第六十七話 避けられぬ戦い

 戦いは避けられないのだろう。

 光焔も、妖達も、息を飲む。

 それほどの互いから気迫を感じているからだ。

 まるで、ぶつかり合うように。


「柚月、朧……」


「光焔、下がれ」


「だ、だが……」


 柚月は、光焔に下がるよう命じる。

 光焔の事を気遣っているのだろう。

 光焔も戦いを決意している。

 だが、迷いがあるのも事実。

 柚月は、それを察したのだ。

 光焔は、彼らの身を案じ、躊躇するばかりだ。

 すると、朧は、振り返り、兄のように優しく微笑んだ。


「大丈夫だから」


「……わかった」


 朧に優しく諭された光焔は、静かにうなずき、後退し始める。

 柚月達の無事を願い、笠斎を止めてくれると信じて。


「お、俺達も止めるぞ」


「おう!」


 妖達は、意を決して、中へ入ろうとする。

 柚月達を信じる事は、まだ、難しい。

 だが、意思は、同じだ。

 笠斎を止めたいと。

 あくまで、柚月達を助けるのではなく、笠斎を止めるために、彼と刃を交えると覚悟を決めたのだ。

 しかし……。


「貴様らは、入るな!」


「わあっ!」


 笠斎は、吼えるように叫び、妖気を放つ。

 その妖気は、風圧となって、妖達を押しのけ、さらには、強引に扉を閉めてしまう。

 これで、妖達は、最深部に入る事ができなくなってしまった。


「扉が、閉まった」


「なぜ、このような事を……」


 瑠璃は、振り返り、驚愕する。

 妖達を追いだしてしまったのだ。

 美鬼には、理解できなかった。

 笠斎は、何をするつもりなのか。


「あいつらは、わしが巻き込んだからな」


 笠斎は、妖達に対して申し訳なく思っているようだ。

 柚月達を殺すためとは言え、彼らを利用し、巻き込んでしまった。

 まさか、自分に反論するとは、予想外だ。

 それゆえに、彼は、妖達をこれ以上巻き込みたくないと考え、追いだしたのだろう。

 せめてもの、償いとして。


「彼らを想う気持ちはあるのに……惜しいわ……」


「ほざけ、人間が」


 笠斎は、操られているわけではない。

 まだ、理性はある。

 いや、彼らに対する情もあるのだろう。

 そう思うと、綾姫は、彼を惜しんだ。

 残念に思っているのだろう。

 だが、それすらも、笠斎にとっては、屈辱的なのだ。

 人間に自分の心を理解された事は。


「来るがよい!」


 笠斎は、吼えるように叫び、構える。

 柚月達は、一斉に、地面を蹴り、笠斎に向かっていった。

 だが、笠斎は、柚月達が、到達する前に、行動を起こす。

 まず、笠斎が、襲い掛かろうとしたのは、綾姫だ。

 綾姫は、回復術と結界術の聖印能力を持っている。

 それを笠斎は、見抜いていたのだろう。 

 彼女は、自分にとって厄介な存在であると。

 すかさず、瑠璃と美鬼が、同時に、笠斎の攻撃を防ぐ。

 続いて、九十九と千里が、両側から、笠斎に向けて突きを放つが、笠斎は、これに反応し、素早く、宙返りをして、回避する。

 柚月と朧に向かって、刀を振り下ろすが、二人は、かろうじて、回避するが、笠斎は、続けざまに、術を発動する。

 綾姫は、結界・水錬の舞を発動し、術を防ぎきった。


――やはり、深淵の番人だけある。俺達が、束になってかかったても、差はあるという事か……。


 千里は、笠斎の動きを察知し、判断する。

 笠斎は、自分達が、束になったところで容易に勝てる相手ではない。

 刀捌、体術、妖術、どれも能力が秀でている。

 このままでは、劣勢に立たされてしまうであろう。

 笠斎は、妖術を連発し、柚月達をほんろうし始めたのだから。

 千里は、寸前のところで、術を回避した時、朧と目を合わせた。

 その瞬間、千里は、朧が、何を考えているのか、察した。

 まさに、阿吽の呼吸だ。


「朧!」


「千里、来い!」


