第六十八話 瞳の奥に映った面影

 笠斎は、体を震わせている。

 今、目の前にいる妖達までもが、自分を裏切ったと錯覚しているのだろう。

 彼らは、今まで、笠斎の指示に従ってきた。

 忠実な僕。

 その僕たちが、笠斎に、反旗を翻したのだ。

 動揺するのも無理をなかった。


「もう、やめろよ!」


「こんなことをして、何になる!」


 妖達は、口々に訴える。

 柚月達を殺したところで、無意味などだと、察しているからであろう。

 ゆえに、彼らを守ろうとしたのかもしれない。


「なんで、こいつらをかばいやがる!信じてなかっただろ!」


 笠斎は、理解できず、声を荒げて、問いただす。

 先ほどまで、彼らは、柚月達と交戦していたはずだ。

 それなのに、彼らは、柚月達を守るとしている。

 この短時間で、何があったというのだろうか。

 何が、彼らを変えてしまったのだろうか。


「皆、俺達の為に、来たんじゃない。お前の為に来たんだ」


「わしの、ために?」

 

 柚月は、笠斎に語る。

 ここへ来たのは、笠斎の為だ。

 これ以上、罪を重ねなて欲しくないと願っているのだろう。

 それでも、笠斎は、柚月達の言葉の意味も、妖達の言葉の意味も理解できず、ただ、愕然としているのであった。


「うん、あなたを止めたくて、皆、来たんだよ」


 朧も、続けて、語る。

 人の愚かさに嘆き、暴走してしまった笠斎を止めたい。

 ただ、それだけの為に、妖達は、中へ入ったのだ。


「妖の心を理解するとは……」


「笠斎……」


 笠斎は、うつむき、嘆く。

 柚月達は、妖達の心を理解したからだ、自分よりも、深く。

 そう思うと、屈辱よりも、敗北の方が勝っているのだろう。

 光焔は、笠斎の様子をうかがっていたが、心が痛んだ。

 まるで、笠斎が、絶望しているように思えて。


「……勘違いするな」


「え?」


 一匹の妖が柚月達に反論する。

 どうやら、柚月達の言葉と妖達の意志は、異なっているようだ。

 ならば、なぜ、ここへ入り、柚月達を守ったというのだろうか。

 思考を巡らせる柚月達であったが、見当もつかない。


「私達は、お前達に、感謝しているんだ」


「笠斎様を止めてくれたことを」


 妖達は、口々に説明する。

 彼らは、感謝していたのだ。

 柚月達が、全力で戦い、笠斎を止めてくれたことを。

 戦いを見ていなくともわかる。

 柚月達の様子を見れば。

 あの笠斎と死闘を繰り広げたのだと。


「だから、お前達を認めた。ただ、それだけだ」


 ついに、妖達は、柚月達を認めた。

 柚月達は、妖を殺そうとしていないと。

 自分達の味方であると。

 柚月達と行動を共にして見極めたのであろう。

 やはり、人と妖は、手を取り合い、共存できる。

 柚月達は、改めて、そう感じたのであった。


――あいつらは、わしを殺そうとしなかった柚月達を見て、認めた?なんでだ……。なんで……。


 笠斎は、未だ、理解できなかった。

 妖達が、なぜ、柚月達を認めたのか。

 自分を殺そうとしなかった事が、決定打となったのだと察したが、ただ、それだけの事で、認めるなどと思ってもみなかったようだ。


「笠斎、これでわかったであろう。あの者達の事が」


「……」


 光焔は、笠斎に歩み寄り、問いかける。

 妖達の言動を見て、改めて理解したのだ。

 柚月達は、妖の敵ではないと。

 むしろ、静居の方が、妖の敵なのだと。

 だが、笠斎は、それを認めることができず、黙ったままだ。

 葛藤しているのだろう。 

 光焔は、笠斎の心情を察した。


「わらわは、柚月達のことを大事にしたい。でも、笠斎の事も、大事にしたい。それは、柚月達も同じだ。だから、殺さなかったのだ」


 光焔は、話を続ける。

 自分を想いと柚月達の想いを笠斎に告げたかったのだ。

 なぜ、柚月達が笠斎を殺さなかったのか。

 だが、笠斎は、黙ったままだ。

 認めたくないようだ。

 人が、妖を大事に思っているなど、あり得ない。

 そう思いたいのだろう。

 笠斎は、形相の顔で光焔をにらみつけている。

 彼を殺すつもりなのだろうか。

 それを察知したからなのか、柚月が、光焔の前に出た。


「もういいだろう、笠斎。まだ、続けるつもりか?」


「なんだと?」


 柚月は、笠斎に語りかける

 その瞳は、厳しさを宿しているようだ。

 笠斎は、怒りを柚月に向ける。

 諭されたのが、屈辱的だったのだろう。 


「光焔は、お前を慕っている。その想いを踏みにじるな」


 柚月は、さらに説得を試みる。

 光焔の事を思っての事だ。

 それを聞いた笠斎は、目を見開く。

