう。

 ならば、取り返せばいい事だ。

 取り返せば、深淵の門を開くことができる。

 笠斎と再会を果たすことができるだろう。

 柚月と朧に励まされ、光焔は希望を取り戻したかのような表情を浮かべた。


「光焔、俺達は、深淵の囚人を倒して、深淵の鍵も、取り返す。協力してくれるか?」


「うむ!もちろんだ!」


 柚月は、光焔に、協力を頼む。

 もちろん、光焔の答えは、一つだ。

 彼らと共に戦い、深淵の囚人を殺す事、深淵の鍵をとり返す事だ。

 それは、いずれ、静居と夜深の企みを止めることにもつながるだろう。

 光焔が、柚月の協力を拒絶するわけがなかった。


「光城に戻るぞ」


 柚月達は、光城へ戻った。

 柘榴達に、深淵の界で起こった事を報告するために。

 しかし、彼らは、まだ知らなかった。

 彼らが、深淵の界に行っている間に、和ノ国は、最大の危機を迎えている事に。



 撫子は、濠嵐を除いた七大将軍と柘榴達、そして、多くの隊士達と共に、歩いている。

 濠嵐は、平皇城の牢屋に閉じ込められていた。 

 だが、彼は、口をゆがませている。 

 静居が、勝利すると確信しているからであろうか。

 柘榴達が、目指している場所は、静居の元だ。

 静居は、進軍しているからだ。

 平皇京を奪うために。


「来はりましたなぁ。あの男が」


 獄央山が、見える平野で、突如、撫子が立ち止まる。

 遠くから、静居の姿を目にしたからだ。

 それも、聖印隊士、一般隊士、そして、妖達を引き連れて。


「行くぞ。帝を殺し、平皇京を奪う!」


 静居が、部下達に命じる。

 今、まさに、聖印一族と妖、聖印一族と人々の大戦、聖妖大戦せいようたいせんが始まろうとしていた。

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