 朧は、千里を呼び寄せる。

 すると、千里は、神刀へと変化し、朧の手にわたり、朧は、構えた。

 その時だ。

 朧が、妖気の力ではなく、神の力を感じ取ったのは。

 千里が、龍神王の力を手に入れたからなのだろう。


「妖が、神刀に!?」


 妖である千里が、妖刀ではなく、神刀に変化したことに対して、笠斎は、動揺を隠せないようだ。

 思ってもみなかったのであろう。

 妖が、神刀に変化できるとは。

 彼らを少々甘く見ていたのかもしれないと思い知らされた笠斎であった。


「よかろう。まとめて、殺してくれる!」


 笠斎は、妖気を発動する。

 本気を出そうとしているのだろう。

 だが、柚月達は、ここでひるむはずがない。

 笠斎に対抗するしかないと決意しているのだから。

 笠斎は、柚月達に襲い掛かる。

 その速度は、一段と早くなっている。

 回避するのが、不可能なまでに。

 綾姫が、とっさに結界・水錬の舞を発動し、続けて、瑠璃が、白桜輪舞、美鬼が、美紅血・烈を発動して、斬撃を飛ばす。

 二人の連携は、完璧だ。

 だが、笠斎は、完璧なまでに、全て、素手で打ち砕く。

 九十九、朧が、同時に、刀を振り下ろすが、笠斎は、それも、素手で、食い止めたのだ。

 その間に、柚月が突きを放つが、笠斎は、それすらも、後退し、回避してしまった。


――圧されてるな。仕方がないか……。


 柚月は、焦燥に駆られる。

 連携で、笠斎に対抗しようとしても、笠斎の力の方が圧倒的だからだ。

 これほどの差があったのかと、柚月は、思い知らされる。

 ここは、全力を出すしかない。

 つまり、聖印能力を発動するしかないのだ。

 そうでなければ、笠斎は、止められない。

 覚悟を決め、柚月は、異能・光刀を発動し、笠斎に斬りかかっていく。

 だが、笠斎は、柚月の素早さに、反応してみせたのだ。

 これには、さすがの柚月も、朧達も、驚愕する。

 柚月達は、笠斎が、改めて、ただの妖ではない事を察した。

 次第に、追い詰められていく柚月。

 笠斎は、柚月に向けて、突きを放つ。

 その時であった。


「おらっ!」


「九十九!」


 九十九が、九尾の炎を発動し、笠斎の行く手を遮る。

 笠斎は、いとも簡単に、体を翻し、回避する。

 本当に、間一髪だ。

 もし、九十九が、九尾の炎を発動しなかったら、自分は、笠斎の刃に貫かれていただろう。

 激戦を繰り広げたからか、窮地に立たされたからか、柚月は、額から、汗を流す。

 だが、九十九は、柚月の前に立ち、柚月に視線を送った。

 自分が、隙を作ると、告げたいのだろう。

 柚月は、うなずき、一度、聖印能力を解除する。

 力を温存するためだ。

 朧達は、九十九が、何をしようとしているのか、察した。


――やるしかない!


 朧は、決意を固める。

 自分も、全力を出さなければ、笠斎を止める事は、不可能に等しいと察して。

 朧の意思が、伝わったのか、千里も、力を送る。

 まるで、意思を告げるように。

 どこまでも、朧についていくつもりなのだろう。

 朧は、千里に視線を送り、静かにうなずいた。


「九十九!」


 朧は、九十九の名を呼び、聖印能力を発動する。

 九十九は、朧に憑依し、朧は、妖狐の姿へと変化した。

 その時だ。

 朧は、今までとは違う力を感じ取ったのは。

 これが、九尾の命火を得た九十九の力なのだろう。

 朧は、そう推測し、鞘から餡枇を抜き、構えた。


「美鬼!」


「承知!」


 瑠璃が、美鬼の名を呼び、美鬼は、それに呼応するように瑠璃に憑依する。

 朧が、二刀流で斬りかかり、瑠璃も彼に合わせて舞を踊る。

 だが、それでも、二人の素早さについていく笠斎。

 憑依化した二人でも、やっと、笠斎と互角になったという事なのだろうか。


――一瞬だけでもいい!隙を作れれば!