 まさか、柚月が、光焔の事を考えて、説得するなど思ってもみなかったようだ。

 笠斎は、柚月達が、本当に、自分達の敵ではないと悟ったのだ。

 自嘲気味に笑う笠斎。

 まるで、観念したかのように。


「忘れていたよ。人は、愚かだが、醜いわけではない」


「え?」


「だからこそ、人は、懸命に生きるんだったな」


 ついに、笠斎は、認めた。

 忘れてしまったあの感情を、もう一度、思い出すかのように。

 笠斎は、まっすぐな瞳で、柚月を見つめる。

 すると、笠斎は、感じ取っていたのだ。

 柚月の瞳は、ある青年に似ていると。

 まっすぐで、力強い、だが、優しい。

 懐かしく感じるほどに。


「お前は、あいつによく似ている」


「あいつ?」


 笠斎は、思わず、柚月に告げてしまう。

 だが、あいつとは、誰のことなのだろうか。

 柚月も、見当もつかず、尋ねるが、笠斎は、答えることなかった。


「わしの負けだ。すまなかった」


 笠斎は、頭を下げる。

 冷静さを取り戻したようだ。

 妖達の行動や光焔と柚月の説得を受けて。

 柚月達は、ほっと、胸をなでおろす。

 笠斎と和解で来たと感じながら。


「柚月、ここから、出よう。みなの元へ向かわねば」


「……そうだな」


 光焔は、柚月達に、深淵の界から出るよう促す。

 光城に残っている柘榴達に報告し、すぐさま、深淵の囚人を止めなければならないからだ。

 柚月達も、うなずき、ここから出ようと決意した。

 しかし……。


「いや、もう、遅い」


「え?」


 笠斎が、あきらめたように呟く。

 光焔は、驚くが、笠斎は、黙ったままだ。

 理由もわからず、柚月達は、困惑した。

 いや、不吉な予感が柚月達の頭によぎったからなのだろう。

 笠斎の言葉の意味を察してしまったから。

 その時だ。

 突如、地面が大きく揺れ始めたのは。


「な、なんだ!?」


「地震!?まさか!?」


 突然の揺れに、柚月達は、よろめきかけるが、足に力を込め、何とか、踏みとどまった。

 しかし、九十九と綾姫が、戸惑う。

 この揺れが一体、何を意味ているのか、確信を得てしまったがために。

 柚月達は、一斉に、笠斎へと視線を向ける。 

 黙っていた笠斎であったが、重い口を開けた。


「深淵の門を閉じようとしているのだ。神の力で」


「え!?」


「お前達を永遠に閉じ込めるためにな」


 笠斎は、申し訳なさそうに、説明する。

 なんと、神の力で深淵の門が閉じられようとしているのだ。

 これも、静居の策略なのだろう。 

 柚月達をこの深淵の界に永遠に閉じ込める為に。

 光焔は、愕然としていた。


「そんな事、できるわけ……」


「できるんだよ。わしのせいでな」


「どういう事だよ」


 光焔は、声を震わせて、反論する。

 いくら、神であっても、深淵の門を閉じる事は、容易ではない。

 それも、永遠に閉じ込めることなど不可能に等しいのだ。

 だが、笠斎が、首を横に振る。

 それも、後悔しているようだ。

 九十九は、笠斎に問い詰める。

 彼は、何をしたというのであろうか。


「わしが、深淵の鍵を渡したのさ。静居に」


「深淵の鍵を!?」


 笠斎は、自白する。

 深淵の鍵を静居に渡してしまったらしい。

 光焔は、愕然とした。

 まさか、静居に渡してしまったとは、予想外だったのであろう。


「深淵の鍵って……まさか、それを使って……」


「門を閉じようとしているのだ。夜深の力なら、聖印京でも発動できるであろう」


 朧は、光焔と笠斎の反応を見て、推測してしまう。

 その深淵の鍵があれば、いとも簡単に、深淵の門を開ける事が可能なのだ。

 神なら尚更であろう。

 おそらく、夜深の力であれば、たとえ、深淵の門の前にいなくとも、遠隔操作のごとく、門を閉じることができてしまう。

 このままでは、本当に、深淵の門は、閉じられ、柚月達は、永遠に深淵の界に閉じ込められてしまう。

 柚月達は、焦燥に駆られた。

 しかし、妖達が、柚月達の前に立った。


「最短で、ここを抜けられる道がある。私について来い!」


「ああ、頼む」


 妖達は、柚月達に協力してくれるらしい。

 最短で深淵の門にたどり着ける道を知っているようだ。

 柚月達は、妖達に、託すしかない。

 いや、信じているのだろう。

 だから、頼んだのだ。

 妖達は、うなずいた。


「行くぞ!」


 柚月達は、深淵の門を目指して、走り始める。

 深淵の門が完全に閉じられる前に、急いで。

 だが、深淵の門は、夜深の力でゆっくりと閉じられようとしていた。

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