 朧は、笠斎に勝利しようとは思っていない。

 ただ、一瞬の隙を生み出せればいい。

 そうすれば、柚月の異能・光刀で、笠斎を止められるであろう。

 だが、笠斎は、予想以上に手ごわい。

 隙を作るのは、至難の業だ。

 朧は、九尾ノ炎刀を発動し、隙を作りだそうとする。

 だが、笠斎は、それすらも、弾き飛ばし、朧は、上へと放り投げられる形で吹き飛ばされてしまった。


「っ!」


 笠斎は、跳躍し、朧に迫っていく。

 朧は、空中では、体勢を整えられない。

 九十九の憑依を解除して、千里に憑依させることも可能だが、隙が生まれ、笠斎の刃を防ぐことなできないだろう。

 窮地に追い詰められた朧。

 しかし……。


「朧君!」


 綾姫が、結界・水錬の舞を朧と瑠璃の前に発動し、笠斎の行く手を阻んだことで、朧の危機を救った。


「綾姫様!」


「今なら、大丈夫よ!」


「はい!」


 綾姫が、結界を張った事で、わずかだが時間を稼ぐことができたようだ。

 朧は、意を決したようにうなずいた。


「千里!」


 朧が、九十九の憑依を解除させ、千里の名を呼ぶ。

 刀と化していた千里は、人型に戻り、朧に憑依した。

 笠斎は、強引に結界を打ち破り、朧へと斬りかかったが、朧は、雄たけびを上げながら、千里ノ破刀を発動する。

 笠斎の刃を押しのけ、笠斎は、体勢を崩し、地面へと下降していく。 

 だが、笠斎は、すぐさま、体勢を整え、地面に着地した。

 そのため、わずかな隙が生まれた。


「兄さん、今だ!」


 朧が、叫び、その声に呼応するように、柚月が、すぐさま、異能・光刀を発動し、一瞬にして、間合いを詰める。

 笠斎は、柚月の行動に反応するが、わずかに遅れをとってしまう。

 柚月は、刃を外に向ける。

 峰打ちを放つためだ。

 だが、峰打ちを放つ直前に、異能・光刀を解除させ、笠斎に対して峰打ちを放った。

 笠斎を傷つけないために。

 峰打ちは、笠斎に効いたようで、目を見開いたまま、そのまま、ゆっくりと仰向けになって地面に倒れ込む。

 柚月は、笠斎に迫り、刃を向けるも、止めを刺そうとはしなかった。


「峰打ちか……なぜ、殺さぬ……」


「……殺すつもりはない。止めるために戦っただけだ」


「反吐が出るぜ」


 笠斎は、問いただした。

 なぜ、自分を殺そうとしないのか。

 柚月は、笠斎の問いに答えた。

 彼らは、笠斎を殺すつもりで戦ったわけではないのだ。

 ただ、全力を出さねば、笠斎を止められないと判断したまでの事。

 柚月達に、命を助けられ、屈辱を感じたのだろう。

 笠斎の顔は、怒りでゆがんだ。

 だが、その時だ。

 笠斎が倒れた事により、力が弱まり、門が開いた。


「笠斎!」


「こ、これは……」


 妖達は、中に入るが、立ち止まってしまう。

 笠斎が仰向けになって倒れているのを目にしたからだ。

 朧と瑠璃は、憑依を解除させ、振り向くが、柚月は、振り向こうとしなかった。

 隙を作らないために。

 しかし……。


「き、貴様らぁああああああっ!!」


「柚月!」


 感情に身を任せた笠斎は、強引に起き上がり、柚月に斬りかかる。

 これには、柚月も、予想外のようで、反応がわずかに遅れてしまった。

 光焔は、柚月の元へ駆け付け、守ろうとする。

 しかし、彼よりも、早く、妖達が、柚月の周りを囲み、笠斎の刃から守ろうと身構えた。


「なぜ……」


 笠斎は、呆然と立ち尽くした。

 理解できなかったから、なぜ、妖達が柚月を守ろうとしたのか。

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